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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第116話 メリナの思惑

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 …ここは、何処だ?
 暗い。
 ああ、明かりはある。
 蝋燭が1…2…3本。鉄格子を隔てて向こうにある。
 床は冷たく硬く、壁も硬そうだ。
 剣は没取されたのか見当たらない。
 テオネスはいる。
 投げ捨てられたように雑に転がっている。
 微かに聞こえる空圧の音色。
 息はしているようだ。

 ライ…いや、メリナは俺たちを閉じ込めて一体何をさせる気なんだ?
 実験がどうのこうのまでは覚えているが、その後はさっぱり。
 思い出そうとすると頭痛が酷い。
 下手に絞り出さない方がいいかもしれない。

 「テオネス。起きて、テオネス」

 俺はテオネスを揺すった。
 しかし、まるで起きる気配が無い。
 
 「はあ…」

 俺はテオネスをぎゅっと抱き締めて蹲った。
 寒いから。
 冷気が遮断されているとはいえ、室内温度は元々低い。
 全面石工で覆われているからな。

 いっそ体術で破壊してみるか。
 安易な行動は慎むべきだけど。

 「シャア…!」

 俺は幻星流赤誠を全力で壁に撃ち込んだ。
 ドォンと響き渡る音から手応えを感じた。
 しかし、穴は開いた瞬間に塞がった。
 パーツが組み込まれた感じじゃない。
 瞬きしたら塞がった。
 テオネスの驚いた声だけが余韻として残る。

 「やっと起きてくれたな。待ちくたびれたぞ」

 「う…うん。おはよう」

 テオネスは体を抑えてもじもじしてる。
 服は着てるし、特段何かされたわけでもなさそうなのに。

 『よーし、二人共起きたなー?』

 突如として頭に流れ込んできた声。
 静観を楽しむようなメリナの声。
 メリナは鉄格子の外にある蝋燭の火を交換していた。
 いつの間に…。

 「メリナさん。俺達を閉じ込めて楽しいですか?」

 「楽しいぞ。これからもっと楽しくなる」

 「ははっ、随分と子供っぽいことを言うんですね」

 「そうか?まあ探求心は、遡れば幼少期に行き着く。そう考えれば必然だろう」

 そう言って、メリナは鉄格子に手をかけた。
 メリナはテオネスを睨みつけて、テオネスもまたメリナを睨み付けていた。

 「メリナ…」

 「お前のその目付き、その髪、その体躯、その容姿。全て嫌いだ。なーのーでー、壊れろ」

 メリナは内ポケットから何かを取りだした。
 あれは宝石か?
 青と赤がくっついた様な宝石だ。

 「これが何かわかるか?」

 メリナが俺に聞いてきた。

 「いえ全く。初めてみます」

 「そうか。ま、これはな、簡単に言えば、世界最悪の大罪を吸収した宝石だ」

 「?」

 「意味わかんないだろ。だから、とりあえず試してみよう。テオネス、こっち来い」

 メリナの言葉に、テオネスは顔を真っ青にして後退りした。

 「い…嫌だ!来るな!」

 「口の利き方がなっちゃいない。来ないで下さいメリナ様、だろ?」

 と、メリナが言う頃には、俺の真横にいるテオネスの前にいた。
 なんなんだこの人。
 鉄格子をいつ開けた?
 いや、鉄格子は開いていない。
 音は無かった。
 それに、あの分厚い南京錠の傾きが変わっていない。
 鉄格子の扉の僅かな歪みもそのままだ。

 「やめて…下さい…」

 テオネスは壁際に追い詰められている。

 「ダメだ。お前らティッカードはいつもそうだ、飽くなき探求心を簡単に投げ捨て、他の万物に目移りし、乗り換える。あの馬鹿姉は男を手にして魔術を捨てた。お前もそう。お前は兄から別の男に乗り換えた。泥人形を手篭めにしたんだ」

 「ハルは泥人形なんかじゃない!」

 「…無知無学。そんなだから首輪を付けられるんだよ」

 メリナは怯えるテオネスの首を触った。
 そして唇を重ねた。
 冷酷な目で、味わうようにメリナはテオネスを引き寄せていた。
 やがてテオネスに突き飛ばされて、唇を拭う。

 「畏怖、絶望、高揚感。気持ち悪いぐらいコロコロ変わるな」

 私見だが、ハッタリじゃない。
 唾液から解析したのか?

 「メリナさん。あなたは一体何者なんです?」

 「うーん…心理学者とでも言っておこうか。魔術を応用した、ね」

 「じゃあ俺が今、何を考えているかわかります?」

 「わかるぞ。わたしとエッチしたいんだろ?」

 「いや、家に帰りたいです。家族が待ってるので」

 そういうと、メリナは絵に書いたようなニコニコで迫って来た。

 「大人をからかうものじゃないぞ。セスティーがどうなってもいいのか?」

 「自分の弟子を人質にするなんて、とんでもない師匠だな、おい」

 「どこまでした?お前から誘ったのか?それともセスティーから誘ったのか?」

 「何もしていませんよ。教師生徒の関係です」

 「嘘をつくな。ほぼ毎日のように体を擦り合わせているくせに」

 肩もみをそんな風に言うやつがあるか。
 というかなんで知っているんだろう。
 別にもう驚かないけど。

 「まあ確かに」

 「殺してやるからな、絶対」

 メリナは笑顔を崩さない。
 少しだけ怖い。

 「どうしたら俺達を帰してくれます?」

 俺の言葉に、メリナはクスクスと不気味な笑いを零した。

 「ふふ…もう下準備は終わった」

 そう言い切られる前に、俺は瞬きをした。
 メリナが居なくなっていた。
 居るけど鉄格子の外にいる。
 外からいやらしい目付きで見てくる。

 テオネスは何処か。
 視線を右に移すと、テオネスがビクビクと痙攣しながら裸で倒れていた。
 全体的に濡れている。
 息も絶え絶えだ。

 「テ…テオネス!?」

 起き上がらせたら、いきなり乱暴に押し倒された。
 顔によだれをかけられた。
 既に堕ちた顔をしている。

 「あっはははははッ!いいねーいいねー!」

 「あん…た!テオネスに何を…ッ!」

 「残念!宝石というのは嘘でーす!あれは催淫作用のある飴だよ。わたしが作ったんだ」

 「なッ…!」

 「…姉さんが残した物は全てわたしが壊してやる。もし壊れないなら、その近辺を滅茶苦茶にするだけ。そうすれば壊れるだろ」

 メリナが、俺の肩を触る。
 頭上にいる。
 足音はなかった。
 今は、真っ赤な髪を持つ女二人だけが、視界に入る。

 「さあ、わたしの可愛いライネル。あの日の続きを始めよう」

 正常な脳を汚染する声。
 いつまでも頭に残り続ける声。
 ああそういえば、前に借りたメリナ・ティッカードの本に書いてあったな。
 伝説の魔術師メリナは時を操ると。
 誰よりも歴史を知り、誰よりも過去に囚われていると。
 そこから付いた異名は━━━━━━━時神ときがみ
 
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