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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第103話 テオネスを支える者達

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--テオネス視点--

 最近お兄ちゃんの様子がおかしい。
 いつもおかしいんだけど、最近は特に。
 お腹を気にしているのか野菜中心のお弁当だったり、ヨガ?みたいなのをしてたり、風呂上がりは化粧水をつけたりと、何処ぞの主婦のような生活を送っている。
 時たまルリアが家に来て、お兄ちゃんの部屋に入っていくんだけど、騒がしくしてる様子は無い。
 聞き耳を立てて、辛うじて聞こえたのは「準備が必要だ」の一言のみ。
全く要領を得ない。
 
 学校で見かけた時も不自然そのもの。
 来る日も来る日も、女子生徒達を真剣な顔で眺めていた。
 初めは好きな人(不倫相手)でもいるのかと思ったけど、全然そんなこと無くて。
 傍には必ずルリアが居た。
 彼女の言われるがままに、ノートに何かをメモ。
 内容までは聞けなかったな。

 折角お兄ちゃんとしての株が上がったと思えば、それを帳消しにする奇行。
 不気味だ。

 でも気にする必要は無い。
 ああ見えて頭良いし、後先考えずに突っ走る性格は大人しくなった。
 理知的に物事を考えるようになり、家庭内トラブルも減った。
 平和が戻ってなにより。
 
 「…テオネス?」

 後ろから肩をとんとんと叩かれた。
 叩いたのはハル。
 そうだ、今授業中だ。すっかり忘れてた。

 「ごめんごめん。ちょっと寝てた」

 「珍しいね。優等生のキミが居眠りなんて」

 「昨日の疲れがちょっと残っててね」

 「あっ…それはごめん。次からはちゃんと考えるよ」

 「気にしないで」

 バレなければ退学にはならない。
 そもそも、校内規則はあくまで校内。家に帰れば何したっていいんだ。
 いやー、昨日の夜は激しかったなぁ。
 純粋無垢なハルの乱れっぷりと言ったらない。
 でも理性を失ってる感じじゃないの。
 全部私の希望通りだし、最中でも優しい言葉をかけてくれたし、なんなら風呂上がりに髪をといてくれた。
 一生懸命な感じがして、すごく良かったです。はい。
 なんかこう…愛が伝わりました。はい。

 さて、現在時刻は九時半を回っております。
 授業時間は五十分。残りの時間が二十分を切りました。
 寝過ぎた。

 魔術教本第三幕[古代魔術]の24ページを開く。
 前半、夢の中なのでさっぱりだ。
 後でハルにノート写させてもらおう。
 
 古代魔術は現代魔術と違い、汎用性をかなぐり捨てた攻撃魔術が多く、威力が桁外れ。
 一発で大国を消し飛ばせるものまである。
 その為、教本に記されている等級はあてにならない。
 古代の星極級は現代の連星極相当。
 禁術指定候補を挙げるなら、まず古代の連星極級は全て使用不可能となるだろう。
 そのぐらい狂っている。
 
 現代魔術が劣っている訳では無い。
 戦争が近代とは比較にならない程多かった時代。生き残るには強い魔術が必要だった。
 それは防御魔術では無く、治癒魔術でも無く、ただ人を殺すことにのみ特化した攻撃魔術。
 それだけを進化させた。
 所詮は殲滅力に念頭を置いて作られたものに過ぎず、反動が大きく魔力消費量も膨大。
 固定砲台ならいいかもしれないけど。

 一撃必殺を旨とする古代魔術と、攻防一体を旨とする現代魔術。
 お互いが対極に位置する存在だ。

 「ふぅ…」

 一先ず黒板に書いてあるのはノートに書いた。
 難しいと思うことは無い。
 真面目に聞いていれば分かる内容だし。
 
---

 お昼休み。ハルと一緒に食堂へ来た。
 学食と言うやつです。
 毎日スレナが作ってくれるんだけど、学食を食べてみたかったから今日はお休みしてもらった。
 
 食堂は学院の1階にあり、体育館の半分に相当するほど広くて、全面ガラス張り。
 座れる席は残り僅かで、お腹を空かせた生徒達で賑わっている。
 メニューはその日によって変わるので、バリエーションは少ない。
 今日は生姜焼き定食。
 掲示板を見ずとも匂いでわかった。

 とりあえず注文した。

 「生姜焼き定食二つで」

 「はいよー!」

 意気揚々とフライパンを振るう、褐色肌の男が返事をした。
 澄んだ瞳でありながら、顔に大きな切創が見られる。
 札付きのワルを感じさせる人だ。
 厨房には数人コックが居るのだが、この人だけ帽子が長い。
 この人が調理長かな。

 席はハルが取っていてくれたので、そこに座った。
 椅子は二つだけ。
 二人用の席まであるんだ。
 
 「午後の実技やだなぁ」

 ハルが気怠そうに言った。
 
 「魔力操作が下手くそだもんね」

 「まぁそれもあるんだけどさ…結局のところ怖いんだよね。いつ暴走するか分からない力を使うのって」

 五属系どれにも当てはまらない異質の魔力。
 ハルの使う闇属系もその一つだ。
 アルファが使用していた氷属系は、伝承にある通りの力だった。
 周囲を凍てつかせる防御不能の災禍だと。
 でも、ハルの扱う闇属系は見た事も聞いたことも無い。
 教本にそれらしい事も載ってなかったし、実技試験でも見せてくれなかった。

 「闇属系だっけ?私聞いたことないんだよね」
 
 「うーん…なんて説明したらいいか……そうだ!お兄さんが使う魔力に少し似てるよ。あの青い魔力。あれに近い」

 「青白の星…じゃなくて、群青の流星?だったかな。いやいや、絶対違うでしょ」

 私が否定すると、ハルの表情が少しだけ曇った。
 睨むとかじゃない。不安そうな顔だ。

 「……お兄さんはさ。一度でも赤い魔力になったことある?」

 ハルは一言、呟くように言った。
 隣の席には聴こえないであろう声量で。
 
 たしか、剣舞祭で一度使ってた気がする。
 深紅まではいかないまでも、異常に赤いオーラを身に纏い、白蘭剣王シルバーを圧倒した。
 本当に強い技だった。
 あれっきり使用してないけどね。
 
 「あるよ。剣舞祭で一度だけ。習得までに何回こなしたかは分からないけど」

 「そっか…ならもう二度とその技を使わないように言ってくれ」

 「どうして?」

 「あれは全身にかかる負荷が大き過ぎるんだ。最悪、寿命が縮む」

 「え…それってどういう…」

 「いいかい?強力な技には必ず代償がある。行き過ぎた力はそれだけ危険なんだ」

 「ちょ…!ちょっと待って!話が飛躍し過ぎて何が何だか…」

 つまり、あれは切り札では無く、諸刃の剣だったということ。
 そう頭では理解出来ても受け止める事ができない。
 ハルは冗談を言うタイプじゃないし、真面目な表情を崩さないせいで余計信憑性を増す。
 仮にそれが真実だとして、何のことはない。これ以上使わせなければいいだけ。
 早いうちに知れてよかったと楽観的に考えるべきだ。
 深呼吸深呼吸。

 「ふぅ…教えてくれてありがと。ちゃんと伝えとくよ」

 「湿っぽい話をしてごめんね。あくまで可能性の話だから、思い詰めたりしないで」

 「平気平気。慣れっこ」

 「それはそれで問題な気が…」

 今のお兄ちゃんは私より強いのかな。
 なんか悔しい。
 AとかSとか。ランク付けされるのも気に食わない。
 いずれ証明してやる。
 私の方が強いって…。

---

 午後は実技。
 だだっ広い校庭を使用した、射撃訓練をするそうだ。
 担任のラグレン先生から説明がある。

 「今からオレは無数の魔力球を飛ばす。何を使用してもいい、お前らはそれを撃ち落とせ。一番多く撃ち落とした生徒のみ合格とする」

 合格は狭き門。
 少し厳し過ぎでは?

 「先生。一つ質問が」

 騎士の鎧を纏った、右髪だけ長い金髪を持った青年。
 副委員長のブレーザーだ。
 王族らしいけど、どこの国の王子なのだろうか。
 
 「なんだ?手短に頼む」

 「大規模魔術の使用は可でしょうか」

 「…構わんが、他生徒を巻き込むなよ」

 「寛大な心、感謝致します」
 
 礼節を尽くしたブレーザーのお辞儀。
 王族らしい風格がある。
 玉の輿を狙ってか、立ち振る舞いに目を惹かれたのは知らないけど、女子生徒からの人気が凄まじい。
 受けた告白は数知れず。しかし全て振る。
 クールなあしらいが、女性人気に拍車をかける。
 でも私コイツ嫌い。
 話し方がウザイ。
 委員長の私に対して、妙に偉そうなんだよね。
 見下した態度しやがって。
 お兄ちゃんと対峙した時だってそうだった。
 まるで自分が格――

 「テオネス!」

 ハルの張り上げた声に驚いた。

 「ふぁ!?」

 「ふぁ!?じゃない!もう始まってるよ!」

 怒られたことで我に返った。
 ボンボンと爆破する音がした。
 見上げると、上空に浮かぶ魔力球が次々と破壊されている。
 完全に出遅れた。
 巻き返せるかな。

 「すぅ…」

 呼吸を整えて、魔力を右手に込める。
 パチパチと火花が散り、火花は雷となった。
 時間にして十数秒。私は、魔力球を掻っ攫うつもりで放電した。

 「星極«雷吼らいこう火点の鳴神かてんのなるかみ»」

 校庭のフェンスが吹き飛ぶほどの衝撃波を生み出しつつ、魔力球が跡形もなく消え去る威力を持った熱線。
 機械的な音を出しながら、あらゆる物を焼却。
 異国ではレーザーと呼ばれている。
 発動後、異常な乾燥を招くので使いたくなかった。
 おそらく学院周辺の湿度はかなり下がったはずだ。
 でも仕方ないよね。
 巻き返すにはこれしか無かったし。

 「あ…熱い!」

 ブレーザーが鎧を脱ぎ始めた。
 かなり慌てている様子。
 よく見ると、鎧の一部が溶けていた。
 巻き込んでしまって申し訳ない。口には出さないけど。
 憎らしそうに、ブレーザーがこっちを見てきた。

 「やり過ぎだ馬鹿者!」

 「はあ?大規模魔術の使用許可取りに行ったのあんたでしょ?自分だけ使おうだなんて、なんて浅ましいの」

 「加減しろと言ってるんだ!まったく…兄妹揃って難儀なものだ…」

 癪に障るブレーザーの言葉。
 溜まってた鬱憤が吐き出そうになる。

 「どういう意味よ…」

 「たしかに、今お前が放った技は強かった。それは認めよう。しかし、しかしだ。加減が出来ないことは弱さだ」

 「私だって――」

 「ああ知っている。お前は加減出来るやつだ。が、自身を引き離していく兄貴の後ろ姿を追いかけるあまり、それを忘れていたんだろう」

 「……かも」

 「今一度思い出せ。昔の自分を…な」

 ブレーザーは知った風な口で、優しく諭してくれた。
 かつて、私がお兄ちゃんに言ったことと同じだ。
 返す言葉が無い。
 普段の私への振る舞いとはえらい違いだ。
 でも悪い気はしない。
 彼の精神性は学べるところがある。
 ちゃんと話せば、誰だっていい人なのかもしれない。
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