結ばれたい想いを剣に乗せて

杉の木ノキ

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第七章 天穹守護編

第130話 真珠星

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 スピカ・ソールライト。
 彼女こそ、現天穹守護第4席アルファ・ソールライトの実姉。
 リンドウ師匠の想い人でもある。

 彼女は、端的に言えば殺戮の女神。
 人救いと称し、落とした国は数知れず。
 その鬼神的な強さから天穹守護まで駆け上がった女だ。
 真っ向勝負では、どう考えても不利と言わざるを得ない。
 
 また、天壊人特有の並外れた身体能力、闇属系魔術も加われば、間違い無く瞬殺される。
 俺もミラも、一呼吸の間に両断されるだろう。

 「戦力分析は済んだ?」

 ────ヒタッ…。

 と、冷たい手が頬に触れた。
 動けなかったのでは無い、動いても同じだったから敢えて受けたのだ。

 「こりゃ参ったな。分が悪いぞ」

 ここまで接近された以上、不意打ちは無い。
 俺はノーモーションで居合をかました。
 案の定、二指で受け止められた。

 「うんうん。やっぱりリンドウの弟子だ。熱くて脆くて、獣みたい…」

 おおらかな口調から一変、最後は冷淡に一瞥された。
 暗い瞳で感情が読めない。
 先の考えが察知できない。

 「……」

 一方ミラは何かを察したようで、静かにハルの元へと歩みだした。
 スピカが止める様子は無い。

 「あの子はいい子だね。君と違ってさ」

 愛憎混じりに、そう呟かれた。

 「返す言葉が見当たりませんね。結構俺は、一から十まで彼女に支えられていたのでしょう。何の取り柄も無い自分が自然と感じた、彼女への偏屈な想いは何処か一方的で向こう見ずでしたから、嫌われて然るべきだと思います。なのに…付いてきてくれたんですよ、彼女。記憶を失ってから、どれだけ俺が突き放しても、期待を裏切っても、ちゃんと後ろにいるんです。まるで妹みたいに。そんなことされたら、誰だって好きになっちゃうじゃないですか。無様を晒したくない、負けたくないって、そう思うじゃないですか。あの子は俺の初恋の人で、俺はあの子だけの不殺の勇者だ。いくら貴方が殺しに来ようと、俺は貴方を殺さない。もう二度と、血染めの手でミラを抱き締めたりしない。ほら……記憶の枷は、自分で解きましたよ」

 剣にありったけの魔力を込めて、肉体を瞬間強化。
 青白の星、群青の流星。
 そして、夭桃・号哭ノ真珠星。
 担い手に及ぶかは定かでは無いが、及ばないなら超えてやる。

 もう二度と、俺は負けない。

 「あっははっ……私の役目を奪うなよー、まったく」

 スピカのロングブレードが揺らめく。
 刹那繰り出された横薙ぎの一閃。
 追憶の間が円形上に焼き斬られた。
 俺の知らない技だ。
 でもきっと、師匠なら知っているんだろうな。
 この技の本質も、攻略法も。

 「ここから先、一瞬も隙を与えるな」

 スピカの瞳に光が灯る。
 速すぎて動きが見えない。

 「はあァ…!」

 気配を感じ取れ。
 歩数換算は役に立たない。
 彼女は一歩で間合いを詰めてくる。
 カウンターで嵌めるしかない。
 カウンターなら負けない。

 ──まだだ。
 ──まだ…。
 ───今だ!

 「残光ざんこう千剣せんけん禍津日まがつひ!」

 頭上から青い流星が降り注ぐ。
 流星は一つ一つが必殺技の剣。
 スピカが間合いを潰された。

 「つぇああああぁあ!」

 ここぞとばかりに連撃を叩き込む。
 しかし、易々と捌かれる。
 そして、何故か顔に水滴がついた。
 スピカが泣いていた。
 俺が剣を振る度、涙を拭っていた。

 「頭にくるぐらいアイツと一緒で……やっぱ強いなぁ…リンドウ」

 スピカが剣を持ち替えて斬り上げてきた。
 これは、なんとか躱せた。

 「……」

 これだけ感情を露わにしておいて、尚、剣の鋭さが鈍らない。
 凄いな。
 これが天穹守護か。

 「スピカさんは、今でもリンドウが好きですか?」

 「……うん。大好き」

 屈託なく笑い、突き出された鉤爪。
 掠っただけで滝のような流血。
 動脈が損傷を受け、肉を斬られた。
 咄嗟に俺は治癒魔術をかけて修復。

 そうしている間に気がついた。
 スピカの体表を覆う黒い霧に。
 これは、天壊人の魔力だ。

 「ああクソっ、もうおしまいか…」

 スピカが魔力を解いた。
 そして、純粋な身体能力で襲いかかってきた。
 太刀筋は依然としてキレがある。
 動体視力も波では無い。
 闇雲に斬りかかって来るかと思えば、その実、的確に防御も怠らない。
 強いなんてもんじゃない。
 まるで破壊神だ。

 「ッ…これ以上は腕が持たない!」

 俺は内壁を伝い、距離を取った。
 危なかった。
 あのままいけば、あと数十秒で骨にヒビが入っていた。

 「懸命な判断だね。そう、私たち桃覇族の膂力に人間は敵わない。たとえそれが魔族だろうと、真っ向からは挑んで来ない。勝てないってわかってるからね」

 スピカは誇らしげに鼻を鳴らす。
 大人しくしていれば、可憐な女性なのに。

 「次で決めます。お覚悟を」

 剣を斜め後ろに構え、前傾姿勢に。
 特攻の意図を隠さず、魔力を全開に。

 「うん。かかって来な」

 スピカが剣を振り上げた。
 バキと音がして、赤い粉雪が舞う。
 万力に匹敵する握力に、剣の握りが砕けたんだ。

 「この技はライテールを滅ぼしかけた。ゆえにリンドウはこの技を封印した。己の過去を振り返らない為、愛する妻の為、そして…私のために」

 雪は灼熱の業火へと変貌を遂げた。
 噴出する火炎は喉を焼き、視界を紫色に染め上げた。

 「千万せんばん燼滅じんめつ月夜見つくよみ

 例えるならば、極大の焼却砲。
 これ以上が無い火力。
 
 焼けていく。
 記憶の壁も、扉も。
 追憶の間全体が溶けていく。
 我ながら、とんだ死地に飛び込んだものだ。

 でも…大丈夫。
 俺の手には、黒い蔓が巻かれている。
 ミラの想いが包み込まれている。
 なら勝てる。
 きっと、これから先ずっと。

 「共星極きょうせいきょく結想けっそうつるぎ!」
 
 剣は黄金に明滅し、肥大化する。
 連星では届かない領域から、聖剣を振り降ろす。
 今一度、火を雪に。
 花弁のように散らせてやる。

 「うぉおおおおぉおおおああッ!」

 業火を裂く聖剣。
 凄まじい熱量だ。
 腕は愚か、顔面が消失しそうなぐらい熱い。

 でも負けられない。
 俺が負けたら、間接的にミラも負けたことになる。
 それはダメだ。
 この場の勝者は、ミラでなくてはならない。

 「ぜやぁ…!」

 汗一滴も出ない灼熱を超えて、ようやく業火を断ち切った。
 すかさず俺は、スピカの懐に飛び込んだ。
 彼女はもう、無抵抗だった。
 心做しかすっきりしたような顔で、クスリと笑って。

 「また負けちゃった」
 
 この場にいない彼に向けた悔しさを綴った。
 突きつけられた剣を見て、またしても笑う。

 「こんな風に勝てたこと、一度でもあったっけ?」

 スピカが見透かしたように言う。
 思えば、一度も無かったな。
 強敵だったら殺してた。

 「ありませんでしたね」

 「でしょ?どうりで……強いと思ったよ」

 スピカがパタンと、力なく倒れた。
 満足気な顔して、光の粒子を舞わせた。
 間もなく消えてしまう。

 「次は何時会えますか?」

 「そうだねぇ……ボクは気まぐれだからなぁ…」

 光は霧散して、呆気なく消えた。
 最後の最後で、スピカは違和感を残した。
 ボクは気まぐれ…か。
 なんて奴だ。

 そんなことより、ミラとハルは大丈夫かな。
 まあミラが診てるなら安心だろう。
 心のケアは大人の役目だ。
 無事帰れたら、俺も彼女にたっぷりケアしてもらおう。
 ミラ大好き。
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