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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第102話 女の子って大変

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 メイクの仕方が分からないので、ルリアに聞くことにした。
 女装だけなら問題無いさ。
 でも肌はどうにもならん。
 髭は無いにしても顔立ちは男だからな。
 女体化したとして、すっぴんは怪しまれるだろうし。

 「メイク教えて」

 「どしたん急に」

 「女の子の気持ちを知りたいのよ。面倒だとは聞くんだけど、やっぱ楽しいのかなって」

 「きめ」

 当然の反応である。
 乗り気ではなさそうだが教えてくれるらしい。
 ルリアはポーチを開けて化粧品を出した。

 「まぁいいや…どういう感じに仕上げたいか教えてくれる?」

 「もう女の子にしか見えない!って感じでお願いします」

 「……」

 沈黙と蔑むような目が痛い。
 俺は顔に謎のクリームを塗られた。

 「ぬわにこるぇ?」

 「日焼け止め。いきなり下地でもいいけど、男の人は肌が焼けやすいんだよ。だから一応塗っとく」

 「ふぇー」

 ためになるなぁ。
 塗る作業だけでも時間を食いそうだ。

 「はい、下地いくよー」

 ルリアが変わった色のクリームを指に取った。
 薄ら茶色い白だ。
 それを顔に点々と付けられた。
 おでこと鼻と顎と両頬に付けられた。
 線で結びたくなる五箇所だ。
 
「この点々、意味あるの?」

「あるよ。まず内側から外側にかけて塗り広げる。そうすると中心はしっかりと塗られて、顔のラインは薄く塗ることができるの。これは、輪郭が綺麗に見えるようになる技だよ」

 「ほほう」

 「興味無さそうだね…」

 「いやいやいや!そんなことないよ!ただ…毎日は大変だなと思って。だってこれの続きがあるんだろ?一時間はかかるでしょ」

 「まあ、誰に会うわけでもなければ、下地オンリーの時もあるよ」

 「今日は?」

 「がっつりメイク。一時間ちょっとかかった」

 「慣れててそれだもんな。俺にできっかな…」

 「できるできる。面倒なだけで簡単だから」

 簡単に言ってくれるよ。
 初心者にはキツイって。
 まして早起きもしなくちゃいけない。
 
 「はい、お待ちかねのファンデーションです」

 薄いスポンジ状の物をぽんぽんと優しく当てられた。
 塗っているのだけれど、粉っぽい。

 「少しは近づいてきたかな?」

 「美男子にはなった」

 それは良かった。
 早く鏡で見て見たい。

 「最後にフェイスパウダー。厚塗りな気がするけど…まぁいいでしょ」

 「本当はダメなの?」

 「ダメじゃないよ。むしろ、皮脂を抑えてサラサラにしてくれるからおすすめ」

 「ふぉえー」
 
 「さっきからなんなの?その返事。頭にくるんだけど」

 「女の子に顔触られるとか、ベッドの上でしかない」

 「どうでも良!」

 惚気けてみたところ効果なし。
 ルリアの恋バナ聞いてみたかったんだけど。
 ついうっかり、話してくれると思ったのに。

 その後、ルリアは俺の目元や口元に色々施してくれた。
 ツーンと鼻にくるペンで目元をくすぐられた。
 唇には…リップだな。これは知ってる。
 見た事がある。

 「どう?元が良いから、余計カッコよくなったんじゃない?」

 「おぉ…」

 鏡には、自身の見違えた顔が映っていた。
 光沢が全く無いのに、輝いて見える白い肌。
 ボーッとした変な目付きだったのに、キリッとした目付きになってる。
 唇は艶々で、みずみずしさがある。
 あれ、俺って案外イケメン?
 今なら誰でも落とせる気がする。
 やんないけどさ。

 「ありがとう。これで、ようやく女の子になれる」

 「きめぇ…」

 「ま、そう言うなよ。女装したところで、男に惚れるわけないんだから」

 露骨な嫌悪感を示すルリアだが、俺に施したメイクは気に入っているようだ。
 彼女には感謝しかない。
 いつかお礼をしなければ。
 ルリアは道具をポーチの中にしまい、席を立った。

 「上手くいくといいね」

 ルリアは一言呟き、教室を出て行った。
 いつ何処で何を知ったのか。
 聞くまでも無い。
 聞いたところで、知っているという事実は覆らない。
 ともあれ、油断ならない女だ。

 ---

 昼休み。俺はコルチカムの工房に居た。
 女体化する方法について聞きたいからだ。
 世の中には、様々な形で姿を変容させる魔術がある。
 光の屈折を利用し、ある角度からしか本体を見えなくするものや、体の構造そのものを作り替えるものまである。
 俺が知りたいのは外見の変化。つまり作り替えだ。
 あるはずの物が無くなり、無いはずの物がある状態にしたい。
 ルリアが言った通りきめぇな。
 しかし、任務遂行には仕方の無いことなのだ。

 「つまり、君は女になりたいんだね。なんで?」

 「女の子の気持ちをもっとよく知るためです」

 うっそぴょーん。
 本当は興味本位だ。
 さて、どうやらコルチカムは知らされていないようだ。
 風紀部の現状は知っているだろうが、当学院理事長であるルピナスが野放しにせざるを得ないと判断したので、学院長である彼も賛同したのだろう。
 ルピナスも隠してるわけじゃないんだろうけど、秘密裏に俺を呼んだのには何か理由があるはずだ。
 下手に話すべきでは無いか。

 「簡単なのだと«情景転身メタモルフォーゼ»ってのがある。これは他人にかけられる技だから、君が覚える必要は無い。効果は丸一日で副作用も無いし、いいんじゃないかな」

 「お願いします」

 彼が出した案に、間髪入れずに賛成した。

 「物は試しだ。«情景転身メタモルフォーゼ»」

 コルチカムの手から放たれる蛍の光が、俺の体にまとわりついていく。
 感覚は全く無いが、髪の毛が伸びて背が伸びて。
 金属製のテーブルに映る姿は、真っ白の髪をした背の高い女性だった。
 美人だ。俺なのに。

 「成功だね。どうだい?」

 「可愛い…ですね」

 「あははっ!自分で言っちゃうか」

 コルチカムは上機嫌だった。
 面白がって、俺の姿を次々と変えていく。
 少女になったり、気品溢ある淑女になったり、老婆になったりもした。

 「……」
 
 10回目かそこいらで、コルチカムの手が止まった。
 突然無表情になり、俺の正面に立った。

 「あ、あの…コルチカム先生?」

 「……」

 近い。
 ただじっとして、無言で見つめられる。
 一体誰に変化させたんだ?

 「やっぱり綺麗だ…」

 コルチカムがぽつりと呟いた。途端、俺は腕を乱暴に引かれた。
 ぎゅううと強く抱き締められ、顎が肩に乗っている。
 え?わからん。
 どうしたのだろうか。
 
 「あ…ご、ごめん!いやー、あっはは!」

 ふと我に返ったコルチカム。

 「びっくりしましたよ!いきなり抱きつかれるんですもん!」

 「悪気は無いんだ。つい…昔を思い出してね」

 そう言ってコルチカムは魔術を解こうとした。
 コンマ数秒の刹那、俺はテーブルを見た。
 そこには、ピンク色の髪をした可愛らしい女の子の姿があった。
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