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 あの日から、潮は相馬家に入り浸るようになった。
 来ない日があっても、祖母が電話で呼びつけるほどの馴染み具合だ。

「あぁ~……やってらんね……」

 放課後、鎌瀬を伴って騎良は校門へと歩く。
 蒼とのレズセックスが楽しみすぎて付き合いが悪いとすら言われていたのに、近頃真っ直ぐ帰るのが億劫だ。
 潮は蒼に興味がないというか、騎良にしか興味がなかったから、わざわざ見張らなくても蒼に危険は及ばないだろう。
 寧ろことあるごとに蒼に陰茎を切られそうになっているから、潮の方がえらい目に遭っていた。

「きいちゃん、先輩」

 噂をすればなんとやら、だ。
 鎌瀬が「きいちゃん先輩……?」と狼狽えている。

「鈴子おばちゃんが、今日はスッポン屋に行くから早めに帰れって」
「あぁそう、伝達お疲れさん」

 即座に会話を終わらせ、潮とすれ違う。すると袖を掴まれた。

「……何」

 潮は黙って俯いている。埒が明かない。
 三人で立ち止まっていると、バイクのエンジン音が聞こえてくる。
 音の方を向けば、バイクに跨がった玄武がこちらに走ってきていた。

「おーっ! 玄武ー!」

 潮の腕を払う。さも用事があったかのように玄武に駆け寄り、バイクを停めさせた。

「俺、玄武と用事あんだわ! ばーちゃんに飯いらねって言っといてくれ。 じゃな、さ、早よ行け」

 玄武の腰を叩くと、バイクは公道に進む。
 とにかく一旦あいつと離れなければ、まともな打開策も浮かんでこない。

 校門をくぐって暫くすると、後方から甲高くブウウウウウン!! と鳴る。
 喧しさに振り返り、騎良は固まった。

 --潮だ。

「ウワアァ!! 玄武もっと飛ばせ!!」
「はぁ!? 危ねぇだろ!」

 フレームがなく、機械が剥き出しの車に乗って、潮は騎良を追って来た。
 二人に追い付いた潮は、バイク相手に幅寄せをしてくる。
 運転の時に人格が変わるなんて話があるが、こいつはある意味ぶれない。
 番長玄武に凄まじい煽り運転をかましている。

「馬鹿野郎っ! 止まれ、こっちも止まるから!」

 玄武はブレーキを掛けて車体を脇に停める。
 騎良が「いや本当に停めんなや! ああ言って逃げるとこだろが!」と抗議すると、肘で肋を殴った。

「おまっ、マジウゼー」

 清廉潔白というか、真面目な奴。
 厳つさで番長呼ばわりされているものの、阿保田高校にはスポーツ推薦で入っているし、玄武はお堅い。
 しかし、調子に乗った鎌瀬をしばいているのをたった一度好きな相手に見られただけで、乱暴者と蛇蝎のごとく嫌われている。

 騎良が玄武を睨んでいると、急停止した車から降りた潮が二人の間に割り込んできた。
 不謹慎にも、落ちれば良かったのにと自然に思ってしまう。

「……ったく、お前ら一回やり合ったんだろ? いつまでもウダウダ引き摺ってんじゃねぇよ」

 一方的にヤり倒されたなんて、口が裂けても言うまい。

「溜まるもんがあるのは分かる。でもあんま変なことしてんじゃねぇぞ。お前免許あんのか?」
「ありますけど」
「それ、機械科の車だろ? お前機械科か? せっかく機械科入ったのに学校の車で公道走ったら退学」
「祖父が揉み消すんで」

 玄武への、口答えに次ぐ口答え。
 鎌瀬が見たら震え上がりそうな光景だ。玄武は怒るととても怖い。

「はっ、お前機械科に裏口入学したんじゃねーだろうな? おじーちゃんの力とやらで」
「きいちゃん……この学校にわざわざ裏口入学なんかするわけないでしょ?」
「おいどういう意味だテメー」

 勝ち誇って嫌味を言う騎良を、呆れた様子で諭す潮。

 阿保田高校は、普通科こそ偏差値30代の正真正銘の馬鹿学校だが、機械科の倍率はかなり高い。
 機械科だけは、下手な進学校よりも高い学力を要求されるのだ。
 それを「この学校に」だなんて、普通科ですら補欠合格だった騎良への宣戦布告と捉えていいだろう。

「騎良も突っかかんな、大人げねぇ。そいつ一年だろ」
「……へーい」

 玄武は頑固な男だ。首を突っ込まれた以上、楯突いてもいいことはない。
 気分が萎えた騎良は、髪の毛先を指に巻いて弄る。

 玄武のお陰でなあなあになり、潮と一緒に帰る羽目になる。
 潮が爆走させた機械科の車は、鎌瀬をはじめとする玄武の子分が持ち上げて学校まで運んだ。
 道路にはタイヤ痕が残り、いかに乱暴な運転だったかを物語っていた。

◇◇◇

 久々の平和な週末。……かに見えたが、やはり運命は騎良を潮に引き合わせようとするのだ。

「騎良ァー! おりてこーい!」

 祖母に呼ばれて、騎良は仕方なく階段を降りて居間に顔を出す。

「あンだよ、ばーちゃん」
「今日ルカちゃん来ないのかって電話したらさァ」

 またその名前かとうんざりする。
 週末まであいつの相手をするなんて冗談じゃない。

「体調悪いみたいで、来れないってんでさー」

 騎良は心の中で小躍りした。
 居間でミラーボールが回っている幻覚すら見た。
 チラシを箱形に折る祖母はDJで、ソファーに寝そべってテレビを観る蒼はストリッパーである。

「あっそう! たまにゃそんなこともあるだろ、そっとしといてやろ……」
「あんたおかず持ってってやってよ」

 「ファ?」と間抜けな声。
 この老婆は、可愛い孫を野獣の巣窟に放り混もうというのか。全く恐ろしい。

「これ住所」

 紙を差し出される。何がなんでも行かせる気だ。

「寝てるんじゃね? 具合悪いんだろ」
「これ鍵」
「クソーッ!」

 順調に退路を絶たれている。カードキーが小憎たらしい。

 ついてこようとする蒼をなんとか宥め、一人で出発する。
 チンポを切られるのは自分の居ないところでにして欲しいというのが、騎良の正直な気持ちだった。

 玄武に、話し合えと言われた。
 人を縛って股を舐め回し、トイレを覗き、天井にぶつけても追いかけ回してきて家族に取り入り、教えた覚えのない電話番号に連絡してきて、SNSでまで監視し、平気でスッポンの生き血を啜る男と。死ねというのか。

「これは俺があそこの公園で食って、後日入れ物を返せば……」

 出来事で袋に手を伸ばすと、弁当にしては小さい箱に当たり、蓋らしきものが外れる。

「ちゃんと持っていけーっ!」
「ギャッ!?」

 祖母そっくりの人形が飛び出し、騎良に一喝。孫を脅かすのに全力を注ぐ祖母は、びっくり箱を自作したらしい。

「あのババア!」

 人形を箱に押し戻し、止まっていた足を再び動かす。
 地図アプリを頼りに進めば、目的地には高層マンションがそびえ立っている。
 騎良は決めた。今日からこの建物を、『クソクソボケカスマンション』と呼んでやる、と。
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