【完結】一度きりの離縁をください ― 契約夫婦、期限切れ前夜

東野あさひ

文字の大きさ
10 / 33

第10話「婚姻調整の札――“代理窓口”が背負う重さ」

しおりを挟む
 翌朝、窓口に届いた封書を開くと、整った字で命令が記されていた。

『親戚筋の娘との婚姻調整を急げ。候補は三名。いずれかを選び、夏までに結びつけること』

 あまりに冷たい文面に、胸の奥がきゅっと縮む。昨日、婚姻調整の札を“半分に割る”と決めたばかりだというのに、家はそれをまるでなかったことのように押し付けてきた。

「婚姻……三人の候補……」
 紙を見つめていると、レオンが短く言った。
「俺は結ばない」
 その声は低いけれど、揺らぎがなかった。光が指輪をかすかに照らす。

 食堂に人々を集め、私は札を掲げた。
「家は婚姻候補を三人挙げています。でも、ここで決めることではありません。窓口を通して返すのが唯一の方法です」

 ハーゼが静かに前へ出る。「代理窓口の務め、改めてお引き受けします。調整の文式は私が整えましょう」
 マルタが肩をすくめて笑った。「婚姻の話なんて、台所の煙みたいなもの。外で風に散らせばいいわ」
 サビーナも「洗い場でも婚姻の噂話は絶えません。でも、札で仕分けできるなら怖くない」と言う。

 皆の言葉が心を支えてくれる。私は返書の大枠を読み上げた。
「候補者三名については、窓口を通じてのみ議する。砦から王都に出る者はいない。半分は窓口が持ち、半分は家に渡す――そう記します」

 午後、執務机で返書を書き始める。インクの匂いが鼻を刺し、白い紙の前で指が震えた。未然形を避けようとすればするほど、未来の影が濃くなる。
「私は今日、婚姻を結んでいません。私は今日、砦に暮らしています。候補の件は窓口で扱います」
 現在形だけで文を繋いでいく。

 レオンが隣に座り、低く言った。
「頼む。俺の弱さも添えてくれ」
 私は余白に一行を書き足す。

彼は婚姻の札を壁に留めず、窓口へ落とすと決めた。壁を守るために。

 その瞬間、光がふっと強くなった。

 夕刻、家の使者が砦に現れた。鋭い目で紙を受け取り、口を結んだ。
「……婚姻を避けるなど、無謀だ」
「避けてはいません」私は返した。「今日の話を今日の場に落とす。それが調整です」
 レオンが一歩前へ出る。
「俺は家のために生まれた。だが今はここで生きている。半分を窓口に渡す。それが今日の答えだ」

 使者は短い沈黙ののち、文を抱えて去った。残された空気は重かったが、砦の壁は揺らがなかった。

 夜の一時間。私は記録帳に今日の三行を記した。
〈婚姻候補三名の文、窓口に落とす〉
〈返書、現在形で作成〉
〈代理窓口、正式に稼働〉

「今日の好き」と私は書く。〈あなたが“俺は結ばない”と短く言ったこと〉
「今日の好き」とレオンは返す。〈君が札を窓口に落とし、壁を守ったこと〉

 二つの光が重なり、部屋の隅に淡い灯が生まれる。

 寝台に戻る前、記録帳の余白に一行を添えた。
〈恋は、壁を守るために札を落とすこと〉

 離縁まで、二十三日。婚姻の札は重い。だが窓口に落とせば、持てる。今日の半分を、確かに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。  ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。 ※R7.12/8お気に入り登録800超えです!ありがとうございます(泣)一話書いてみましたので、ぜひ!

エリート医務官は女騎士を徹底的に甘やかしたい

鳥花風星
恋愛
女騎士であるニーナには、ガイアという専属魔術医務官がいる。エリートであり甘いルックスで令嬢たちからモテモテのガイアだが、なぜか浮いた話はなく、結婚もしていない。ニーナも結婚に興味がなく、ガイアは一緒いにいて気楽な存在だった。 とある日、ニーナはガイアから女避けのために契約結婚を持ちかけられる。ちょっと口うるさいただの専属魔術医務官だと思っていたのに、契約結婚を受け入れた途端にガイアの態度は日に日に甘くなっていく。

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

処理中です...