【完結】一度きりの離縁をください ― 契約夫婦、期限切れ前夜

東野あさひ

文字の大きさ
8 / 33

第8話「夏欄の設計――“負債を半分に割る地図”」

しおりを挟む
 朝の光が砦の石壁に反射して、少しだけ夏の気配を含んでいた。
 壁に掲げられた〈季節の棚〉の夏欄は、まだ空白が多い。昨日置いたのは〈寄進の継続方式〉ただ一つ。だが、王都からの返文は明確だった――十日以内に夏欄を提出せよ。

「空白を恐れすぎるな」
 レオンが隣で静かに言った。机の上には剣帯ではなく、紙と白墨だけがある。彼は今日も空の掌を差し出していた。
「今日やれるのは、夏欄に“負債”を割り振ることだ。全部は無理でも、半分に割れば進む」

 私は頷き、札束から三枚を抜いた。〈寄進の金額〉〈親戚筋の婚姻調整〉〈議場での発言枠〉。どれも重い札。けれど、今日だけ欄に落とせば持てる。



 食堂に人が集まった。ヘーデは鍛冶場から煤を落とさぬまま来て、サビーナは洗い場の桶を脇に置き、ローレンは粉袋を抱えて腰を下ろす。マルタは菓子皿を運びながら笑った。

「今日は“夏”を分け合う日ですよ」

 私は壁の板に線を引き、〈夏欄〉に三つの負債を並べた。
「まず、寄進の金額。――半分を砦の生活で証明します。導水樋と兵の休息、これを生活の寄進と呼ぶ。金貨ではなく、仕組みを寄進する」

 ローレンが手を叩いた。「麦もそうですな。袋を渡すより、粉を挽く仕組みを守るほうが、寄進になる」

「残りの半分は王都に送ります。帳簿と一緒に、生活の記録を添えて」
 私は札〈寄進の金額〉を“半分に割る”印の下へ置いた。



「次に、親戚筋の婚姻調整」
 この札を掲げたとき、空気が少し固くなった。家に関わる話は、誰もが重みを知っている。
「今日できるのは、“代理窓口”を決めること。王都に出る人をここからは選ばない。――ハーゼ、お願いします」

「承ります」執事は短く答えた。

「窓口は砦の生活に根を置き、書式を私が作る。半分をこちらで持ち、残り半分を家に返す」

 レオンが付け加える。「俺は婚姻に使われない。――今日はここで生きている」
 指輪が短く光った。マルタがわざとらしく咳払いをして、「ほら、証明」と笑った。



「最後に、議場での発言枠」
 私は板に大きな丸を描いた。
「王都の議場に立つのは家の役目。でも、発言の内容を支えるのは生活。――そこで、発言を“生活の写し”にします」

 ヘーデが腕を組んだ。「鍛冶場の火も、打つたびに火花が出る。発言も打ち直しが要る。写しがあれば、打ち損じても燃え尽きない」

「ありがとうございます」
 私は札を三つ並べ、板に太い線を引いた。**夏欄の三負債を“半分に割る地図”**が形になった。



 午後、王都へ送る写しを作るために机に向かった。白墨の粉で指先が白くなり、インクの匂いが鼻を刺す。レオンが肩越しに覗き込み、短く言った。

「頼む。俺の弱さも書いてくれ」

 私は頷き、余白に記した。

彼は家の議場を避けてきた。だが、今日、議場を“生活の写し”に変えると決めた。

 光が小さく揺れた。



 夜の一時間。食堂の隅で記録帳を開き、今日を声にする。
「今日の好き――あなたが“仕組みを寄進にする”と言ったこと」
「今日の好き――君が婚姻の札を割って、俺を生活に残したこと」

 二つの光が、静かに重なった。

 季節の棚の夏欄には、まだ空白が多い。けれど、負債は割れる。割れば半分は持てる。残りの半分は、誰かに渡せる。

 離縁まで、二十五日。
 私たちは今日も、空白に線を引いた。――現在形の地図として。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。  ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。 ※R7.12/8お気に入り登録800超えです!ありがとうございます(泣)一話書いてみましたので、ぜひ!

白い結婚がバラ色に染まるまで〜30才離れても愛してくれますか〜

雑食ハラミ
恋愛
両親を早くに亡くした貴族令嬢イヴォンヌは、義母娘から虐げられる毎日。そんなある日、義母の差し金で50歳の退役軍人の後妻として嫁ぐ話が浮上する。だが相手のギルバートは「これは白い結婚だから安心してほしい」とイヴォンヌに告げる。亡き父の部下だったギルバートは、忘れ形見の窮状を聞き、便宜上の婚姻関係を結び彼女を保護してくれるというのだ。イヴォンヌはためらいつつも、彼の提案を受け入れた。 死に別れした前妻を今でも愛するギルバート。彼の温かい心根を知り、初めての安らぎを得たイヴォンヌは次第に心を寄せていく。しかし30歳差という現実は、予想以上に大きな壁となって二人の前に立ちはだかった。果たしてイヴォンヌは、白い結婚を本物にできるのだろうか? 本編27話+外伝2話の計29話です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

エリート医務官は女騎士を徹底的に甘やかしたい

鳥花風星
恋愛
女騎士であるニーナには、ガイアという専属魔術医務官がいる。エリートであり甘いルックスで令嬢たちからモテモテのガイアだが、なぜか浮いた話はなく、結婚もしていない。ニーナも結婚に興味がなく、ガイアは一緒いにいて気楽な存在だった。 とある日、ニーナはガイアから女避けのために契約結婚を持ちかけられる。ちょっと口うるさいただの専属魔術医務官だと思っていたのに、契約結婚を受け入れた途端にガイアの態度は日に日に甘くなっていく。

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

処理中です...