結ばれたい想いを剣に乗せて

杉の木ノキ

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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第119話 時神の力

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---テオネス視点---

 メリナの家に着いた。
 敷地周辺は驚くほど静かで、人っ子一人いない。
 特段変なところはない。
 それが逆に変に感じる。
 一足先にリードとルリアが来ていたはずなのに、居ないのだ。
 音も、声も、姿も。
 何も聞こえないし見えない。

 「これはかなりマズイです」
 
 スレナは何かを感じ取ったようで、玄関扉に手をかけた。
 鍵が閉まっていたが、強引に開けた。
 さすが我が家の怪力メイド。
 と、感心したつかの間。
 ドン、ドン、ドン、と。
 立て続けに何かを殴打する鈍い音が耳に入った。

 「メリナ!居るんでしょ!」

 私は大声で叫んだ。
 足がガクガクと震える。
 歯がカチカチと噛み合わない。
 未だ、刷り込まれた恐怖が抜けてないんだ。

 「お戻りかな?」

 その声が聞こえた時。
 もう、メリナは私の真正面に立っていた。

 「ヒィッ…!」

 「さがってテオネス!」

 ミラに引っ張られて尻もちをついた。
 この狭い領域での戦いは私には不向きと判断したんだ。
 メリナは呆気にとられた様子で、一瞬にして黒い紐でぐるぐる巻きにされた。
 これでもう逃げられない。

 「貴方がライネルの叔母さんかしら?」

 「そうだが、お前は?」

 「ライネルの恋人よ」
 
 「知ってる。だから間合いに入れたんだ」

 その言葉を皮切りに、鋭利な風圧が頬を掠めた。
 ミラが腹部を打ち抜かれ、膝から崩れ落ちた。

 「ごホッ…!」

 「こ…このォー!」

 激高するスレナの拳はメリナに届いた。
 しかし、片手で簡単に抑えられた。
 スレナの拳は一撃必殺のはずなのに。
 お兄ちゃんですら一発なのに。
 メリナにとっては遊戯に過ぎない。

 「可愛いなぁ本当に。お前にならライネルをくれてやってもいいと思ってしまう」

 「あなたの目的がわかりません!どうしてこんな事をするんですか!?」

 「より強い子孫を残すため。転覆する世界を正さんがためにやっている」

 「天壊人…ですか?」

 「ご名答。やっぱりお前は素地がいい。私の恋奴隷決定だ」

 メリナは両性愛者。
 愛があればどちらでも構わない。
 双方を喜ばせるやり方を探究し、熟知し、副産物として薬品製造を行っている。
 その効能は多岐にわたり、怪我の治療を助けるものから記憶障害を治すものまで。
 無論、成人向けの媚薬や道具までも、彼女の手によって作られている。
 実験台として、これまで数多くの人間が犠牲になったはずだ。
 いくら大義があるとはいえ、こんなやり方は間違ってる。
 いっそ、建物ごとぶっ壊すしかないか…。

 「おいテオネス。今、何を考えた?」

 メリナが近づいてくる。
 あ…ああ。
 ダメだ、立てない。
 ミラは倒れたまま動かないし、スレナは遊ばれたあとで放心状態。
 気づかなかった。
 この女は、私以外の時間を早めたんだ。
 
 「何も…考えてない」

 「嘘だな。お前らティッカード家は平気で嘘をつく。信じない」

 「お願いだから…信じて」

 私はメリナに懇願した。
 時間を稼ぐにはこの方法しかない。
 無様にも、泣きっ面でメリナの身体に縋りついた。
 すると、メリナの動きが止まった。
 
 「ああなるほど。そういう見方もあるか」

 「…え?」

 「いやな、さっき訪ねて来たルリア・エーカイラに言われたんだよ。あんたは馬鹿正直に正道を荒らしてるんだって。なるほどなるほど。お前もその口か。つまり、ルリアが純恋で私達が狂恋というわけだ。なーるほど……消すか」

 メリナが目を細めた。
 まずい。
 このままだと、意味のわからないこじつけでルリアが殺されてしまう。

 「ちょ…ちょっと待ってよ!え、なに。ルリアもお兄ちゃんが好きなの!?」

 「?」

 「いやだから、お兄ちゃんが好きなのかって」

 「まあ…叶わない恋だけどな」

 「どうしてそう言いきれるの?」

 「だって、エーカイラ家だぞ?お前らの父、ナイン・エーカイラの隠し子だ。まったく…あの男は節操がないな」

 は?
 え…は?
 
 「さてはお前、両親から何も聞いてないな?ククッ……」

 メリナに笑われた。
 反抗する気にもなれない。
 頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。

 「さて。いつまでも私の身体に巻きついてないで、お許しのポーズを取ってみたらどうだ?私が馬鹿でした、メリナ様に不敬な態度を取ってしまいました、申し訳ありませんって陳謝しつつ、淫らに股を開き、衣を脱いで首輪を付けろ。時を止めて、一生可愛がってやる」

 「メリナは本当に性欲が強いよね。私よりもずっと」

 「我慢の日々が長過ぎたからな。今になって爆発してる。さ、話は終わりだ。脱げ。それとも脱がせて欲しいのか?」

 「いや、お兄ちゃんを助け出して逃げる」

 「そう来ると思った…」

 突風と錯覚する速さの蹴りが顔面に飛んできた。
 咄嗟に躱したが、衝撃は脳に伝わった。
 ふらっとしつつ立ち上がり、私は家の外に走った。
 大魔術を行使すれば、メリナの家は木っ端微塵。
 囚われた仲間も同様に。
 どうすれば…。

 「その判断の遅さが命取り」

 鼻も触れそうな距離でメリナが言った。
 やはり、彼女に間合いは関係無い。
 一瞬ですらない速度で間合いを詰めてくる。
 零距離。

 「殴るの…?」

 「もう殴らない。ペットは虐待しない主義だ」

 「ははっ…ペットか。随分堕ちたね」

 「まあな。初めて見た時から決めていたことだし、今更変えんぞ」

 そんなの御免蒙る。
 私は右手に魔力を込めた。
 千剣の禍津日を頭上から降下させ、メリナを退けさせようと試みる。
 結果、効果てきめん。
 メリナは舌打ちをして距離を取った。

 「多少強くはなったが、まだまだ未熟。初手で決めにいかない慢心は母親譲りか」

 「あー、言われてみるとそうかも」

 「ははっ。間の抜けた返事で精神を落ち着かせようと必死な姿も、なかなか悪くない」

 全部お見通しなのが癪に障る。
 一旦深呼吸。

 「すぅ…はぁー」

 よし。
 怖くなくなった。
 回復した。

 メリナは背後をチラ見して、私に視線を戻した。
 おそらく、ミラとスレナが復活したのだろう。
 三対一になるのは時間の問題だ。
 いける。
 倒せる。

 「くだらない計算は済んだか?」

 「ええ。今度こそぶっ潰す!」

 「その威勢が何処まで続くか、見せてもらおう」

 メリナは自然体で右手を構えた。
 余裕を見せているが、油断も隙もない集中力。
 先手は隙を産む。
 だから私は後手に回る。
 カウンターで決定打を与える。
 大気中の魔力がメリナに集中した。
 メリナが腕を振り上げたんだ。
 
 「手始めにこれはどうだ?連星極、太刀屠りたちほふり

 メリナが手刀を振り下ろした。
 前方を間合いとする横薙ぎの重力波が私を襲う。
 砕き剥がれた地面と共に弾き飛ばされた。

 「くぅッ━━━!」

 障壁を張って尚、威力が殺しきれなかった。

 「存外粘る。少しは楽しめそうだ」

 メリナが不敵に笑う。
 ゾッとした。
 背筋を撫でられたような感覚がした。

 「火点の鳴神かてんのなるかみ!」

 私はメリナの家を丸ごと消し飛ばすつもりで、火炎からなる大爆発を起こした。
 辺り一面火の海、のはずが。
 聳え立つ氷山に阻まれた。

 …いつ発動した?
 どう考えても、私が技を放ったあとだ。
 
 「終わりか?他愛ない」

 メリナが氷山を砕いて現れた。
 可視化できるほどの尋常ではない魔力が彼女の体表に渦巻いている。
 これでようやく半分といったところ。
 この女は、未だ力をセーブしている。

 「スレナ!」

 私は大博打に出た。
 スレナを呼び、一対二で攻める。
 これまでの応酬で二人が隠れていたのは、たぶん、お兄ちゃんを探していたからだ。
 捜索にかける時間は長くなるが、今は一人でも多く人手が欲しい。
 私一人の時間稼ぎには限界がある。

 「でやぁぁあああああぁあああ━━━━━!」

 スレナが天井を突き破り、空中で拳を固めてメリナめがけて降下した。
 ドガンと、衝撃波がこっちまで来た。
 砂煙に覆われ、二人が見えない。
 
 「当たった…?」

 一応確認してみる。
 すると、

 「ごふぇッ…!」

 スレナが飛んできた。
 すかさず私は彼女を掴み、抱き抱えるようにして立たせた。

 「痛ッてて……ありがとうテオネス」

 「どういたしまして」

 さて、どうしようか。
 何処まで通用するかはわからないけど、一先ず攻めてみよう。

 「私は右、スレナは左から攻めて」

 「わかった」

 …違う。
 今の声、スレナじゃない。

 「か…カハッ…!」

 「わたしから目を離した時点で、お前らの勝ちは万に一つもなくなった。全滅エンドだ」

 メリナはスレナの首を掴んでいる。
 回復までにはかなり時間がいるだろう。
 並外れた耐久力を持つ彼女でさえ一撃で沈められた。
 喰らいたくないな。

 「ほれ、考えてる暇があるのか?」

 ぶわっと私の髪を撫でる足刀の二連撃。
 舐めやがって。
 
 「残光剣ざんこうけん!」

 私は魔力で剣を作り出し、メリナに斬りかかった。
 しかし、容易く捌かれる。
 
 「太刀筋が単純。芸がない」

 メリナが蹴りを飛ばしてくる。

 「グハッ…!」

 臓腑がねじ切られるような激痛を感じた。
 二発目でぶっ飛ばされた。
 景色が遠のく。

 「うぅ…」

 視界がぐにゃぐにゃしてる。
 メリナの姿がぐわんぐわんに曲がる。
 痛い。
 全身が折れ曲がったように痛い。
 でも立たないと。

 「ん…んぁあああ!」
 
 恐怖を更なる激痛で上書きした。
 痛みでヨダレが出る。
 視界不良は変わらない。

 「偉い偉い。頑張れ頑張れ」

 そう言ってメリナ手を叩く。
 
 「こんのッ…!」

 と、私は前のめりに倒れてしまった。
 ダメだ。
 もう、魔力も体力も残ってない。
 布石は打撃か…。
 全部奪われたんだ。

 「わたしを相手に粘った方ではある。この娘が得物を所持していれば、もう少し時間は稼げただろうに……残念だ。そろそろ幕引きとしよう」

 メリナが虚空に手を翳す。
 ひび割れた地面に真っ赤な魔力が通い、魔法陣を刻むように掘り進んでいく。
 樹木を、大地を、雨水でさえも、剥がし上げていく。
 天変地異。
 そうとしか形容できない。

 「蠍星極かつせいきょく愛善の呪縛艦あいぜんのじゅばくかん

 メリナはぐっと掌を握った。
 拳を作った。
 刹那、メリナが青い魔力を纏う。
 卑しく輝く繭が完成した。
 それは、時間経過と共に砕け散って、中から現れた女神の美貌をより一層引き立てた。

 …ああそうか。
 これが。
 これがヤバいのか。
 メリナの姿が神々しく見える。
 神秘的な、近代的な真紅の翼が見えた。
 頭上に浮かぶ円盤には、大小の針がゆっくりと回っていた。
 ニコッと可愛く微笑む無邪気な女性にしか見えない。
 あと、何秒稼げるかな。
 せめて十秒は稼ぎたいよ。
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