あやかし狐の京都裏町案内人

狭間夕

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第二幕 あやかし兎の京都裏町、舞妓編 ~祇園に咲く真紅の紫陽花

37.四条決戦(2)

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 作戦会議はものの五分で終わり、再び呑気な飲み会が再開されました。そのうちに夜中の十二時になって、裏町新選組の局長さんがやってきました。

「此度の決闘は、裏町新選組の近藤が見届け人になる」

 近藤さんと言えば、あの近藤勇さん。イメージ通りに体躯たいくの優れた男性で、これは沖田さんからの情報ですが、裏町の近藤さんは『近藤武蔵』さんというのだそう。あくまで裏町新選組は決闘の立会人という位置付けらしく、不正がないように見張りつつ勝敗を判断をするのだとか。アマモリ側の堺町さかいまち御門ごもんには近藤さんが、バクケン側の八坂神社には土方さんが裁定者として立つらしいのです。

勾玉まがたまは、どなたが持ちますか」
「私です」

 近藤さんから勾玉まがたまを手渡されました。ちょうど掌に収まるくらいのサイズで、夜でもハッキリと分かるくらいに明瞭めいりょうな銀色をしています。遠方の山から十二時を知らせる鐘の音が響くと、勾玉まがたまが強く輝いて、垂直に一本の光の柱が空へと伸びて、それが龍の姿となって雲を貫きました。

「これより決闘を開始する! 双方の健闘を祈る!」

 ――わああああ!

 こんな夜更けなのに大通りにはギャラリーが湧いています。町中での開催ですから普通に屋台で夜食を楽しんでいる人もいるわけで、一般人と見分けがつくように参加者は腕章わんしょうを腕に巻いています。アマモリは赤で、バクケンは黄色です。



「では、みなさん。作戦通りに」

 真神さんの作戦指示に従って、アマモリのメンバーが四方八方へと散りました。先程まではあんなに飲んだくれていたのに、皆さん、とても凛々りりしい顔つきをしています。そうとなれば私も億劫おっくうになっている場合じゃない。私も予定通りに堺町さかいまち御門ごもんから丸太町通を真東へと走りました。

 このまま丸太町橋から鴨川を渡って、東大路通の手前から南下して敵陣の八坂神社を目指す作戦です。勾玉まがたま部隊は三人一組での行動で、アヤメさんと音兎ちゃんがサポートしてくれます。ちなみにハルは敵をかく乱する役目です。いわゆる特攻でして、呪い札で相手を脱落させたり敵の侵入路を防いだりします。

「キツネ娘、早々に奪われるなよ」

 丸太町橋の手前の河原町通との交差点に差し掛かったあたりで、唐変木とうへんぼくさんに注意を促されました。男尊女卑でアヤカシ強硬派の唐変木とうへんぼくさんとは、いつも会合で言い争いになります。だから、この決闘でアマモリ側に参加してくれたのは驚きでした。いえ、アマモリのメンバーなので当然なのですが、思想的にはバクケン側に寄っていますので。

「まさか協力してくださるとは、ありがとうございます」
「……勘違いしているようだが、わしはアヤカシ主権うんぬんよりも、そもそもが討幕派だ。明治維新では維新志士だった。佐幕派のバクケンとは相容れん。それだけのこと」
「そうだったんですね。だとしても、感謝します」
「……ふん。アヤメ、油断するなよ」
「そっちの御池大橋方面は激戦になるからね、オッサンこそ油断すんな」

 御池大橋は、今回の決闘のフィールドでは鴨川の中央の橋になります。北側から順番に鴨川に架かる橋は五つありまして、

 丸太町橋と、二条大橋。

 御池大橋。

 それから三条大橋に四条大橋です。必然的に中央の御池大橋は奪い合いになります。

「本能寺の変に比べれば、遊びのようなものだ」
「へえ、オッサンは本能寺にいたのか。ちなみに、どっち側だった?」
「明智側だ」
「……なるほどなぁ、どうりでオッサンとは気が合わないはずだ」

 こんなところで歴史の裏話が。まさか唐変木とうへんぼくさんが本能寺の変から生きていたとは。そうであれば小娘だと言われるのも納得の年齢差ですが、今日ばかりは味方なので頼もしい。

 それから私達三人は丸太町橋の手前で、しばらく待機しました。妙な静けさが漂っています。つい半日前までは決闘を口実にした祭りが開催されていて、あらかたの出店は片付けられとはいえ微かな喧騒を残しているのに、動脈よりも静脈にいるような感覚になってきて、本当に決闘が始まっているのか半信半疑になります。

「スタートは、こんなもんだよ」

 アヤメさんが言います。

「そのうちゴチャゴチャになるからね。楽しいよ、全力で走り回るのって」

 小学校の休み時間を思い出しました。かくれんぼ、缶けり、氷鬼。どれも単純な遊びですが、どうしてあんなに楽しかったのか。おそらく真剣に遊んでいたからでしょうか。いつからか男子とは遊ばなくなって、校舎を走り回ることもなくなって、机に座ってばかりいるようになりました。こうして大人になってから本気で鬼ごっこできるのは、幸せなことかもしれません。

「札を運んできました~」

 私達の来た方角から、パタパタと駆け寄ってきたのは座敷童です。パッツンヘアーの中性的な可愛い子供のアヤカシです。座敷童は呪い札を供給する係でして、この競技では呪い札を互いの体に貼り付け合いますが、神社で解呪かいじゅができますから、必然的に札の枚数がそこそこに必要になります。本拠地から定期的に呪い札が発行されるものの、わざわざ自分で取りに戻るのは大変なので、前線まで札を運ぶ役が必要となります。

「アタシらは一枚ずつ持ってりゃいいよ、逃げるのがメインだからね。陽動で東大路通まで行ってるハルに届けてやんな」
「は~い」

 座敷童がテコテコと橋を渡っていきます。後ろ姿が愛らしい。脱落すると鴨川で泳ぐハメになるので、なんとしてでも阻止しなければ。

「あっ!」

 唐突に、袖から光が漏れました。勾玉まがたまが輝いて、また、光の筋が空へと昇ってゆきます。これで味方にも、敵にも、勾玉まがたまの位置が分かる仕掛けです。私達が敢えて丸太町橋の手前に留まっていたのは、これから南へ向かうのか、東へ向かうのか、進路を悟られないためでした。

「ねえ、あっち! 四条大橋の方!」

 音兎ちゃんが遠くの空に昇っていく龍を指差しながら叫びました。どうやら相手も同じ考えのようで、四条大橋の手前から光が昇っています。

「どっちが早いかだね。じゃあ、行こう! 二人とも、頼りにしてるから!」
「おう!」
「はいな!」

 なんだかドキドキしてきちゃった。

 確かにちょっと、楽しいかも。
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