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「なんで~!!」
力いっぱい叫んだ。
だって腕が! 腕が!!
突然立ち込めた黒い霧。その中から出てきた腕に、私は今、引っ張られている。なんで?
いったいなんでこんなことになってるの!?
さっきまで家の近くの駅前にいたのだ。久しぶりに会った友達とアニソンカラオケ大会をしてめいっぱい騒いでおいしいものを食べて、ご機嫌で帰ってきたところだったのに。
駅を出て歩き出した途端、ふいに地面がぐらりと揺れた。
地震? と思った時には、私は真っ黒な空間の中にいた。真っ暗、じゃなくて、真っ黒。明かりがないから暗いというんじゃなくて、何か黒い霧のようなものが立ち込めている。
乗り物酔いみたいにふらふらする頭を押さえながら周りを見回した。黒い霧はどんどん濃くなり、ここが広いんだか狭いんだか、外なのか部屋の中なのかもわからない。
何これ? 私酔ってる? さっきのは地震? ううん、違うよね。これ何? ここどこ?
何か、とてつもなく、危ない状況なんだと思い至る。やっと頭が回り出した。だけど回り出したからこそテンパり始めた私は、今度こそ絶叫した。
「いやあああ!!」
ふいに霧の中から手が伸びてきて、私の左の二の腕を掴んだのだ。
『腕』は「こっちに来い」とばかりにぐいぐい引っ張ってくる。『腕』の根元は霧にまぎれていてよく見えない。黒い中からにょきっと生えた腕はかなりのホラーだ。
悲鳴を上げながら必死で引っ張りあいを続けていると、もう一本、霧の中からまた別の『腕』が出てきて、今度は右の二の腕を掴んできた。そして一本目と同じ方向へ引っ張ってくる。
命をかけた綱引き。負けるわけにはいかない。前のめりにならないように両足でつっぱってブーツのかかとをブレーキ代わりにする。
なんとかしなきゃ!
掴まれているのは両方の二の腕あたり。ひじから先はなんとか動かせるみたいだ。
少しでも均衡がくずれたらすっころびそうな綱引きを続けながら、なんとか右手のひじをまげて 左腕を掴む『腕』をはずすため掴み返そうとした。
もう少し。もう少しで『腕』に届く、と思った時、今度はさらに二本『腕』が現れ、私の右手首あたりをがっちり掴むとぐいっと引っ張ってきた。
あやういバランスで支えていた身体が、あっけなく倒れそうになる。
その時、私を掴んでいた『腕』達がふいに干からびていくのがちらっと見えた。
ふりほどけるかもと身体を捩ると、『腕』がはずれた。次の瞬間、私は霧の中に飛び込んでいた。
第一章 異世界へ
暗い。
緑の匂い。じめっとした青臭い匂いが、ここが深い森の中であることを知らせる。暗いから周りは見えないけど、きっとさほど遠くない所に木が生い茂っているのだろう。森の中にある開けた空間、といった感じかな。
ただ一本、目の前に大きな木が生えているのが見える。天に向かってまっすぐ伸びる幹はすごく立派だ。仄かに光を帯びたその姿は、実在のものとは思えないほど荘厳な気を湛えている。
って、ここどこだろう? なんで私はここに立っているんだろう?
「そなたは誰だ?」
びっくりした。
一人きりだと思っていたのに、横を見ると知らない男の人が立っていた。一六〇センチちょっとの私が見上げると、首が痛くなりそうなぐらい背が高い。長い黒髪に……紫の眼? こんな綺麗な瞳見たことない。やたらと整った顔は表情に乏しくて人形みたい。まるで精巧にできたビスクドール。超絶美形だけど感情がうかがえない。
と、私を見下ろすその無機質な瞳に、ふいに光が射したように表情が宿った。
「そうか。そなたが……」
彼の手が伸びて私の頬に触れる。
その瞬間、また視界が闇に閉ざされた。
気が付いたら原っぱにいた。体育座りで。
頭がボーッとしている。爆睡していて眠りの一番深い時に無理やり起こされた時みたい。何か夢を見ていたような気がするけど思い出せない。
明るい。そして暑い。
近くには街道があった。前方にはなだらかな稜線の小山が、後ろには森が見えている。
草原の中をつっきるように続く道は舗装されていない土の道。でも轍があるところを見ると車はあるんだろう。轍は細い。タイヤ跡のようには見えないから、もしかすると馬車なのかもしれない。見渡す限り広がる大自然の風景。ビルや電線のような文明を思わせるものはない。空は澄んでいて広い。ビルで区切られていない空を見るのなんて何年ぶりだろうか。飛行機雲なんてのもない。
あー、だめ。まだ頭の中がしびれている。夢の中みたいに現実感のないまま、のろのろと周りを見回してみた。私が座っているのは街道近くの草原で、クローバーのような短い草が生えている。
街道脇にもう少し背の高いアサガオのような形の葉をつけた草が生えていた。アサガオにしては背が低いなぁとか思いながらぼーっと眺めていると、頭に文字が浮かんだ。ゲーム画面のように目の前のスクリーンに浮かぶ文字。
― アガメナ草 ―
止血薬・傷薬
煎じて飲めばHP小回復
『調合』でポーション作成
モーセ草、青つゆ草とあわせて『調合』でエーテル作成
え? 何これ? 思わず触れようとしたけど、手には何も当たらない。どうやら文字は何もない空中に浮かんでいるようだった。何? なんなの?
ポーションって魔法薬? エーテルは魔力を回復するやつ? まさかゲームの世界にでも迷いこんじゃった? っていうか、異世界トリップ系? いやいやないから、そういうの。
就職先も無事決まり、卒業式を間近にひかえたオタク気質の女子大生。それが私、神崎美鈴だった。小説はジャンルを問わず好きで、ゲームも大好き。シューティング系は下手すぎてできないから、もっぱらRPGばかりやってる。
最近のお気に入りは異世界トリップものの小説で、よく読んでいた。
でもだからってこんな状況、簡単に信じられるわけないよね。ど、どど、どうすればいいの?
えっと。さっきアガメナ草の情報は見えたけど、他のものも見えるのかな? たとえば自分の状態とか。えっと。なんていうのかな。メニュー? ステイタス?
― 神崎 美鈴 ―
HP……586/586
MP……728/728
種族……ヒューマン
年齢……22
職種……□□□
属性……□□□
スキル……□□□
称号……『異世界の旅人』
状態……□□□
はい来た。『異世界の旅人』、来たよコレ。
ってことは私は異世界トリップしちゃったってことでFA? って……そんなの……
「だから、なんで~!!」
私の叫び声が草原に響き渡った。
茫然自失の数分後。
私はこの状況を受け入れ始めていた。だって現実逃避していつまでもここに座っていてもしょうがない。
とりあえず自分のステイタスをもう一度確認してみることにする。
HPは生命力? MPは魔力かな?
「状態」欄は毒にでもかかったら「毒」とか出てくんのかな。あと「職種」「属性」「スキル」は今のところ空欄。MPがあるってことは私、魔法使えちゃったりするかも。
うん、異世界キター。しかもHPよりMPが高いって私かなり魔力が高いんじゃない? 魔法なら任せて。ゲーマーなめんなよ。昔から呪文覚えるのは得意だったんだから。
うん。魔法が使えるかもしれない、と思うと少し気分が浮上してきた。
だってね。ごくごく普通の日本の女子大生にサバイバル能力を求めないでほしいのだよ。
子供の頃のじゃれあいのような喧嘩はともかく、大人になってからは暴力とは無縁に生きてきた。家族や友達と口論くらいはするけどね。もともと運動能力はない。断言できる自分が悲しいけど、ないったらない。保健体育はいつも実技で泣いてペーパー試験で点数を稼いでいた。
野犬に襲われただけでも死ねる自信あるね。異世界なら魔物とかいるかもしれない。
でも、だよ。魔法が使えれば生存率はぐぐっと上がる、と思いたい。
少し耳を澄ませてみる。風の音。木々の揺れる音。鳥のさえずり。
ここは障害物が何もなくて三六〇度全部見渡せる。もし何かが近付いてきたらすぐわかる。
今のところ周りは静かで安全なように見えるけど、いつ何が襲ってくるかわからないから注意は怠っちゃだめだ。いろいろと考えたいことはあるけど、とにかく今はできることからやっていこう。
よし、うん! ファイト私。頑張れ私。
えっと、今私がわかっているのは……異世界トリップらしいこと、自分の状態が見えること、アガメナ草みたいに利用できる物の名前や効能がわかること、私には魔力があること、こんな感じ?
まずはRPGや異世界ものの定番をいろいろ試してみよう。出てきますように。祈るような気持ちで「アイテムボックス」と言ってみた。すると私の前に何もない空間が! (え? 何にもないのになんで見えるのって? わかるんだよ。そこに「何か」ができたことが感覚でわかるの。察してよ、それくらい)よし! アイテムボックスは使える!
この世界に引きずりこまれた時持っていたはずの荷物はない。コートのポケットを探ってみるとスマホと携帯音楽プレーヤーが出てきた。スマホは圏外。日付は日本で最後に見た時の記憶から三十分ほど進んでいた。
たしかアイテムボックスの中は時間が止まっていて劣化もしないんだよね。
携帯音楽プレーヤーにはアニソンからクラシックまでお気に入りの曲がめいっぱい入っている。これから弱った時とか凹んだ時とか、きっとめちゃくちゃ聞きたくなるはず。スマホにはカメラ機能をつかって撮った写真も入っている。家族とか友達とか。どちらも私の大切なものだ。私はそれらをアイテムボックスにそうっとしまった。
家族のことを考えて落ち込みかけた気分をふるいたたせて、服をどうするか考えてみた。
日本は二月初めの寒い季節だったから、着ているものは完全冬装備だ。
とりあえず今のこの世界は暑い。体感でだいたい二五度くらいはあるんじゃないかな。
セーターやスカーフ、タイツなど脱げるものは全部脱いだ。フード付きロングコートは裏地のダウン部分が取り外せるようになっているから、そこだけ取り外してしまう。
長袖Tシャツ、ロングスカート、ブーツにロングコートを着込み、フードまでかぶるとこの気温では暑い。だけど顔や髪を晒すのは危険だからね。私の読んだ異世界トリップものの小説の中には、「黒眼黒髪は忌避されていて見つかると迫害される」なんて話があったりしたもの。
アイテムボックスを閉じる前に足元にあるアガメナ草を十枚ほど摘ませてもらい、アイテムボックスにしまっておく。よし、これで少しは身軽になった。
次は魔法だ。魔法。魔法が使えないことにはこの先なんにもならないから。
周囲の安全をもう一度確かめてから、右手を前にかざし、いろんなゲームで使われている火の基本魔法の呪文を唱えてみる。
「ファイアーボール」
……しーーーん。
くっ。これは恥ずかしい。二二歳にもなって一人でファイアーボールとか唱えている女。
ステイタスに変更はない。今のファイアーボールはノーカウントか。魔法が使えないのかファイアーボールという呪文がだめなのか。おそらくだけど、私の気合いが足らなかったんじゃないかな。だってぶっちゃけこっ恥ずかしかったもん。小声で何も考えず言っただけ。
呪文を唱えるだけじゃだめなんだろう。
すーっ。はぁぁ。深呼吸をして少し心を落ち着ける。
まず魔力を出すことを考えよう。精神統一してしっかりイメージするのが大切なのかも。ならジムで習ったヨガの呼吸法みたいな感じにすればいいのかな。
身体の気を巡らせるのと同じ要領で、魔力の流れをイメージしてみる。熱が身体から掌に集まってきてそれを外に放出する。その魔力を使って作りたいもの。炎。
頭の中で『ファイアーボール』のイメージを思い浮かべてみる。炎のイメージ。燃え上がる火。
頭の中の炎のイメージが消えないようにしてもう一度手をかざし、叫んだ。
『ファイアーボール』
熱い波が身体の中をめぐって右手に集まり、一挙に放たれた。
ブォワッ!
びっくりするほど大きな火が火炎放射みたいに飛び出した。あっという間に草が燃える。
やりすぎた! 魔力を出すのに必死で加減がわからなかった。足元に六畳間いっぱいくらいの楕円形の焼け焦げができた。わー、ごめんなさい。無駄に焦がしてしまいました。幸いそれ以上燃え広がることなく火は消えた。青くさい草原の香りに燻った臭いがまじる。
― 神崎 美鈴 ―
HP……586/586
MP……708/728
種族……ヒューマン
年齢……22
職種……魔術師
属性……【火】
スキル……□□□
称号……『異世界の旅人』
状態……□□□
いろいろ変わっている。まずMP。さっきの火炎放射は20消費したみたい。それから職種が魔術師になっている。魔法を使ったから? 属性は【火】。使える呪文の属性が表示されるんだろう。
うん。これで魔法が使えるようになった。今の火炎放射で20でしょう? もっと小さい炎ならMP消費量も下がるよね。残りMP708ならそうそうなくならない、と思いたい。
なんとか最寄りの町までたどりつきたい。安全な寝床を確保できるまでどれくらいかかるんだろう。MPがなくなれば私は防御力ゼロの紙装甲。MPはできるだけ温存しつつ効果的に使わなきゃ。
見上げると太陽の位置が真上にきていた。いつまでもここに座っているわけにはいかないよね。夜になるまでにどこか安全な場所へ移動しなきゃ。
いつ敵が現れてもいいように周りを警戒しつつ、どちらへ進むべきかを考えてみる。
選択肢は次の三つ。街道を右へ。街道を左へ。森の中へ。
街道をどちらかに進むのが一番だろうとは思うんだけどね。今私がいる場所は少し高い位置にあって、街道は左右どちらもゆるやかに下っている。つまり、かなり先まで見渡せるわけだ。んで、私の一・五の視力をもってしても、どちらの先にも街は見えない。
街があるにしてもそうとう遠くなんじゃないかな。何時間も、下手したら何日も歩くかも。
そして森の奥のほうにも街道から道が続いている。こっちも馬車が通れるくらいの広さで、轍が微かに見える。つまり森の奥にも人の行き来があるってこと。もしかしたら村くらいあるかもしれない。もし森の中に村があれば、街道を行くよりきっと近い。
迷いに迷った結果、私は森のほうへ行くことにした。
あまり魔法をムダ撃ちしたくない私は小ぶりの木の枝を武器に、森へ続く道を歩き始めた。MPは限りある資源だから。できることなら敵が現れても木の枝を振り回して追い払いたい。
森に入って初めて遭遇した敵は小さな切り株に手足がついたような生き物だった。ええと、この生き物達は『魔獣』とでも呼べばいいのかな。ありがたいことに敵のステイタスもちゃんと見えた。HPも15ほどしかない。動きもさほど速くないし、見た目も大して怖くなかったから落ち着いて『ファイアーボール』を唱えると今度はちゃんと小さな火の球ができて一発で倒せた。
これなら何とかなるかも、と思ったが、甘かった。ものすんごく、自分をわかってなかった。
そのあとはもう散々だった。まあ聞いてよ。
私は今まで二二年間、それなりに大きな街で平和的かつ文化的な生活をしてきたのだよ。都会のもやしっ子にサバイバルは無理。私が自信を持って殺せるのは蚊だけだった。Gなんて出てきたら真夜中だってお父さんかお兄ちゃんを起こして退治してもらう。
都会万歳。エアコンのきいた清潔な部屋カモンカモン!
つまり、何が言いたいかというと、だね。
まず、倫理観が邪魔をして直接攻撃ができない。
この森は弱い魔獣ばかりのようで、攻撃してくる魔獣はみな小型動物サイズなんだよ。それに醜悪な感じじゃなくて、兎に角が生えてるやつとか、山猫っぽいやつとかがメイン。
ねえあなた。猫とか兎とか殴れる? 普通の女の子で猫殴れる奴なんていないよね。
虫系も出てきたけどこっちはもっとだめ。こんどは生理的嫌悪が激しくてよけいに直接攻撃ができない。なんかわけのわからん汁がビチャッて出てくるんだぜ。飛んできたバッタモドキをよけようとして、とっさに武器にしていた木の枝を振り回したら、偶然ヒットしちゃったのだ。つぶれた瞬間の感触が手にダイレクトにきちゃってもう、うぎゃgy&%$#+*!!!!!
あまりの衝撃に武器(という名の木の枝)は捨てました。
っていうことで魔法です。仕留めるには炎か氷。
『ファイアーボール』
小さな魔獣なら簡単に燃え尽きる。ええ、死骸なんか見たくありませんとも!
氷の場合は『アイスクラッシュ』または『氷結粉砕』。
瞬間冷凍させて、粉みじんにするイメージ。これも死骸を見ずにすむから。
私を見て逃げるものは追わない。森の中には兎とかキツネみたいな野生の動物もいたけど、そっちは私が近付いたらすぐに逃げていってくれる。だけど、魔獣はどんなに弱い魔獣でも私を見つけると攻撃してくるのだ。
相手は魔獣。だからと言って殺したくはない。でも襲ってくるから戦うしかない。足の遅い私は逃げ切れないから。死にたくないなら殺すしかない。そして自分が殺した結果に向き合いたくなくて、死骸を残さず焼き尽くす。わかってんだけどね。単に逃げてるだけだって。
豆腐メンタルな神崎美鈴、人生初、生き物の命を直接奪う経験で、精神的にもうライフはゼロです。
迷子にならないように馬車道に沿ってずんずん進む。途中魔獣が出れば戦う。
何度か戦ってみて気付いたことがいくつか。
まず、イメージ次第で同じ呪文でも効果とMP消費量が違うこと。例えば『ファイアーボール』。
呪文を唱える時に火の玉をイメージするんだけど、「これくらいのサイズの火の玉を何発当てる」と明確に考えることで、威力やMP消費量が変わるのだ。「ゴルフボールサイズ三つ」とかね。
というよりは「こんな感じの攻撃魔法」をイメージしてその発現のための引き金として何か呪文を言う、という感じかな。呪文ありき、じゃなくて、まずイメージありき。呪文はイメージを崩さないなら、結局のところ何でもいいみたいだった。
魔法ってのは思い込みの激しさが勝つみたい。今までのオタク生活と、この厨二気質に心から感謝するね。RPGやアニメのお陰。呪文いろいろ知っていてよかった。
あと、これもゲームのお陰なんだけど、激しい炎を出しても周りの木に燃え広がったりしないのだ。ゲームではどんな激しい魔法を使ってもバトル終了後、その場所の建物とかが壊れたりしないでしょ。周りを焦がしたのは最初に失敗して火炎放射したあの時だけ。あれは攻撃目標がなかったから周りを焼いちゃったんだと思う。
なんてご都合主義。でも魔法ってそういうものって、私がすんごく思い込んでいるから、そのイメージが実現しちゃう。何度も言うけど、思い込みの激しさが勝つんだよ。魔法はファジーだ。ビバ、私のオタク心。
それから、もう一つ気付いたこと。イメージがはっきりしていると呪文は成功しやすくって、イメージがちゃんとできていないと失敗するってこと。
攻撃をくらった魔獣は怒りと死の恐怖で激しく反撃してくるから、二発目の呪文の時に私が焦ってしっかりイメージできなくなり、不発になることが多いのだ。
ステイタスを見て自分よりずっとHPの低い魔獣だとわかっていても、命をかけてこちらに向かってくる牙は本気で怖い。だからできるだけしっかり効果をイメージして一発で仕留める。先制攻撃、一撃必殺。へたれ都会っ子にはこれしか生きる道がないのだよ。
このためにめちゃくちゃ役に立ったのが魔法じゃなくてスキルだった。私が覚えたスキルは『索敵』と『隠密』。
スキルの『索敵』はわりとすぐに取得できた。カサッという物音にびっくりして立ち止まり、周りに耳を澄ませてみた時にピン! と音が鳴って、
―スキル『索敵』を取得しました―
と文字が浮かんだのだ。
『索敵』を使うと脳内にスクリーンが現れる。そして敵の出現でアラームが鳴り、そのスクリーン上に敵を表す目印がつく。そのマーカーの部分をじっと見るとステイタスを知ることができる。戦闘モードに入るとマーカーの色が黄色から赤に変わる。黄色が非戦闘態勢の敵。赤が戦闘態勢の敵ってわけ。最初は半径一m程の狭い範囲しかわからなかったけど、使っていくうちに少しずつ索敵範囲が広がって、夕方には一〇mくらいまでレベルアップした。
『隠密』の取得も簡単だった。ちょっと休憩したくて、大きな岩の上によじ登って休んでいる時、向こうから太い蛇がにょろにょろ近付いてきたのだ。うっわ気持ちわる、って思って息をひそめてやり過ごしたことで取得できた。『隠密』を使うと、気配だけじゃなくて体温や匂いなんかも隠すことができるみたいだ。さすがに物音は消せないけどね。
『索敵』と『隠密』を常にかけておくことで敵に見つかる頻度がぐんと下がった。こちらが先に見つけられれば、そのままやり過ごすことができるし、見つかっても襲ってくる前に攻撃できる。
ということで、豆腐のような精神力をガンガン削られつつも、さほど命の危険に陥ることもなく無事に森の奥へと進めたのでした。
馬車道は蛇行していたが枝分かれはなかった。道沿いに歩いてたどり着いたのは一軒の家だった。裏に馬車置き場があって馬車が一台。その奥は厩舎で、馬のいななきが聞こえてくる。
日は既に落ちかけてうす暗いけど家には明かりも点いていない。そっと扉を押してみると鍵はかかっておらず、ゆっくり開く。怖々中を覗いてみると質素ではあるけど清潔に片付いた部屋が見えた。
ロッジのような生活感のなさ。森へ来る人が泊まるための施設か何かかも。
「すみませーん。おじゃましまーす」
『索敵』しているから中に誰もいないことはわかってるんだけど、人様の家に勝手に入る申し訳なさからとりあえず声をかけつつ中に入る。明かりの点け方はわからないから『照明』で光の球を出して、天井近くに浮かべてみた。
入ってすぐが食堂兼リビング、奥にキッチン。そのまた奥にもドアが一つ。リビングの隣にもドアがあって、とりあえずそちらを開けてみた。そこは広めの部屋だった。間隔を少しずつ開けて四つのベッドが並んでいる。
ベッドを見たとたん、自分がどれほど疲れているかしみじみ実感しちゃって、私はそのままふらふらとベッドに倒れ込んだ。一番端の、壁にぺったりくっついたベッド。なんか端っこって安心しない? お世辞にも柔らかいとはいえない粗末なベッドだけど、シーツは清潔で乾燥している。
なんとか夜が更ける前に安全な場所にたどり着いた。村じゃなかったのは残念だけど、馬がいるってことは世話をする人がいるはず。今はいないけど馬の餌やりがあるからきっと明日には帰ってくるよね。勝手に上がり込んだうえ、お金も持っていないから無銭宿泊だけど、それは理由を説明して謝ればなんとかなるだろう。魔獣のいる森で野宿とかありえないよ。
― 神崎 美鈴 ―
HP……432/586
MP……251/728
種族……ヒューマン
年齢……22
職種……魔術師
属性……【光】【火】【水】【地】【風】【無】
スキル……索敵・隠密
称号……『異世界の旅人』
状態……□□□
応援ありがとうございます!
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