小説家と漫画家の淫らなレッスン

ミクラ レイコ

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売れない官能小説家

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 ある日の午後。オフィスには、三月下旬らしい柔らかな日差しが降り注いでいる。私、真鍋紗季まなべさきは、オフィスのパソコンの前で何度目か分からない溜息を吐いた。

 パソコンの周りには、カラフルな付箋がいくつも貼ってある。今日中にやってしまいたい仕事が山程あり、今日も残業は確定のようだ。



「あらー、真鍋さん、忙しそうねー。かわいそーう」



 そう言って声を掛けて来たのは、先輩の玉城唯香たましろゆいかさん。意地悪い笑顔を向けてくる彼女を見て、私は心がモヤモヤした。

 元はと言えば、あなたが仕事をサボったり、私に仕事を押し付けて来るからでは。

 ……でも、唯香さんは私より一歳年上で、会社の先輩でもある。私は何も言う事が出来ない。



「でも、真鍋さんもねえ……ちょっと、効率が悪いというか、要領が悪いというか……。ちゃんと考えて仕事をした方が良いと思うの。……ねえ、慎也しんやさん」



 唯香さんが、側を通りかかった男性に話を振る。唯香さんに話を振られた黒髪の男性――慎也さんは、フンと笑って言った。



「そうだな。紗季は前から要領が悪かったからな。そんな女と結婚でもしようもんなら家庭が滅茶苦茶だ。別れて良かったよ」



 そう。この島本しまもと慎也さんは、以前私と結婚を前提に交際していた。でも、一か月前に私は振られてしまったのだ。

 慎也さんは私と別れた後、唯香さんと交際を始めた。何の証拠もないけれど、私は唯香さんが、私の悔しがる顔を見る為だけに慎也さんを奪いにかかったと見ている。





 慎也さんが立ち去った後、唯香さんは私の耳元に口を近付けて言った。



「居心地が悪いわよねえ。でも、簡単にこの会社を辞める訳にもいかないわよねえ……。だってあなたは、まだ一冊しか本を出していないんだもの」



 私の眉がピクリと動いた。そう。私は、広告代理店に勤めながら、小説家として活動しているのだ。

 といっても、実績は一度Web小説のコンテストで受賞しただけなんだけれど。商業出版出来たのはその受賞作ひとつだけ。それ以降は、コンテストや公募に出しても出版には至らなかった。



 そして、私が書いているのは大人の女性向けの官能小説。この事はあまり知られたくないのだけれど、ふとしたきっかけで唯香さんにバレてしまった。それもあって、私は唯香さんにあまり強く出られない。



「作品をいくつもコンテストや公募に出してるのにねえ。やっぱり、恋愛経験が浅いと表現の幅が広がらないのかしら。まあ、あなたみたいな地味な見た目じゃあ、新しい恋人が出来るかどうか怪しいところだけど。慎也さんだって、気まぐれにあなたの相手をしてただけだろうし」



 確かに、私は黒髪ショートカットで眼鏡をかけた地味な見た目だけど、そこまで言う事は無いんじゃないかな……。

 でも、実際慎也さんは私から唯香さんに乗り換えたんだよね。唯香さんはフワフワのライトブラウンの髪を綺麗に纏めた美人だし、仕方ないのかな……。



 唯香さんは、私の落ち込む姿を見ると、満足したような顔でその場を後にした。



       ◆ ◆ ◆



 その日の夜。私が一人暮らしをしている都内のマンションに帰ると、玄関に灯りが点いているのが見えた。私が無言で鍵を差し込みドアを開けると、一人の女性が玄関にパタパタと走ってくる。



「お帰りー、お姉ちゃん!」



 そう言って抱き着いてきたのは、私の妹の雛乃ひなの。雛乃は私より一歳年下の二十四歳。ダークブラウンの髪をポニーテールにした美人だ。雛乃は調理専門学校卒業後、こことは違うアパートで独り暮らしをしている。でも、私の事が大好きな雛乃は、頻繁にこのマンションを訪ねて来るのだ。



 雛乃は、少し落ち込んでいる私の様子に気付くと、心配そうに言った。



「どうしたの? お姉ちゃん。また、唯香とかいうクソ女に何か言われたの?」

「うん、ちょっとね……」



 私が俯いて答えると、雛乃は鬼のような形相で言った。



「詳しく聞かせてもらおうか」





 リビングで私の話を聞いた雛乃は、飲んでいた缶ビールをテーブルにカン! と置いて憤慨した様子で叫んだ。



「お姉ちゃんの恋人になりたい男性なんて、いくらでもいるに決まってるだろおがああああ! お姉ちゃんは、優しくて賢くて真面目で、どこを取っても魅力的なんだから!……まあ、お姉ちゃんに恋人が出来たら出来たで、私は血の涙を流すだろうけれども!!」



 ……ああ、そうだった。雛乃はこういう子だった。



 私は、オレンジジュースを一口飲んで言った。



「……でも、表現の幅が広がらないっていうのは、当たってるのかもなって思ったの。やっぱり、ほとんど恋愛経験の無い私が官能小説を書くのは限界があるのかな……」



 私は、慎也さんが初めての恋人だったし、慎也さんともプラトニックな付き合いだった。官能シーンは、想像だけで書いている。



 私をジッと見た雛乃は、ポツリと言った。



「……じゃあ、合コンでも参加してみる?」

「へ?」



 私は、思わず変な声を出してしまった。雛乃は、またビールを飲みながら言った。



「私はお姉ちゃんに恋人が出来るなんて嫌だけど、新しい出会いでお姉ちゃんの気が晴れるなら、合コンのセッティングもやぶさかじゃないよ。それに、お姉ちゃんに恋人が出来たら、あのクソ女をギャフンと言わせる事が出来るかもしれないしね」



 私は、口元に指を当てて考えた。確かに、恋人が出来れば気が晴れるかもしれない。それに、官能小説を書く参考になるかも……。



「……じゃあ、お願いしようかな」

「オッケー! 詳細が決まったらまた連絡するね!」



 雛乃は、そう言って私にウインクした。
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