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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編
第118話 会議
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--テオネス視点--
目が覚めたら、私は自室のベッドに横たわっていた。
目が覚めた途端、泣きじゃくるミラに抱きつかれた。
よかった、本当に良かったと何度も言われた。
リーズも、スレナも皆泣いていた。
心配してくれていたんだ。
あれから何日経ったのかはわからない。
わかるのは、お兄ちゃんは解放されなかったという事だけ。
エルンとミリーは、空いているお兄ちゃんの部屋に寝かせられていた。
意識は未だに戻らないらしい。
リビングに移動すると、ハルとセスティー、コルチカム先生がいた。
ハルからは熱い抱擁を。
コルチカムからは怪我の心配をされた。
そして、セスティーは一人蹲っていた。
泣いてる様子じゃないんだ。
ただ黙って、下を向いていた。
ピクリとも動かずに虚ろな目で。
そんなセスティーを気にもとめずに、コルチカム先生が話を切り出した。
「みんな集まったね。と、その前に…」
コルチカム先生が私を見た。
あれ?話をするんじゃないのかな?
「シャワーを浴びてこようか」
あ…そうだ。
私、何日もお風呂に入ってないじゃん。
メリナにお湯をぶっかけられたぐらいで、全身をくまなく洗えてない。
臭くないけど、清潔とは言えない。
「入って来ますね」
「うん、それがいい。綺麗さっぱりしてきなよ」
「はい」
コルチカム先生に後押しされ、私は浴室に移動してシャワーを浴びた。
気持ち良い…。
汚れという汚れが落ちていく気がする。
全身の痛みが溶けていく。
「痛ってて…」
肩が上がらない。
困った。
これじゃあ、髪を洗えないよ。
「テオネス?」
「ふぇあッ…!?」
背後から聞こえた声に全身が強ばった。
なんということは無い。
ハルが入ってきたんだ。
「肩、痛いんだよね?」
「う…うん」
「髪、洗ってあげるよ」
「ありがとう…」
ハルがシャンプーを適量手に取って私の髪をゴシゴシと洗ってくれた。
ちゃんと汚れを落とせるように、強めに洗ってくれた。
「本当に…無事でよかった」
ハルが嫌そうな素振りを全く見せないで、優しく抱き締めてくれた。
いやらしい感じじゃなくて、ほっと一息つかせてくれるような、ポカポカする感じで。
「まだ体を洗えてないから…ちょっと」
「テオネスだから気にしないよ…」
「…好き」
「ボクも…」
そのままハルにゆっくりと押し倒されて、透明皮一枚を隔てて愛を注がれた。
その後、ちょっとだけ浴槽の中で白熱してしまった。
後でお湯入れ替えないと。
---
リビングに戻り、席数を増やして席に着いた。
みんなはもう座っていた。
「…せめて声は押し殺そうね?」
コルチカムに釘を刺された。
しまった。
声、漏れてた。
「すみません…久しぶりなもんで、つい」
「まあいいよ…本題に入るね」
コルチカムは険しい面持ちのまま続けた。
「さて、上で寝ている御二方と君とライネル。この4名に被害を及ぼした女の存在について、ここにいる全員に話しておこうと思う」
メリナ…。
あいつは昔と何も変わってないよ。
「ちょっと待ってください。まだ弟が来ていません」
リーズが話を遮った。
「リード君は来ないよ。ルリア君と共にライネル奪還に向けて動いてるから」
「二人だけで…?」
「うん。それについても今から話すよ」
コルチカムが早々に切り上げるように言った。
少しだけ苛立っているようにも見える。
「メリナ・ティッカード。時空間魔術を得意とする世界最強クラスの魔術師だ」
この言葉に真っ先に反応したのはミラだった。
「なら早く助けに行かないと!」
「無理だね。彼は厳重に保管されている。それこそ僕達が干渉できない領域に固定されているんだ」
「そんなのぶっ壊せばいいでしょ!」
「仮にこの面子で総攻撃したとして一呼吸の間に全滅だよ。彼女は、そのぐらい危険なんだ」
「…ッ!」
ミラはグッと唇を噛んだ。
言いたかった言葉を飲み込んだようだ。
そこで、気を利かせたスレナがコルチカムに質問をした。
「万が一にも、ライネルさんが殺されたりしませんよね?」
「勿論。ライテール王国に居る限り、彼の安全は保証しよう。ただ…相手が悪すぎる」
「メリナさんですよね?」
「そう。彼女は己の欲求に忠実な怪物。人間と思わない方がいい」
「時空間魔術とは一体どのようなものなのですか?」
「平たく言えば時間を停めたり早めたりできる。でもそれは、あくまでも自分の身の回りだけ。の、はずなんだけど…」
「メリナさんは広域に展開できると」
「そういうこと。少なくともライテール王国全域は彼女が無双できる範囲だ」
「能力は時間操作だけですか?」
「いや、他にも幾つかある。例を挙げるとすれば…記憶操作かな。あれは卑劣極まりない。その人が歩んできた人生の中で最も大切な“時”を抜き取って呪いを捩じ込むんだ。そしてそれは現実に反映される。簡単に言えば能力値の改竄。非才を凡才に変えてしまう力だ」
「えーっと……要約するとこうですかね?類まれなる力を持って産まれた人間が生来歩み続けてきた強者の道を丸ごと書き換えて、大成できないであろう凡才として歩んできた人生に変えてしまう…ということでしょうか?」
「…キミ、来年からウチ来ない?」
「考えておきます」
コルチカムの話は知っていた。
というかスレナ凄すぎ。
よく今の説明でわかったね。
「テオネス君?キミ今、失礼なことを考えたでしょ?」
「か…考えてません!」
コルチカムと目が合って冷や汗が出た。
めっちゃ見られる。
そんなに凝視しないで!怖い!
「はあ…まあいいや。次にリード君とルリア君について話そう」
コルチカムが空気を切り替えた。
「現在この二人は単独行動を許可されている。学院の看板であるSクラスというのもあるが、単純にライネル君をよく知る二人だから」
確かにお兄ちゃんと親交が深い2人だけど他にもいるんじゃないかな?
「私よりも知ってるっていうの…?」
リーズが静かな激情を孕んで言った。
「そうだよ。君よりずっと彼に詳しい二人だ」
「……」
コルチカムとリーズの睨み合い。
緊張感が半端ない。
横槍を入れられない。
「あの…僕も加勢に行きましょうか?」
ハルの提案に、コルチカムは首を振った。
「キミが力を奮ったとて、状況は好転しないよ。むしろ悪化する」
「そうですか…」
戦力的には申し分無いと思う。
だけど、未知の能力相手に立ち回れる程じゃない。
先生の言い分は最もだ。
「というわけで」
コルチカムが悠然と立ち上がった。
「テオネス、ミラ、スレナちゃん…だったかな?この三名にメリナ宅への突撃を命じる」
思いもよらぬ決断だった。
「えぇ…!?」
「嘘でしょ!?」
「まあ、3人がかりなら何とかなりそうですね」
ミラは私と同じで、心底驚いていた。
スレナだけ冷静だった。
「この3名を選出した理由は二つ。一つ目は純粋な戦闘力。そしてもう一つは、不測の事態に陥ったとき現場判断が的確に行える者達だからだ。リーズ君は戦闘向きの能力じゃないし、ハル君は不安定な闇属系魔術の使い手だからね」
コルチカムの説明に、スレナはこくりと頷いた。
「ぶっ殺してもいいですか?」
「いいよ。多分無理だろうけど、そのぐらいの気持ちで挑まないとこっちが死ぬ。とりあえず、僕とセスティー先生は王国上層部に掛け合って近隣住民を避難させることに注力するよ。援軍が到着するまで持ちこたえてくれ」
「お任せ下さい。その前に必ずライネルさんを助け出します」
「任せたよ」
コルチカムはスレナにだけべらぼうに優しい気がする。
リーズには恐ろしく冷たいのに。
「さあ、行きますよセスティー先生。教師がいつまでも蹲ってるんじゃない」
「……私…が」
部屋の隅で一人、セスティーは取り乱すように頭を抱えて泣いていた。
初めて見た。
セスティーが泣いてるところ。
「さて、総力戦の始まりだ!」
そう言ってコルチカムがこの場にいる全員を鼓舞し、つられて私たちも「おー!」と景気づけた。
総力戦。
メリナと相対するのにたった五人は心もとない戦力だけど、お兄ちゃんを救出するには十分。
…お兄ちゃん、無事だといいな。
目が覚めたら、私は自室のベッドに横たわっていた。
目が覚めた途端、泣きじゃくるミラに抱きつかれた。
よかった、本当に良かったと何度も言われた。
リーズも、スレナも皆泣いていた。
心配してくれていたんだ。
あれから何日経ったのかはわからない。
わかるのは、お兄ちゃんは解放されなかったという事だけ。
エルンとミリーは、空いているお兄ちゃんの部屋に寝かせられていた。
意識は未だに戻らないらしい。
リビングに移動すると、ハルとセスティー、コルチカム先生がいた。
ハルからは熱い抱擁を。
コルチカムからは怪我の心配をされた。
そして、セスティーは一人蹲っていた。
泣いてる様子じゃないんだ。
ただ黙って、下を向いていた。
ピクリとも動かずに虚ろな目で。
そんなセスティーを気にもとめずに、コルチカム先生が話を切り出した。
「みんな集まったね。と、その前に…」
コルチカム先生が私を見た。
あれ?話をするんじゃないのかな?
「シャワーを浴びてこようか」
あ…そうだ。
私、何日もお風呂に入ってないじゃん。
メリナにお湯をぶっかけられたぐらいで、全身をくまなく洗えてない。
臭くないけど、清潔とは言えない。
「入って来ますね」
「うん、それがいい。綺麗さっぱりしてきなよ」
「はい」
コルチカム先生に後押しされ、私は浴室に移動してシャワーを浴びた。
気持ち良い…。
汚れという汚れが落ちていく気がする。
全身の痛みが溶けていく。
「痛ってて…」
肩が上がらない。
困った。
これじゃあ、髪を洗えないよ。
「テオネス?」
「ふぇあッ…!?」
背後から聞こえた声に全身が強ばった。
なんということは無い。
ハルが入ってきたんだ。
「肩、痛いんだよね?」
「う…うん」
「髪、洗ってあげるよ」
「ありがとう…」
ハルがシャンプーを適量手に取って私の髪をゴシゴシと洗ってくれた。
ちゃんと汚れを落とせるように、強めに洗ってくれた。
「本当に…無事でよかった」
ハルが嫌そうな素振りを全く見せないで、優しく抱き締めてくれた。
いやらしい感じじゃなくて、ほっと一息つかせてくれるような、ポカポカする感じで。
「まだ体を洗えてないから…ちょっと」
「テオネスだから気にしないよ…」
「…好き」
「ボクも…」
そのままハルにゆっくりと押し倒されて、透明皮一枚を隔てて愛を注がれた。
その後、ちょっとだけ浴槽の中で白熱してしまった。
後でお湯入れ替えないと。
---
リビングに戻り、席数を増やして席に着いた。
みんなはもう座っていた。
「…せめて声は押し殺そうね?」
コルチカムに釘を刺された。
しまった。
声、漏れてた。
「すみません…久しぶりなもんで、つい」
「まあいいよ…本題に入るね」
コルチカムは険しい面持ちのまま続けた。
「さて、上で寝ている御二方と君とライネル。この4名に被害を及ぼした女の存在について、ここにいる全員に話しておこうと思う」
メリナ…。
あいつは昔と何も変わってないよ。
「ちょっと待ってください。まだ弟が来ていません」
リーズが話を遮った。
「リード君は来ないよ。ルリア君と共にライネル奪還に向けて動いてるから」
「二人だけで…?」
「うん。それについても今から話すよ」
コルチカムが早々に切り上げるように言った。
少しだけ苛立っているようにも見える。
「メリナ・ティッカード。時空間魔術を得意とする世界最強クラスの魔術師だ」
この言葉に真っ先に反応したのはミラだった。
「なら早く助けに行かないと!」
「無理だね。彼は厳重に保管されている。それこそ僕達が干渉できない領域に固定されているんだ」
「そんなのぶっ壊せばいいでしょ!」
「仮にこの面子で総攻撃したとして一呼吸の間に全滅だよ。彼女は、そのぐらい危険なんだ」
「…ッ!」
ミラはグッと唇を噛んだ。
言いたかった言葉を飲み込んだようだ。
そこで、気を利かせたスレナがコルチカムに質問をした。
「万が一にも、ライネルさんが殺されたりしませんよね?」
「勿論。ライテール王国に居る限り、彼の安全は保証しよう。ただ…相手が悪すぎる」
「メリナさんですよね?」
「そう。彼女は己の欲求に忠実な怪物。人間と思わない方がいい」
「時空間魔術とは一体どのようなものなのですか?」
「平たく言えば時間を停めたり早めたりできる。でもそれは、あくまでも自分の身の回りだけ。の、はずなんだけど…」
「メリナさんは広域に展開できると」
「そういうこと。少なくともライテール王国全域は彼女が無双できる範囲だ」
「能力は時間操作だけですか?」
「いや、他にも幾つかある。例を挙げるとすれば…記憶操作かな。あれは卑劣極まりない。その人が歩んできた人生の中で最も大切な“時”を抜き取って呪いを捩じ込むんだ。そしてそれは現実に反映される。簡単に言えば能力値の改竄。非才を凡才に変えてしまう力だ」
「えーっと……要約するとこうですかね?類まれなる力を持って産まれた人間が生来歩み続けてきた強者の道を丸ごと書き換えて、大成できないであろう凡才として歩んできた人生に変えてしまう…ということでしょうか?」
「…キミ、来年からウチ来ない?」
「考えておきます」
コルチカムの話は知っていた。
というかスレナ凄すぎ。
よく今の説明でわかったね。
「テオネス君?キミ今、失礼なことを考えたでしょ?」
「か…考えてません!」
コルチカムと目が合って冷や汗が出た。
めっちゃ見られる。
そんなに凝視しないで!怖い!
「はあ…まあいいや。次にリード君とルリア君について話そう」
コルチカムが空気を切り替えた。
「現在この二人は単独行動を許可されている。学院の看板であるSクラスというのもあるが、単純にライネル君をよく知る二人だから」
確かにお兄ちゃんと親交が深い2人だけど他にもいるんじゃないかな?
「私よりも知ってるっていうの…?」
リーズが静かな激情を孕んで言った。
「そうだよ。君よりずっと彼に詳しい二人だ」
「……」
コルチカムとリーズの睨み合い。
緊張感が半端ない。
横槍を入れられない。
「あの…僕も加勢に行きましょうか?」
ハルの提案に、コルチカムは首を振った。
「キミが力を奮ったとて、状況は好転しないよ。むしろ悪化する」
「そうですか…」
戦力的には申し分無いと思う。
だけど、未知の能力相手に立ち回れる程じゃない。
先生の言い分は最もだ。
「というわけで」
コルチカムが悠然と立ち上がった。
「テオネス、ミラ、スレナちゃん…だったかな?この三名にメリナ宅への突撃を命じる」
思いもよらぬ決断だった。
「えぇ…!?」
「嘘でしょ!?」
「まあ、3人がかりなら何とかなりそうですね」
ミラは私と同じで、心底驚いていた。
スレナだけ冷静だった。
「この3名を選出した理由は二つ。一つ目は純粋な戦闘力。そしてもう一つは、不測の事態に陥ったとき現場判断が的確に行える者達だからだ。リーズ君は戦闘向きの能力じゃないし、ハル君は不安定な闇属系魔術の使い手だからね」
コルチカムの説明に、スレナはこくりと頷いた。
「ぶっ殺してもいいですか?」
「いいよ。多分無理だろうけど、そのぐらいの気持ちで挑まないとこっちが死ぬ。とりあえず、僕とセスティー先生は王国上層部に掛け合って近隣住民を避難させることに注力するよ。援軍が到着するまで持ちこたえてくれ」
「お任せ下さい。その前に必ずライネルさんを助け出します」
「任せたよ」
コルチカムはスレナにだけべらぼうに優しい気がする。
リーズには恐ろしく冷たいのに。
「さあ、行きますよセスティー先生。教師がいつまでも蹲ってるんじゃない」
「……私…が」
部屋の隅で一人、セスティーは取り乱すように頭を抱えて泣いていた。
初めて見た。
セスティーが泣いてるところ。
「さて、総力戦の始まりだ!」
そう言ってコルチカムがこの場にいる全員を鼓舞し、つられて私たちも「おー!」と景気づけた。
総力戦。
メリナと相対するのにたった五人は心もとない戦力だけど、お兄ちゃんを救出するには十分。
…お兄ちゃん、無事だといいな。
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