若返りおじいちゃんは異世界で魔王様を救済します

しうとらの

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1 初対面は冷静に

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 樒宗一しきみそういちの意識がふと戻る。眠っていた。夢を見ていた。誰かに話しかけられていたことを覚えている。じわりと身体が温かい。目を閉じているのに辺りが明るいと感じる。花のような甘い香りがする。肌に触れるものは、何だろうか? 温かい何かに包まれているという感覚がある。そして、口元の軟らかい感触が動いて、身体を支えているものとは違う何かがそこに接触していたのだと気づく。確認したくなり、瞳を開いた。

 眼前に飛び込んできたのは、鮮やかな青い瞳。昔、子供らがよく遊んでいたビー玉を思い出す。あれを太陽に翳すとぴかぴかすると教えてくれたのは幼い日の息子だった。
 思い出を投影しながら、宗一の掠れた声が零れる。

「……きれ、い」

 ビー玉のような青い瞳は切れ長で心持ち目尻を下げていて、その縁を金色の睫毛が囲っている。均整の取れた二重瞼。睫毛と同色の眉は凛々しく整えられ、それをふわりと隠す金色に光る髪。筋の通った鼻の先に桜色の薄い唇。白い肌は艶やかで若々しい。
 宗一は、見惚れた。こんなに間近で外国人を見たのは初めてだった。

「キミの方こそ、綺麗だよ」

 低く滑らかでこもりのない声が発せられ、宗一は青い瞳の人物が男性であると気づいた。
 宗一は彼があまりに近い距離にいるのだと理解した瞬間、反射的に彼を押し退け、離れた彼の腕を掴み今度は逆に引き寄せる。突然の動きに翻弄されている彼の足元を視界に捉え、宗一は彼の足を払って転ばせた。
 嗚咽が耳に入る。
 咄嗟に身体が動いてしまった。防衛本能と言うべきか。何か危機のような不安と不審を感じてしまったのだ。
 ふと宗一自身に疑問を抱く。何故、身体が動いたのかと。

 97歳にもなった自分に人を放ることなんてできやしない。若い時分には、まあ、それなりにあったもんだ。武術は楽しかったな、と脱線しそうな考察を始めたとこで、自身の手を見て驚いた。
 肉が付いている。骨に皮膚が巻かれているだけだった手に、腕に、分厚く隆起した筋肉がある。肌の色も違う。象牙のように滑らかだ。そこにシミや変色、皺はない。指、手首、肘、と稼働域を確認するように動かしてみる。若い男の腕だ。それが自身の肩へ繋がっている。そこから胸へと視線を走らせる。あばら骨など浮き出ていない。呼吸とともに収縮する大胸筋。引き締まった腹筋。
 そして、更に下を見た宗一は、急速に熱を帯びて発汗した。何も着ていなかった。

 羞恥心が宗一を支配した直後、周囲がどっと歓声に沸く。身体が跳ねる程に驚いた宗一は、辺りを見渡した。
 多くの人に囲まれていた。拳を突き上げ歓喜の雄叫びを上げる西洋鎧を着込んだ者。何か言葉を発しながら涙を流す長い布を全身に纏った者。ドレスや燕尾服のような正装の者など、見たこともない様々な装いの人々が宗一を見上げて騒いでいる。
 宗一は少し高い舞台のような所に立っていた。周囲は壁や柱が見えることから、室内だとわかる。石造りの太い柱は天井まで伸びてアーチを造る。天井は丸いドーム状になっていて、色鮮やかな天使や美しい女性の絵が描かれていた。

 ガチャリと金属の当たる音が近づいてくるのを聞いて、宗一は音の主を見た。
 白地に金の装飾の入った鎧に、深い青色のマントを背中に纏った男が一人、宗一の前へ進み出る。腰には剣らしき物が下げられている。宗一は警戒した。太刀や軍刀とも違う。少し長めの柄に横へ伸びる平たい鍔。刀身には日本刀のような反りがあるようには見えない。
 不明な点の多い武器を持った相手にどう対処するべきか。思考しながら、男をさらに観察する。
 男は高身長で鎧を纏っているからか、体格も良さそうだ。髪の色は白髪交じりという歳には見えない。銀色をした長い髪が絹糸のように揺れる。宗一を見据える瞳は赤色に光り、形状は丸みを帯びていて目尻は吊り上がっていた。すらりとした鼻筋。やや大きめの口。顎は角張っているが、大きいと感じるものではない。
 男前、そう表現するのが妥当だろうか。表情には自信と余裕の笑みを浮かべている。
 白い歯をちらりと覗かせ、笑顔で近づいてくる男は、宗一の攻守可能な範囲に入ったところで立ち止まった。

「素晴らしい! 我等が勇者様!」

 赤い目をした銀髪男は声高らかに叫ぶ。その言葉に呼応するように声を上げる人々。
 高揚した様子の男は、悠然と両腕を広げ、そのまま流れるように宗一の手を取らんと伸ばしてきた。
 警戒していた宗一は唐突な接触を攻撃と判断する。
 金属製の籠手に包まれた男の手首を掴み、手前下に引き寄せる。不意を突かれた男は態勢を崩し前のめりになった。宗一が容赦なく腕を捻じり上げると、男は腕の痛みから逃れようとして身体が一回転する。鎧が派手な音を立て、男は仰向けに倒れた。

 先程までの歓声が消えた。
 宗一は辺りが静まり返ったことで、ふと頭部から熱の引く感覚があり、自身も興奮状態にあったのだと気づかされる。深呼吸を一度する。武術の心得が多少あったが為に、状況もわからず外国人を二人も投げ飛ばしてしまった。
 大勢の人々があっけに取られて声も出せずにいることから、大層お偉いさんだったのだろうと察したが、正当防衛を主張して謝れば和解できるだろうと高を括る。
 それにしても、身体を思いのまま動かせたことに感心する。あんなにも重たくぎこちなかった97歳の身体が、今はとても軽い。背筋が伸びて視界も広い。
 宗一が自身の変化について気を取られていると、先に投げ飛ばした青い瞳の男が、放心する鎧の銀髪男を見て笑いを零した。

「ふふ、凄いな、オレの運命の人は」

 ゆっくりと立ち上がった青い瞳の男は、宗一をまっすぐに見据えた。青年といった年頃だろうか。銀髪男と同等に背が高く、宗一は少し見上げる容になる。
 黒い服に黒いマント。胸元を大きく開けた隙間から鍛えられ隆起した大胸筋が見える。肩幅もある。初めは気が付かなかったが、この青年もなかなかの体躯の持ち主だとわかる。
 顔に視線を戻すと、青年は微笑んだ。青い瞳が眩しそうに細まり、口角を左右に等しく吊り上げた。金色の髪は全体的に短いが、毛束は少し長い。彼が動く度に軽やかに揺れる。
 青年は自身の羽織っていたマントを取り外すと、それを宗一に差し出しながら言った。

「オレはギルバート・レイン。生前ではニューヨークの学生だったんだ。初めまして」

 ニューヨーク、学生、聴きなじみのある言葉に、宗一はこの青年が自称神の言っていたあの子だと気づいた。が、同時に驚く。子供と言うから、てっきりもっと幼いがきんちょだと思っていた。
 幾らかの勘違いをしていたようで、気恥ずかしくなり、心なしかぎこちない動きでマントを受け取ると、それを股間に宛がう。銭湯で脱衣所から風呂場へ移動するときの恰好だ。

「僕は樒宗一。酷いことをしたね。混乱していて、申し訳ない。ああ、えっと、そ、ソーリー」

 外国人は英語でなくては通じないと思い、全く英語なんて話したこともない宗一だったが、ハロー、サンキュー、ソーリー程度はわかる。
 発音はさっぱりだが、昔、ハワイ旅行へ行ったゴルフ仲間の近藤君(79歳)がその三つを言っておけば大体のことはオッケーだと言っていたことを思い出し、恐る恐るそう返してみる。するとギルバートと名乗る青年は、宗一に渡したマントを取り上げ、それを大きく広げてから宗一の肩に羽織らせてくれた。

「よろしく、えっと、シキミ、ソウイチ」とがっしりと握手を交わす。「言葉は通じてるから、無理に英語にしなくていいよ。それより、ここでは落ち着いて話もできないから、オレの城に移動しよう。どう?」

 宗一の顔を覗き込む笑顔がどこかあどけなく見える。宗一は促されるように頷いて承諾した。それを見たギルバートが「よし」と言うと同時に二人の足元が紫色に発光した。その光は何重にも円を描き植物のツタのように広がる。

「ちょっと失礼」

 そう言うと、ギルバートは宗一の身体を優しく抱き寄せて、耳元でぼそぼそと何かを呟いた。じじいの耳に念仏か、などと縁起でもない冗談を思いついたところで、耳元の念仏が途切れた。見ると、ギルバートは狼狽する人々と、宗一に投げ飛ばされ放心状態でこちらを見ている銀髪男に向かって言った。

「いきなり来て悪かった。この人はオレの客なんで、連れて行く。今回はこっちの借りでいいから」

 ちっとも悪びれた様子のないギルバートは、白い歯を剝き出しにして派手な笑顔を見せた。
 我に返ったのか、銀髪男が嫌悪の表情でギルバートを睨んで叫んだ。

「待て! 逃がさん!」

 そう聞こえた瞬間、身体に巻き付けたマントを引っ張られる感覚があったのだが、確認する間もなく視界が闇に包まれた。
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