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第九章 天壊人編

第146話 信じて待つ人

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---テオネス視点---


 無理だって、諦めなって。
 あれは人間じゃないから、生物ですらないから。
 そう言えば、お兄ちゃんに伝わるものと思っていた。
 だってお兄ちゃんは私の言いなりだから。
 昔からそうだったから。
 
 でもいざ蓋を開けてみれば、お兄ちゃんの目に迷いは無く、もう何を言っても聞かないであろう笑顔が眩しく輝いていた。
 澄んだ瞳で私の顔を見ては、ぎゅっと恋人のように抱き締めてきた。
 まるで御伽噺の主人公を見ているようだった。

 アルファから聞かされていた、天穹守護壊滅までの経緯。
 それは一瞬の出来事だったという。

 天壊人が剣を振り下ろし、景色が変わる。
 第一席は避けた筈だが、二つに裂けた。
 避けた“筈”ではダメなのだ。
 あれを相手にするということは、それ即ち天災に歯向かうと同じこと。
 子供が嵐に突っ込んで、止めようとするもの。

 …無理だ。
 そんなの勝てっこない。

「結局、彼を一人で向かわせたんだね」

 アルファが寝室に入ってきた。
 最近体調を崩しがちだったから、そのお見舞いに来てくれたんだ。
 私の可愛い可愛い愛娘、トレミーがベッドから手をパタパタと振っている。

「あ、うぇあ。うぉー」
 
「あっははっ。おっきくなったなぁ」

 アルファはトレミーを心底可愛がってくれている。
 ハルが不在の時は、よく遊びに連れ出してくれる。
 トレミーも懐いているので、ちょっと街を散策するぐらいならなんてことない。
 まあ…ちょっと不穏な日もあったけど。
 襲われかけた日もあったけど。
 私がね。

「お兄ちゃんならきっと……て思ったんだ」

「嘘。本当はそんなこと思って無かったでしょ」

「……」

「まあでも、言って聞かない男は放っておくが吉さ。曲がりなりにも、彼はあのリンドウの弟子なんだ。簡単に散るタマじゃない」

「……でも一人じゃ」

 そう言葉に詰まると、アルファは私の腕を引いた。
 ぽすっ、と。出たかもわからない音が聞こえた。
 効果音、的なやつ。

「一対多こそ、天壊人の本領。単騎戦なら可能性はある」

「だといいけど……。ねぇアルファ」

「ん? なんだい?」

「アルファは手を貸してくれないの?」

「僕は…テオネス様をお守りする大任を仰せつかっているから」

「なにその畏まった言い方」

「雇われの身だからね。そこらへんはノーコメントで」

 結局濁されてしまった。
 アルファの考えは、昔から読めない。

「そう言えば、アルファのお姉さんは昔、天壊人と斬り結んだとかどうとか。メリナから聞いたんだけど」

「あー…うん。殺されなければ、殺してたんじゃないかな」

「……」

「本っ当にね、僕は頭にきてるんだよ。赤青黒。三つ巴の争い、てやつに」

「三つ巴…?」

「青は赤になり、やがて黒になる。ねぇさんは、黒く濁った赤になり、青色の弾丸に敗れた」

「つまり、赤は青に強くて、青は黒に強くて、黒は赤に強い、てこと?」

「そゆこと。理解が早いね、キスしちゃう」

 そう言われ、私は慌ててアルファの口元を抑えた。
 ぺろぺろ舐められてゾッとした。
 やめておくれ。

「そこに気づけない限り、お兄ちゃんに勝ち目は無いのか…」

「いんや。ふぉーでもふぁい」

「ごめん、聞き取りづらい」

 私はアルファの口元から手を引き、これでもかと言うほど睨んだ。
 やめろよ!? 絶対にやめろよ!?
 と、念を送った。

「キミのお兄さんはもう一段階上の青色を持ってる。それを使えば勝機はあるね」

「たしか…群青の流星? だったっけ」

「そうそう。あれはね、実際メリナも認めるぐらい強いんだよ。なぜならあれの魔力は対天壊人にのみ特化させた、超光属系の灼熱がモチーフになってる。本人が意図して完成させたのかは知らないけど、あれはね、強い」

「お兄ちゃんの事だし、考えて作ったわけではなさそう」

「天才だもんね」

「……うん」

「じゃあ、挿れるね」

「話の腰を折るな」

 寸前でトレミーがずいっと割り込んできたので、事なきを得た。
 アルファのしょげた顔がムカつく。

「ママ。まーま」

「はいはい。なぁに?」

「マーマレード」

「トレミーにはまだ早いよ」

 もう本っ当に可愛い。
 トレミー美術館を建てたいぐらい可愛い。
 頬擦りすると、きゅうきゅうと鳴く。
 小鳥さんですか?

 なんて、呑気に思ってた。
 
「……あ」

 どこか遠くで、雷が落ちた。
 音は、かなり遅れてやってきた。
 この方角は……ヴォルデッド王国だ。

「接触したな。これは」

「……」

 あれが最後なんて絶対に嫌だ。
 無事ちゃんと帰ってきて、私たち家族を胸いっぱいにまで抱き締めて…。

 キスならいくらでもする。
 望むなら、身体だって払う。
 だから――

 ――大丈夫、お兄ちゃんなら勝てる。
 そう、信じて待つしかない。
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みんなの感想(1件)

スパークノークス

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杉の木ノキ
2021.09.22 杉の木ノキ

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