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第十六話 前田利家

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秀吉が亡くなり権力構造は大きく変わり始める。
徳川家康に対し露骨に靡く者が多数現れたのだ。
彼も秀吉が亡き後、蜂須賀や福島など豊臣恩顧の大名に自ら接近してきた。
一枚岩にヒビが入り始めた。

「まさか、あの内府殿が裏切るはずはない」

三成は急速に焦り始める。

秀吉から律儀者と絶賛され、秀吉から涙ながらに秀頼と豊臣家の行末を託されていた。

ーーなぜだ? 人としての忠義心や情はないのか?

しかし、三成は諦めない。

ーーいや、家康殿こそ真の武士のあるべき姿。武士としての忠義心、誇り、情けはあるはずだ。

三成は家康を武士として尊敬していて、憧れですらある。
それゆえに家康が豊臣家から離れていくことを理解できず、三成は何度も文を送り豊臣家の忠誠を確認した。

しかし、その度にはぐらかされてきた。

三成は現実を知り、背筋が凍りつく。

200万石を超える最強の大名が敵として立ちはだかっている。
彼が号令をかければ、全大名が言うことを聞くだろう。
三成も家康に靡けばいい。
だが、それはできない。
秀吉への気持ちは親子に近く、豊臣家は自分の家に近い感覚。
滅ぼすわけにはいかない。
しかし、武断派は三成を嫌い、家康に丸め込まれている。
この状況で一人だけ家康に対抗でき得る大名がいる。


前田利家だ。

彼は前田家の政務を長男である利長に任せ、自身は大坂城に住み込み秀頼の傍にいて、豊臣家を支えている。
彼がいるからこそ、豊臣恩顧の大名たちは団結できる。

家康の行動に注意を払っており、行き過ぎた行動を嗜めている。

だが、現実的な問題として家康と豊臣恩顧大名が協力し合わなければ、また新たな戦国時代となる可能性もある。
利家は何度もその二つの勢力の間に割って入り、戦を止めている。

病身に鞭打ち働き続ける利家は秀吉の古くからの親友であり、唯一の希望の光。

あと、数年ほど利家を仲介役として話し合い、豊臣家と徳川家の落とし所が見つかるかもしれない。

だが、その希望の光も消えようとしている。

ついに動くことができなくなった。

家康は利家の屋敷を訪れた。

利家は彼に様々な質問をする。
答え次第では最後の力を振り絞り斬る。
布団の下に刀を隠して準備をするが、家康は野望の核心を話さない。
彼は真剣に豊臣家と、そして、前田家のことを考えていることをアピールする。

ーー俺とは格が違い過ぎる……彼は信頼できる人間だ。

利家は人生最後の敗北を知り、最後は前田家の行末を彼に委ねることとなる。
しかし、家康は心の中で

ーー前田、宇喜多、上杉、毛利は邪魔な存在。機を見て消すのみ。

冷たい決心をしていたのであった。

家康には信念がある。
不安定な豊臣家を潰し、二度と乱世の世にはしてはならない。

そのためには邪魔な人間は消さねばならないという強い信念。

その強い信念が豊臣家を守るというように感じてしまったのだろう。
利家は安心して、この世を去っていく。

この後、家康は彼の信念に基づく闘いの準備を始めるのであった。


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