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第三十話 鳥居元忠

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大激戦が繰り広げられる伏見城。

「おもろい! おもろいで! なぁ重朝よ!」

鈴木重秀の屈託のない大きな声が聞こえてくる。

そして、最新式の大砲ガルバリン砲によって、伏見城が崩れていく音……。

「父上! 前に出過ぎています!」

重秀の足元に銃弾と同じくらいの穴が空く。

「ほう、徳川はんの兵士はヘッタクソやのぉ! ほれ、当ててみぃ!」

重秀は挑発するが上手く焦点をズラして当たらない。

「しゃあないな」

重秀はヨーロッパで当時最新式とされる石打ち式の銃を放つ。

すると、一人の足軽が崩れ落ちてきた。

「あそこや。撃ったれ」

雑賀衆が密集して石打ち式の銃を放つ。
そうすると、十人ほどの鉄砲隊が崩れ落ちてきた。

「馬鹿な! 火縄は密集して撃てないはず」

鳥居元忠は驚いた。
火縄銃は銃の外側に火を点けるために密集して撃てない。

ーー最新式の銃を使いおったか?

「!」

元忠は肩が吹き飛ぶような感覚に襲われる。

「撃たれたか……」

「元忠様! 奥へ待機しましょう!」

兵士の一人に言われるが、今、鉄砲隊が退き、援護できなければ城門付近で闘っている部隊は総崩れとなってしまう。

「ならぬ! 退かぬぞ! ワシに構うな! 銃撃を続けよう」

元忠は出血を止めるために布で応急処置をした。

そして、彼はあることを思い出して微笑む。

それは昔、相手兵士に斬られたときに家康が治療してくれたことだ。

「ワシにとってお主は大切な存在。無理をするな」

その時に布の巻き方を教わった。
元忠はそれを思い出して微笑み、また戦線に復帰する。

「あの時の御恩。忘れませぬぞ」

元忠は声を張り上げ、鉄砲隊を指揮し雑賀衆と激しい撃ち合いとなる。

「金吾の兵は来えへんのか?」

最新式の銃を装備して訓練もこなしている雑賀衆と言えど、元忠の決死の銃撃に不利になり始めている。
重秀は副将である小早川秀秋の軍を動かそうとするが、全くその気配はない。

「アホンダラ! この程度で動くわけなかろうて。なぁ正成、頼勝?」

秀秋の言葉に笑いながら頷く彼の配下の二人。
しかし、松野重元が使者に向かい歩き出して言う。

「我が部隊は後詰めに加勢いたします」

「勝手にせい」

秀秋は不機嫌そうに答えて彼の行動を許可した。

「私も行きましょう」

続いて、秀吉に恩がある毛利勝永も重元と共に加勢に向かう。

その間に甲賀衆と長束正家の交渉が成立し、戦線を離脱。
一気に鳥居元忠軍は窮地となる。

「殿の天下のため、少しでも持ち堪えねば!」

決死の覚悟で闘い、前線に立ち何人もの兵士を討ち取る。



しかし、

「毛利勝永、見参! さぁ、彼岸に行きたい者は前に出られよ!」

後詰に来た勝永と重元は解き放たれた野獣の如く、元忠軍を圧倒し城施設を破壊していく。

「ひゃあ。あの若いの毛利勝永殿やっけか? 怖ないんかいな?」

その命知らずの突撃に孫市は賞賛していた。


そして、鳥居元忠は圧倒的な戦線は変えることができず、ついに城内にまで追い込まれてしまう。

西軍は、ほぼ勝ちが決まった後も降伏勧告をするが、元忠は全く聞かない。
むしろ、西軍の使者を斬り伏せるなどの挑発を行い続けた。

城の中で元忠は家康との毎日を思い出していた。

家康とは幼馴染であり、二人とも凪のような平和な世界を望んでいた。
それが、目の前に来ている。

もうすぐ、夢に見ていた天下泰平。

元忠は


騒がしい声が聞こえてくる。

「お逃げください!」

ーー三河武士は逃げないのだよ。

元忠は目を瞑りながら、死ぬ時を待った。

再び目を開けたとき、孫市とその子の重朝がいた。

「鳥居元忠殿とお見受けします」

重秀は一礼し、このように元忠に尋ねる。

元忠は頷く。

「いかにも」

「素晴らしい闘いぶり。尊敬を込めて介錯いたします」

元忠は笑みを浮かべ、刀を持ちながら言う。

「せめて、一人でも多くの兵を道連れにいたします。首が欲しければ、私を倒してからにしてくだされ」

雑賀衆が元忠に向け銃を構えるが、重秀が静止させる。

「おもしろい。ならば……」

重秀が元忠と斬り合おうとするが、重朝が前に進み八丁念仏団子刺しという名刀を抜く。

「この刀が三河武士の鑑である貴方様の血が欲しいとのこと」

重秀はため息をして後方に下がる。

「しゃあないな。ええとこ取りおってからに」

元忠は決意の笑みを浮かべながら、最後に思う。

ーー家康様、素晴らしい夢を共に見れて幸せでした。私が夢への道を整備いたします。貴方様は引き続きそこを歩いてくだされ。


そのまま元忠と重朝は一騎討ちとなり、刀が弾かれる高音が響き渡る。
そして、激しい鍔迫り合いとなる。

「まだまだ力なら負けぬぞ!」

重朝も刀の腕は銃と同様に剣豪と評されてもおかしくない程である。


ーーさすが、三河武士よ!

年老いて、手負ではある元忠。
彼を動かしているのは武士の魂だ。
若く技術がある重朝と互角に渡り合っている。

しかし、

ーーズンッ。

元忠は右肩から一直線に刀が体内に侵入してきた感覚と音。

ーー斬られたのか。

体内から分泌されるアドレナリンにより痛みはまだない。
しかし、体内に入っている刀の冷たさはわかる。

次の瞬間、重朝は肉の中に自身の持つ刀がめり込んでいく感覚を得る。

ーー私の勝ちだな


元忠は呼吸の安定がし辛くなり、ふらつき始める。

一対一の攻防で興奮状態の元忠が痛みに気づく頃には、もはや、彼の魂はここにはいないだろう。

ーー歩けるうちに


彼はヨロつき歩きながら外に向かい、夕陽を眺める。

喉奥からやってきた大量の血が言葉を発しようとしても邪魔をする。
彼が最後何を思い、何を言おうとしたのかはわからない。

ただ、彼は沈みゆく太陽を見ながら頷き血と涙を流し、そのまま息を引き取った。

「美しいお方であった」

重朝は刀を拭く前に彼の亡骸に一礼し、元忠に讃える言葉を口にして礼をした。


重秀は言う。

「重朝、今日からお主が雑賀孫一や」






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