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第九章 天壊人編

第145話 傷跡を見て

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 天壊人の出現場所こと、ヴォルデッド王国を訪ねた。
 久しく忘れていたこの空気。
 陰気、不気味、ちょっと寒い。
 でも、今は少しだけ暖かい。

 散見する限り、交戦の傷跡は微々たるものだ。
 至るところで復興作業が進んでいる。

 泣き喚く子供、それを宥める母親。
 血だらけの主人、汗だくになりながらも瓦礫を運ぶ兵士。
 何もしない貴族の悪態。全部見て聞いた。

 王国東側、正門を守る門番には、ライテール王国から来たと告げた。
 天穹守護の象徴たるメダルを引っ提げて、偉そうに睨んでやった。
 聞くところによると、彼らは一週間ほど前まで騎士団見習いだったそうだが…。

「前線に向かった者は誰一人帰ってきませんでした…」

 若手の門番、アーケスが下を向く。
 数少ない同胞との別れに、心痛を感じているのだろう。

「昇格されたのもそれが理由で?」

「はい。もうこの国に腕の立つ戦士はおりませんゆえ。中級に届けば、余裕で小隊を任されます」

「なるほど……。てかそれ話してよかったんですか? これでも一応俺、ライテール王国の小間使いなんですけど……あ」

「あ」

「やっぱダメ。二人だけの秘密にしよう」

「天穹守護の重責を担いつつ、諜報活動もこなすとは。流石です、ライネル様」

「やめて」

 俺としたことが、つめが甘かった。
 未だリーズの事務所に身を置いていたなら即クビになっていただろう。
 

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 夜になり、アーケスに道案内を頼んだ。
 天壊人の所在を探るべく、一度国外に出た。
 ヴォルデッドを横断したという情報を頼りに、西に進む。

「今更ですが、あれと一戦交えようなんて正気の沙汰ではありません。下手すれば死にますよ?」

「死なないよ。俺強いもん」

「同じぐらいの歳で、そこまで強気な人初めて見ました」

「思えばたしかに……なんでだろうね。承認欲求でもあるのかな…」

「あると思いますよ。それに相応しい貫禄も、十分に」

「さすがにそこまでは無いよ。俺の行動理念は酷く独善的なものだ。勝ったら褒められる、ただそれだけの報酬を得るためにここまでやってきた」

「なら尚更負けられませんね」

「ああ。負けたら最後、俺も世界も終わる」

「事実、天壊人を止められる生物はこの世にいない。もしかするといるのかもしれませんが、それは最後の最後までなりを潜めているでしょう」

「……一人、確実に俺よりも強く、天壊人とタメを張れる人間を知っている」

「え…?」

「でもその人は、おそらくは長生きできない。だから、そっとしておいてあげたい。天穹守護でもなんでもない人なんだけど、天穹守護より強いんだ、その人は」

「なるほど……信頼しつつも、なんやかんや守りたくなっちゃったと」

「ま、動機としては十分でしょ。言うて俺も一度は揺らいだもの。好きなタイプ…だったのかな」

「おお。なんとまあ、実に素晴らしい。淡い恋物語の延長戦ではありませんか。で、その人はどんな女性なんです?」

「強くて綺麗な女性だよ。というか既婚者なんで、その質問はNGで」

「…え。あなた既婚者だったんですか!?」

「そうだけど…そんなに驚くことか?」

 目的地に着くまでの間、ずっとこんな話をしていた。
 くだらない話もあったけど、どれも夢のある話だった。
 なんというか、気が紛れたよ、うん。

 正直に言うと怖いんだよ。
 見たことも無い生物と戦うのは。

 瞬殺されたらどうしようとか、仕留め損ねて怨まれたらどうしようとか。
 とにかく怖くて、逃げたくなって…。

「あれ…?」

「ん? どうかしました?」

「ああいや…なんでもない」

 ふと、岩陰から人の気配を感じた。
 一瞬だったけど、少し黒い魔力を感じた。
 不思議と恐怖は無かった。

「………」

「ハンカチ、使いますか?」

「…うん。ありがとう」

 引き返したい気持ちはすごくある。
 それは勝ちたい気持ちよりも強く発現してる。
 でも、でも、それでも俺は。
 家族を、みんなを守りたいんだ。
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