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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第117話 寒い一週間

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 一ヶ月経ったと思った。
 体内時計から計算したので誤差はあると踏んでいた。
 しかし、誤差が過ぎる。
 一週間。
 一週間しか経っていなかったのだ。

 俺とテオネスは、この一週間、地獄のような日々を送っていた。
 毎日毎日、よくわからない薬を飲まされて肉体関係を強要された。
 鉄格子の外で楽しそうに笑うメリナが鼻についたが逆らえる状況になかった。
 武器はある。
 しかし、テオネスは俺以上に投薬されて、既に、まともな思考を失っていた。
 一時的なものとメリナは言うが、継続的に毒を飲まされ続けていれば、何処かで必ず後戻り出来なくなる。
 だからギリギリのところでテオネスを抑えていた。
 メリナの思いどうりにはなりたくない。
 その一心で。

 六日目になって俺はメリナに牙を向いた。
 首を撥ねるつもりで剣を振った。
 すかさずメリナは盾を召喚した。
 しかし、メリナが盾にしたのはテオネス。
 こいつがどうなってもいいのかと、脅しをかけてきたのだ。
 どうしようもない状況に、俺は剣を投げ捨てた。
 すると、メリナはテオネスの服をビリビリに破り捨てて、俺にパスしてきた。

 そこから先は覚えてない。
 今は寒い。
 一枚の毛布に包まれているのはわかるが、横に誰も無いのは身に染みる。
 凍え死にそうだ。

 「やっと起きたな。わたしの王子様」

 メリナが俺の目の前にいる。
 声でわかった。
 鼻が触れているのもわかる。
 じんわりと熱が伝わってくる。

 「テオネスは?」

 「わたしの玩具箱に入れてるよ」

 「傷付けてないでしょうね…?」

 「安心しろ。これ以上、ライネルが嫌がることはしないから」

 メリナは丸くなったように見せている。
 実際は真逆なのだが、俺に嫌われないように行動を改めた。
 変なスキンシップはせずに、真正面から屈服させようとしてくる。
 力ずくで。

 「はぁ…助けはいつ来るんだか」

 「大丈夫!わたしがやっつけてやるから!」

 「いや、あんたから離れたくて言ってるんだけど!?」

 狂気じみたことを言わないで欲しい。

 「わたしのどこがダメなんだ!肉好きも良いし美人だろ?いい匂いだってするだろ?お前好みだろ」

 「大層な自信をお持ちのようで」

 「好意を向けられた回数はお前以上だからな。無理も無い」

 「なら俺じゃなくて、他の男探せばいいのに」

 「わたしはお前が好きで、お前を落とすために時を重ねてきたのだ。尻軽のテオネスとは違う。わたしは、初めからお前しか見ていない。それ以外は眼中に無い。触りたい。嗅ぎたい。挿れて欲しい」

 「うん、ちょっと暴走気味なので離れてくださいね」

 俺はメリナの肩を押しながら起き上がった。
 すると、がばっと抱き締められた。
 全身を隈無くまさぐられているが、気にせずに続けた。

 「メリナさんの目的は俺と契ることですよね?じゃあ、テオネスとミリーとエルンは解放してくれませんか?」

 「無理。あいつらは薬漬けにして殺す」

 さらっと恐ろしいことを言うな。
 もう本当に困った。
 …どうするか。
 手段はあるが、これは。
 いや、もう選択肢を絞る余裕は無い。

 「俺はメリナと二人きりがいい」

 手は出さないが、上手いこと言って俺の思いどうりに動かしてやる。

 「…それは、わたしと暮らしてくれるってことか?」

 「重ッ……そうだよ」

 そうじゃないよ。
 自分でも最低だと思うけど、三人を助けたいだけだ。

 「…じゃあ解放してあげる。大好きなライネルの頼みだから」

 メリナはパチンと指を鳴らした。
 たった一回。それだけ。
 なのに、三人の魔力が周辺から消えた。

 「ふふ…さあ解放したぞ」

 メリナの手が俺の腰に回る。
 ゆさゆさと揺さぶられ、早く早くと急かされる。
 時間稼ぎをしないと。

 「メリナさんは本当に凄いですね。魔術師の鏡だ」

 「うん…わたしは凄いぞ。だから…」

 「それに比べて俺は学院に入学してからずっと平行線ですよ」

 「そんなことは無い…だから…」

 「伝説の魔術師とは昔から努力家だったんですね。勉学を疎かにせず、趣味で薬学を得る。いやー、たまげた」

 「…………………」

 「メリナさん?」

 「もう済んだか?時間稼ぎ」

 メリナがクスクスと笑いながら言った。
 心の声が筒抜けだったのか、俺の演技が下手過ぎたのかはわからない。
 でも、一つだけわかることがある。
 メリナは子供が嫌いだ。
 言うことを聞かない生意気なガキは特に。

 俺は、メリナに首をキツく絞められた。
 遠のく意識の中で、テオネスが助けを呼んでくれることを願う。
 もしくはミリーかエルンが。
 望みは、三人しか━━━━━━━━━━━━
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