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第七章 天穹守護編

第127話 治療

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 ハルが行方知れずのまま、テオネスは妊娠三ヶ月を迎えた。
 ほんの少しだけ、お腹がポコっと出てる。
 胸もハリが出て、ママって感じ。
 実の妹をまじまじと観察する兄とかキモ過ぎだろ。
 と、ミラからのお達し。
 人の事言えなくないですか?

 「何よ」
 
 「いや、別に」

 如何せんテオネスの容態が芳しくない。
 ミラと代わりばんこで看病しているが、一向に良くならない。
 病院に連れて行くべきだろうか…。

 「ねぇライネル」

 「はい、なんでしょうか」

 「メリナに診てもらいましょう」

 「イエス、マム」

 「誰がマムだ」

 ミラの反応が可愛過ぎて、思わずハグ。
 無抵抗で良き。

---

 ということで、メリナ様にお越し頂いた。
 事情を話すと、思いのほかすんなりと承諾してくれた。
 治せるかどうかは別として、原因を探ってくれるらしい。

 「ん…んぁあ!んんっ……」

 テオネスが気持ち良さそうに跳ねる。
 メリナ式マッサージを受けているのだ。

 「ここか?それともここか…?」

 「ひぐっ…ふぁぁぁ…」

 堕ちたな。
 なんて言ったら、気味悪がられるんだろうな。

 「とてつもなくキモイわ」

 ド直球ミラ様。
 ごめんなさいね。

 「ところでメリナさん。テオネスの容態はいかがでしょう」

 「あまり良いとは言えないな。これは、天壊人の精液が人間に注ぎ込まれた時に起こる拒否反応。妊娠はしているが、未だ子の形成がされていない」

 要は、天壊人の遺伝子が意地悪してんだな。
 常人には耐えられない瘴気がテオネスの魔力と混ざり合わさり、潰しあってる、と。
 専門

 「つまり、素材だけがお腹の中に揃ってる状況でしょうか?」

 「そうだ。中々際どいことを言うな、お前」

 鋭いじゃないのかよ。
 あ、でも。客観視すればサイコパスかもしれない。

 「桃覇族に伝わる秘術をもってすれば解決出来るかもしれん。何せあれは人族との交配がメインだからな。こういう時のマニュアルは、予め用意してるだろう」

 「どえらことをいうな、あんた」

 「あんたとは何だ。誰に向かって言ってんだ貴様」

 「ごめんなさい」

 メリナ様に腹パンされた。
 いつもいつも、全力で殴らないで欲しい。
 激痛で内臓が混ぜそうになるんだよ。

 「自業自得よ。歳上をなんだと思ってるの」

 ミラまで言うか。
 身内のノリがわからんのかね。

 「身内って貴方、メリナとそんな親しくないでしょ」

 図星過ぎる。
 痛い、頭痛が痛い。
 死体蹴りしないで。

---

 メリナ様大元帥指揮のもと、テオネス回復作戦を結構。
 桃覇族の一人を我が家に招いた。
 スレナが転移魔法陣を組み、アルファ・ソールライトを呼んだ。
 愛するテオネスの危機とあらば、国を放ったらかしてまで駆け付けてくれる熱血漢だ。

 「うん、なるほど。これは……何やったの?」

 到着早々、アルファがぽかんとしている。
 半裸のテオネスを見て、赤面している。
 メリナがエッチなマッサージをしていたからだ。

 「存外早かったじゃないか、アルファ」

 「まあね。あんたが居そうな気がしたから、慌てて来たんだ。でさ。代われよ、そこ」

 「ほう…人妻に手を出したいか。とんでもない悪癖の持ち主だな」

 「誰の手に渡ってもいいんだ。どうせ、最終的には僕のものになるんだから」

 二人の会話に壁が無い。
 知り合いなのか?

 「あの、はよテオネスの容態見てちょ」

 「おっと、そうだったね。おっけー」

 アルファが快諾してくれた。
 なんだかんだ、面倒見がいい人だ。

 「さて…とぉ…」

 アルファが上着を脱いで、手持ち鞄から何かを取りだした。
 これは…袋?
 梱包薬か。
 全部で3包ある。

 「まずはこれを飲んでもらう。次にこれ、最後にこれだ」

 桃覇族に伝わる秘術とは、薬方のことらしい。
 既に調合済みなのは、大いに助かる。

 「水を用意して」

 「あ、はい」

 俺は台所から水を持ってきた。
 コップ一杯で足りたかな。

 「ありがとう。じゃあ……おい、あんた」

 アルファの顔が曇る。
 私がやると言わんばかりにメリナが水を奪い取り、テオネスに飲ませていたから。

 「ほら、たーんと飲め」

 テオネスの口から水が垂れる。
 わざと零れるように飲ませているんだ。
 
 「水は後だ。まず最初にくす……りも飲ませたのか…」

 何から何まで早い。
 メリナは本当にせっかちだ。

 「けふっ…もう飲めない…」

 テオネスのお腹が、より大きくなった。
 妊娠10ヶ月、臨月ぐらいあるぞ。
 コップ一杯で、ここまで大きくなるか?

 「はぁ……くだらないことに力を使うなよ」

 アルファが呆れ顔でため息をついた。

 「テオネス。飲めるか?」

 「もう飲みたくない。それ、美味しくない」

 「そりゃそうだろ、薬だもん」

 「お兄が飲ませて」

 「口移しでいいか?」

 「……うん」

 テオネスが口を開けて待機。

 「冗談だよ」

 テオネスに残りの薬を飲ませた。
 最後に脈拍の確認。
 うん、正常だ。
 
 「これで一件落着かな。ゆっくり休むんだよ」

 「うん。ありがとね、アルファ」

 「辛くなったら、何時でも呼ぶといいさ」

 そう言ってアルファが、テオネスをぎゅっと抱き締めた。
 何か耳打ちしてる。
 手が身体を這いずっている。

 「好きだよ、テオネス」

 愛の告白って、人妻も可なの?
 許されるの?
 まあまだ、結婚はしてないけどさ。

 「ライネル…ちょっと」

 ミラに腕をクイクイと引かれた。
 一先ず部屋から出た。
 
 「どうしたんだ?」

 「ハルの居場所、私わかっちゃったかも」

 「本当か!?」

 「うん…でさ、少し相談なんだけど」

 ミラの言葉に、俺は耳を傾けた。

 「学院地下にある古代迷宮に行ってみない?」

 「…何処そこ」

 「知らないの?」

 「知らない」

 ミラから感じる憐れみの視線。

 「古代迷宮には、記憶を司る神様が祀ってあるのよ。恐らくハルはそこにいる。テオネスとの思い出を消すつもりよ」

 「んー…理屈としてはわかった。でも、どうしてテオネスとの思い出を消すんだよ。あんなに楽しそうだったのに。飽きたとか言う理由なら、見つけ次第八つ裂きにして、祭壇に磔にするぞ」

 「ひぇ……まあ、そんな理由じゃないと思うから安心して」

 「ついでに俺の記憶も取り戻せるかもしれないな」

 「そう、そっちが本命」

 不意打ち気味に、ミラにキスされた。
 ああ、凄くいい。
 身体がひんやりしてて、気持ちいい。

 「俺、この記憶は絶対忘れないから」

 「その言葉、もう撤回効かないから」

 「おう。任せとけ」

 決意を新たに、俺はミラともう一度唇を重ねた。
 瞳を閉じて、そっと開けて。
 玄関口に立っていたリーズが、鞄を落とすまでの早さ。
 怖さ、夜の怖さ。
 助けて助けて。
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