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第八章 時神の千剣編

第137話 催眠魔術のススメ

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 メリナの有する光魔術はどれも人外戦用に昇華されており、適当に放った上級魔術ですら連星極級相当である。
 そのため、俺を始めとする愚かな弟子たちはみな、口を揃えて言う。
 あ、この人、師匠の器じゃないわ、と。
 
 弟子は沢山居る。
 俺とミラ。
 以上。

 嘘だろ、おい!
 さっき沢山居るって言ってただろ! どうしたよ!
 
 たしかに、他に希望者はいた。
 5、6人ぐらいはいた。
 しかし、基礎の段階で振るい落とされた。

 ここで言う基礎とは、シンプルな武力である。
 斬るか斬られるか、殺し殺されるかの四択を迫られる。
 結果、俺とミラだけが残った。
 正確には勝ち残った。

 でも、なんやかんやメリナも優しい。
 振るい落とした連中にも、ちゃんと学ぶ機会を与えている。
 俺達とはまた別の時間帯に塾を開いて、その人のペースに合わせて、教鞭を取っているようだ。
 青空教室だけど、めちゃくちゃ評判がいい。

 その評判につられてか、ある男がメリナ塾にやって来た。
 最近子供が出来たという彼だ。
 ハル。

 は? 帰れよ。

 「お前何しに来たの? 死にに?」

 「違います! 純粋に魔術を学びたくて来ました!」

 「嘘こけ、不倫艦隊。どうせあれだろ、テオネスにそっくりなあどけなさ残る超美人に甘く蕩けるような吐息をかけられながら闇属系魔術応用編第三幕、催眠魔術を受けたいとか思ってたんだろ。その考えが甘ぇよ。今、お前に相応しいのは緊縛療法だ。女帝娼館行ってこい」

 「嫌です! というか僕はテオネス一筋です! 不倫なんて絶対にしません!」

 「んな事言ったって、行動が信憑性に欠けんだよ。帰れ」
 
 「嫌です!」

 「はあ…」

 ハルは、否が応でもメリナ推し。
 モヤモヤする。

 「は?」

 「ごめんなさい」

 ミラに横っ腹を抓られた。
 痛い痛い。

 「そう責めてやるな。こいつはテオネスの妊活中、ずっと我慢してたんだ。今だって、テオネスが子供につききっきりでまともに相手してくれないから、私のところに来て、沢山エッチして帰ろうと思ってたんだよ。ふざけんな、糞ガキ共がッ」

 勝手に推理して、勝手にキレ始めたメリナ様。
 ミラも、うんうんと首を縦に振りまくっている。

 「でもそうだな…催眠魔術か」

 メリナが、ムムムと考える。
 妙案を提示された時のメリナは、とってもミステリアス。
 イケナイ研究員っぽい。

 「催眠魔術の応用力は、さして高いもので無いと認識しておりますが」

 「いや…使い方による」

 「というと?」

 「使えん味方を傀儡化して盾役に変えたり、敵を無力化することも出来る」

 恐ろしく酷いことを考える人だ。

 「なるほど。でもそれ、言うほど便利ですか?」

 「適材適所の再編を行える、という点では有用と言える。が、お前らにはまだ早いな」

 「青いから?」

 「そう。どうせ甘っちょろい友情物語に酔い知れて、俺がキミを守るよーとか、僕が世界を救うんだーとかほざき散らして、結局教えたことを何一つ守らず、髪の毛チリヂリになってくたばるんだ」

 「なんか今日、邪悪っすね」

 「さっきから目に毒ばら蒔いてんの誰だ」

 ミラが俺の手をずっと掴んでいるせいです。
 メリナが怒る理由はそれです。

 「まあ、軽い手ほどきぐらいはしてやるか…」

 「毒を食らわば皿までも。的な感じでしょうか」

 「死刑」

 「本当にごめんなさい」

 なんでだろう。
 わからないよ、この人。

 「ま、ざっくり言うと、催眠魔術は鼓舞だ。頑張れとか、好きだとか、そう言う痛い台詞が詠唱の基盤となる。まあ…うん、見てろ」

 メリナがそう言い、ハルに近付く。
 愛でるように耳たぶをコリっと圧指、ふっと息を吹きかける。
 ごにょごにょと何かを呟いている。

 「ふわぁあああああ…!」

 ハルが歓喜の声をあげた。
 ダメだこりゃ、完全に堕ちた。
 雑魚みたいな犬っころだよ、お前。

 「さて、こいつは今どうなった?」

 「豚になりました」

 「あ? 真面目に答えろ」

 「所定の速度で振動する筈の声帯の傾きを鼓膜が感知し、本来弾かれるはずの大量の魔力粒子が吸い込まれる形で脳関門を突破したことで、一種の中毒状態に陥っています」

 「素晴らしい…100点満点だ。後で褒美をヤろう」

 「マジですか、やった」

 そう言うと、ミラが露骨に不機嫌な顔をする。
 メリナはそれを楽しそうに見ていた。

 「私だって、それぐらい知ってるわよ」

 「さすが闇属系専門」

 「それ、褒めてないでしょ。撫でなさいよ」

 「はいはい」

 ちょいと撫でるだけで、機嫌が戻る。
 扱いやすくて可愛い子。

 「その考え、悔い改めろ不倫船長」

 「出世したね」

 ぎゅっと抱き締めると、ミラは「きゃ」と小さな声を出す。
 枕にしたい。

 「では実践に移ろう。えーっと……お前は待機で」

 メリナがミラの首根っこを掴み、木陰に移動する。
 ミラを置いて、メリナだけ戻ってきた。

 「いじめ?」

 「違う。あいつはもう知ってるから、教える必要が無い」

 「え、ミラ使えるんですか?」

 「ああ。今度徹夜してみるといい」

 それはつまり、夜中使われてるってことだろ?
 おいコラ、ミラおい。
 起こせよ、おい。

 「じゃあ早速。ハル、こっち来い」

 「喜んで」

 喜ぶな、オス豚。
 テオネスにチクってやるからな。

 「準備はいいな…?」

 「はい…いつでも」

 ハルの耳元に、メリナの唇が当たる。
 聞き耳を立ててみた。

 「テオネスより、私の方が上手いぞ」

 あ、最低なこと言ってるー。

 「本当…ですか?」

 「もちろん。なんなら、一発ヤってくか?」

 「……」

 「ライネルを倒せたらなら、生でいいぞ。なまだけにな」

 血筋のせいか、妙にやかましい。
 なら、だし。
 生じゃねーよ。

 「殺ります。ヤらせてください」

 ハルが右手を翳し、謎の異次元空間から武器を取り出す。
 見たことも聞いた事も無い、波紋煌めくロングブレードだ。

 「フフッ……ほら。やるしか無い流れだぞ? ライネル」

 メリナめ、わざとこの状況を作ったな。
 根底から悪い女だよ、まったく。

 「嘘偽りで塗り固められた虚空の剣で、一体何が斬れるというのか」

 「信念揺らぐ人間程度なら、造作もない」

 「痛いところを突いてきますね…」

 「まあな。これはお前を試すテストでもある。存分に楽しむといい」

 楽しんでんのはお前だろ。
 そう反論するよりも先に、ハルの刃が届いた。

 明らかに異常な攻撃速度と膂力。
 咄嗟に群青の流星を張らなければ、腕が砕けていた。

 「如何に偽りを口にしようが男ってのは単純な生き物で、有識者の科学的推論よりも直感を信じる。女が愛護を求めれば、中身無い水泡の言葉でも簡単に耳を貸し、無様な過去の情緒を顧みず、見栄を張りたがる本能を御し切れない、まさに生来少年。なれど、ありもしない可能性を原動力に、最終的には獅子として大成するんだ。ほんと、お前の言う通り、扱いやすい子だよ」

 徐々に、メリナの口元がさけていく。
 笑みに作りかえられていく。
 これ以上ないほど、魅せられる笑顔だ。
 しんどいな。
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