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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第108話 癖を身につけろ①

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 『ミラ先生!今日はよろしくお願いします!』

 と、元気よく挨拶したんだ。
 休日に時間を作って貰ったわけだし、陰気な感じゃ良くないと思って。
 そしたらなんだよ、ヤバい人来た。

 「やっほー!久しぶりライネル!」

 ギュッと抱きついてきた女の子。
 白い髪の手品師みたいな女の子。ミリーだ。
 何でいるの。
 てか、いつ自宅を教えましたか?
 なぜ俺が今日、休日だと知っているのですか?
 ミラさんと仲良くお茶してんのは何故ですか?
 あー、そういえばエルン言ってたな。ライテール王国を根城にするって。
 そりゃあミリーも一緒だよな。うん。

 「ミリーは私の友人なの。よく家に来てるわ」

 やっぱりお前のせいかよ。
 
 「筒抜けよ。寝床を襲われたいのかしら」

 「大変失礼いたしました。心からお詫び申し上げます」

 「よろしい。では始めましょう」

 ミラ先生指導の元、変装の極意について教えてもらった。
 まず最初に指摘されたのは口癖が無いということ。
 人には必ず癖がある。
 嘘をつく際に鼻を伸ばしたり、都合が悪くなると髪をいじったり。
 「あ…」とか「それな」とか言ったり。
 面白くないのに愛想笑いをしたり。
 それの一つ一つがその人の個性であり、憎まれたり愛されたりするものだ。
 固有名詞と言っても過言では無い。
 ま、つまりは俺自身も何かしら癖を出していかないと人物像に違和感が生じ、下手に詮索され、いずれボロが出るだろうと、そういう事だ。
 
 「ミラに癖ってあるか?」

 「後をつけたりするのが癖かも。前にルリアにメイク教えて貰ってたでしょ?あの時もずっとロッカーの中で菓子パン食べて見てたわ」

 「怖っ…てか、それ趣味では」

 「何度も繰り返してる内に癖になるのよ」

 尾行なんて浮気調査ぐらいでしか聞かないぞ。
 ちょっとドキドキする。
 
 「ミリーは癖無さそう」

 「あるよ!いっぱい!」

 食い気味で怒られた。

 「ちなみに?」

 「エルンに爪を噛むのを止めろを止めろって言われたことある。自分じゃ気づかないもんなんだよね」

 え…普通に怖い。
 想像してみよう。
 まずミリーを怒らせます。謝ります。
 踏まれながらゴミを見るような目で爪を噛んでいるミリーを見上げます。
 ゾクゾクします。

 「……」

 ゴミを見るような目でミラに見られた。
 変な事考えてごめんなさい。

 「まあいいわ…で。取り敢えずライネルには癖を身に付けてもらう」
 
 「あっはァ。良いのがあるよ」

 見つめ合うミラとミリー。

 「それは既に身に付けてるわ。この男は」

 何を話したんだよ。
 心の中で会話しないで。俺も混ぜて。

 「さあ変身してライネル」

 「あのー…実はですね。俺、変身魔術使えないんですよ」

 「え?じゃあ今まではどうやってたの?」

 「コルチカム先生に頼んで…」

 恥ずかしい話だ。
 
 「私使えるよ!」

 ミリーが、はいはーいと手を挙げた。
 そうだ。こいつ使えるんだった。
 神聖国で初めて会った時、ミリーは別人の姿をしていた。
 自分だけで無く、他人にもかけられるのか。
 凄いな。

 「じゃあ行くよー!ほれ!」

 …?
 何も起こらない。
 いや、姿形は変わっているはずだ。
 手は小さくなり、身長も少し縮んだ気がする。
 ミラが鏡を持ってきたので、見てみた。

 「おお!凄い!」

 声は少し高くなっていた。
 鏡には赤髪ロングヘアの女の子が映し出されており、つぶらな青い瞳をしていた。
 …何で!?

 「テオネスじゃん!」

 「そうだよ。その姿でエルンの元へレッツゴー!」

 「嫌だ!絶対に嫌だ!殺されるじゃん!」

 「まあ冗談なんだけどさ」

 焦った。
 本当に焦った。
 心臓に悪い冗談だ。

 「ふぅ…ではお願いします」

 気を取り直してミラの指示を仰ぐ。
 歩き方の矯正から始めるそうだ。
 俺は足を閉じて、背筋を伸ばして歩いて見せた。
 時間にして二分程。
 ここで、先生より待ったがかかる。

 「てんでダメね。いや…寧ろこれで行こうかしら」

 ぶつぶつと何かを言い始めたミラ。
 それを見たミリーが、苦笑いしながら説明してくれた。

 「ミラが言いたいのはね。重心がブレブレで、すぐに元の歩き方に戻ってるから、一日を過ごすのは無理って話」
 
 「成程」

 「だからこの際、歩き方はどうでも良くて、仕草に
癖を付けてみようって事だね」

 簡潔に説明してくれたので理解出来た。
 仕草とはあれか、安易に身体に触れたり、上目遣いしたりとかか。
 相手をその気にさせる魔性の技だ。

 ミリーに変身を解かれ、ライネルに戻った。

 「これなら性別関係無いからね、戻したよ」

 「でもさ、どうやって練習すればいいかな?」

 「ここに最高の実験台が居るじゃん」

 ミリーはミラを指さした。
 未だにミラは独り言を言っている。
 油断しきっているな。

 「ほら…ミラの肩に手を当てて、お前のそういう所、大好きとか何とかほざいてきなよ」

 悪人面のミリーから提案された。

 「うーん…」

 「何を迷っているの?耳元で痺れるセリフを呟くだけだよ?」

 それが問題なんだよなぁ…。

 「うだうだしてないで言ってこい!」

 バンと強く背中を叩かれた。
 筆舌し難い恥ずかしさが俺を襲う。
 だがやらねば、潜入調査など出来ない。
 ミラの元にゆっくりと進み、後ろに回った。
 フニフニの柔らかいお腹を触り、胸元に手を当てて抱き締めた。
 ビクッと体を強ばらせたミラの耳元で。

 「ミラのそういう所、大好き…」

 と、ぼそっと呟いた。
 ミラは口をパクパクさせて、顔が真っ赤になった。
 
 「あ…うあ…」

 顔を覆い、しゃがみこむミラ。
 俺も今そんな気持ち。
 彼女、若干過呼吸になっているな。
 やばいかも。

 「大丈夫か!?」

 「あの…その…クロンそっくりでビックリしたの…ドキドキしたぁ…」

 クロン?何故。
 まさか、ここで息子さんの名前が出てくるとは思わなかった。


━━━━━━━━━━━次回に続く。
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