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第九章 天壊人編
第143話 石の上にも三年
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王立学院を卒業してから暫くの間、俺は探偵業に精を出していた。
ミラが助手で、リーズが所長。
俺は一介の探偵員だ。
開業当初から依頼が殺到したので経営はすぐさま軌道に乗り、世帯収入の番付で堂々のトップ10入りを果たした。
まさに一国一城の主となったのだ。
卒業から早三年。
俺は毎日のように筋力トレーニングを欠かさない。
卒業してからも勉学に励んでいる。
みんながいるから、仕事と掛け持ちでも苦じゃない。
それから、テオネスの娘トレミーが三歳になった。
よく事務所に遊びに来る。
その度にトテトテと忙しなく動き回って、ぷにぷにの頬を俺の膝の上に乗せてくる。
もう爆散死するほど可愛い。
そんなトレミーの良き父親であるハルは、たまに差し入れを持ってきてくれる。
成長期を終えてからというもの顔つきが男らしくなり、声質もがらりと変わった。
爽やかな声、背丈が俺よりも高い。
探偵事務所付近には、ぽつんと一軒家がある。
白蘭剣王の名で知られ、今やその名を知らぬ者はいない、シルバー・コルティックの家がある。
あいつは今、軍属だ。
王国軍の分隊長を務めてる。
荒事専門の特殊部隊のくせに、生存率が驚異の100パーセント。
新人はまず、ここに配属され鍛えられるそう。
また、ディルクレムはライテール王国の貴族に鞍替えした。
フランはその付き添いで時々顔を出してくれる。
そこで思わず『貴方、王女様ですよね?』と質問したら『ええまあ』と軽く返された。
アルファの不満が、殺意に昇華されないことを願う。
「もうすぐ臨月ね。早い早い」
ミラが、すりすりと自分のお腹を摩っていた。
昨日までぺったんこだったのに、今日になって突然ぽっこりお腹。
わざわざ季節外れのスイカを用意したようで。
「切ろっか」
「そうね」
コドンと床に落下するスイカ。
「いだッ…!」
ミラが飛び跳ねた。
スイカに親指を攻撃された模様。
なにをやってるのかな?
---
天壊人の目的は、特にない。
無いからこそ、破壊に重みが生まれる。
それとなく殺して、ひとりでに笑い、滅ぼす。
知らぬ他人の玩具を壊すが如く、だ。
そもそも俺には、天壊人を打倒できるほどの必殺が無い。
無くても潰せる、そんな甘い敵ならどれだけいいか。
最強の一撃と重さは必ずしも比例しないから、もしもを考えないと…。
…やると決めたくせに、しょうがない奴だ。
逃げ腰はよそう。
「所長」
「んー、なにー? ライネルー」
リーズは、何かの片手間に話を聞く力がある。
書類整理をテキパキこなしつつ、ちゃんと返事をしてくれる。
「天壊人て、どこにいるのかな?」
「さあ…それを見つけ出すのが探偵だよね」
「身も蓋もない正論」
「でも、待ち構えてれば来るんじゃないかな? だってあれは世界最強の剣士なんでしょ? なら来るよきっと」
「俺に、そこまでの価値は無いだろ」
「あるよ。無いならわたしが付けてあげる」
ニシシと笑うリーズにデコピンされた。
嬉しいことを言われた筈なのに、なんとなく切なく感じた。
---
メリナとの体練は、ほぼ互角に終始するようになった。
とにかく前進して、飛ぶと同時に防御も怠らない。
それから一歩引いて足刀を混じえる。
足刀は基本二連撃で、一で振り上げ二で落とす。
そこに回転斬りを見舞う。
一刀必殺の断頭台を目標に、メリナに振り落とした。
「うん…だいぶ良くなった」
メリナは瞳をとじて、おっとりと呟く。
時間を戻され、さらに追撃の腹パンを受けた。
激痛につぐ激痛。
臓腑がねじ切れてしまいそうだ。
「今のパンチは、私の五割と同じぐらいですかね?」
スレナが、俺の紫色になった腹筋をポンポンと叩く。
痛い。頼むからやめてくれ。
「いや…三割にとどまるな。いくらわたしでも、流石にお前の拳には届かん」
メリナはそう言い、俺の両肩にふわりと腕を置いた。
そのままチクチクとまさぐられ、ぎゅっと抱き締められた。
「お前みたく、誰かに認められたくて戦ってた人間をわたしは知っている。朧気だけど…そいつは可愛い奴だったな。誰よりも天使の仮面が似合う、勇者もどきの最果てだった。でも…そいつは何かがきっかけで諦めてしまった。もうどうでもいい。無駄だった、て。わかるか? それでは遅いってことだよ。一年先、二年先なんて、ワタシが血を吐いて倒れるまでに充分すぎる期間だ。天穹守護だって、いつ疫病の蔓延で欠けるかわからない。だから殺せ、天壊人だけは。我武者羅な動機で、道理を捩じ伏せてみせろ」
一気に吐き出したような説教だった。
メリナの犬歯が、俺の首筋をなぞった。
でも、噛む前に少し猶予があった。
「一人で抱え込ませて、ごめんな…」
メリナは、何故か知らないけど泣いてた。
言ってることも、よくわからなかった。
一人で抱え込ませて…て。
違うのに。
それは、俺の夢だったんですよ。
みんなの夢が、そのまま俺の夢になったんです。
ミラが助手で、リーズが所長。
俺は一介の探偵員だ。
開業当初から依頼が殺到したので経営はすぐさま軌道に乗り、世帯収入の番付で堂々のトップ10入りを果たした。
まさに一国一城の主となったのだ。
卒業から早三年。
俺は毎日のように筋力トレーニングを欠かさない。
卒業してからも勉学に励んでいる。
みんながいるから、仕事と掛け持ちでも苦じゃない。
それから、テオネスの娘トレミーが三歳になった。
よく事務所に遊びに来る。
その度にトテトテと忙しなく動き回って、ぷにぷにの頬を俺の膝の上に乗せてくる。
もう爆散死するほど可愛い。
そんなトレミーの良き父親であるハルは、たまに差し入れを持ってきてくれる。
成長期を終えてからというもの顔つきが男らしくなり、声質もがらりと変わった。
爽やかな声、背丈が俺よりも高い。
探偵事務所付近には、ぽつんと一軒家がある。
白蘭剣王の名で知られ、今やその名を知らぬ者はいない、シルバー・コルティックの家がある。
あいつは今、軍属だ。
王国軍の分隊長を務めてる。
荒事専門の特殊部隊のくせに、生存率が驚異の100パーセント。
新人はまず、ここに配属され鍛えられるそう。
また、ディルクレムはライテール王国の貴族に鞍替えした。
フランはその付き添いで時々顔を出してくれる。
そこで思わず『貴方、王女様ですよね?』と質問したら『ええまあ』と軽く返された。
アルファの不満が、殺意に昇華されないことを願う。
「もうすぐ臨月ね。早い早い」
ミラが、すりすりと自分のお腹を摩っていた。
昨日までぺったんこだったのに、今日になって突然ぽっこりお腹。
わざわざ季節外れのスイカを用意したようで。
「切ろっか」
「そうね」
コドンと床に落下するスイカ。
「いだッ…!」
ミラが飛び跳ねた。
スイカに親指を攻撃された模様。
なにをやってるのかな?
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天壊人の目的は、特にない。
無いからこそ、破壊に重みが生まれる。
それとなく殺して、ひとりでに笑い、滅ぼす。
知らぬ他人の玩具を壊すが如く、だ。
そもそも俺には、天壊人を打倒できるほどの必殺が無い。
無くても潰せる、そんな甘い敵ならどれだけいいか。
最強の一撃と重さは必ずしも比例しないから、もしもを考えないと…。
…やると決めたくせに、しょうがない奴だ。
逃げ腰はよそう。
「所長」
「んー、なにー? ライネルー」
リーズは、何かの片手間に話を聞く力がある。
書類整理をテキパキこなしつつ、ちゃんと返事をしてくれる。
「天壊人て、どこにいるのかな?」
「さあ…それを見つけ出すのが探偵だよね」
「身も蓋もない正論」
「でも、待ち構えてれば来るんじゃないかな? だってあれは世界最強の剣士なんでしょ? なら来るよきっと」
「俺に、そこまでの価値は無いだろ」
「あるよ。無いならわたしが付けてあげる」
ニシシと笑うリーズにデコピンされた。
嬉しいことを言われた筈なのに、なんとなく切なく感じた。
---
メリナとの体練は、ほぼ互角に終始するようになった。
とにかく前進して、飛ぶと同時に防御も怠らない。
それから一歩引いて足刀を混じえる。
足刀は基本二連撃で、一で振り上げ二で落とす。
そこに回転斬りを見舞う。
一刀必殺の断頭台を目標に、メリナに振り落とした。
「うん…だいぶ良くなった」
メリナは瞳をとじて、おっとりと呟く。
時間を戻され、さらに追撃の腹パンを受けた。
激痛につぐ激痛。
臓腑がねじ切れてしまいそうだ。
「今のパンチは、私の五割と同じぐらいですかね?」
スレナが、俺の紫色になった腹筋をポンポンと叩く。
痛い。頼むからやめてくれ。
「いや…三割にとどまるな。いくらわたしでも、流石にお前の拳には届かん」
メリナはそう言い、俺の両肩にふわりと腕を置いた。
そのままチクチクとまさぐられ、ぎゅっと抱き締められた。
「お前みたく、誰かに認められたくて戦ってた人間をわたしは知っている。朧気だけど…そいつは可愛い奴だったな。誰よりも天使の仮面が似合う、勇者もどきの最果てだった。でも…そいつは何かがきっかけで諦めてしまった。もうどうでもいい。無駄だった、て。わかるか? それでは遅いってことだよ。一年先、二年先なんて、ワタシが血を吐いて倒れるまでに充分すぎる期間だ。天穹守護だって、いつ疫病の蔓延で欠けるかわからない。だから殺せ、天壊人だけは。我武者羅な動機で、道理を捩じ伏せてみせろ」
一気に吐き出したような説教だった。
メリナの犬歯が、俺の首筋をなぞった。
でも、噛む前に少し猶予があった。
「一人で抱え込ませて、ごめんな…」
メリナは、何故か知らないけど泣いてた。
言ってることも、よくわからなかった。
一人で抱え込ませて…て。
違うのに。
それは、俺の夢だったんですよ。
みんなの夢が、そのまま俺の夢になったんです。
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