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第20話「新入りと、試される刃」
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工房の朝は、いつも火の音で始まる。
炉の中では霊炭が赤く光り、金属を包む熱の層がゆっくりと広がっていた。オリンは偏温制御を使い、微細な温度調整を施しながら、今日も刃を鍛えていた。
「刃先、あと一息ってとこだな」
炉の前で槌を構えるオリンの背後から、小さな足音が近づいてくる。
「オリン! 見て、昨日直した道具!」
元気よく声をかけたのはグリトだ。手には、昨日まで壊れていたバイス(万力)が握られていた。
「ネジ山、少し削れてたから交換したんだ。回転、なめらかでしょ?」
「……完璧だ。油の加減もいい」
オリンが軽く頷くと、グリトの顔がパッと明るくなる。傍らではフェンが短剣のバランスを調整しており、ライラは新しい盾の強度テストを繰り返していた。
弟子たちは確かに成長していた。オリンの手を借りずとも、自分たちの力で“何か”を形にできるようになってきている。
そんな時だった。
「失礼します! 鍛冶師オリン・ハルド殿、いらっしゃいますか!」
門の外から、慌てたような声が響く。工房の前に現れたのは、王都ギルドから派遣された使者だった。
「……こんな辺境に使いが来るとはな。何の用だ?」
「王都鍛冶大会への参加登録、正式に承認されました。それと、もう一件……ギルド連合から“試用生”を一名、見習いとして預かっていただきたいとの依頼です」
「見習い……?」
「こちらです!」
使者が手を振ると、後ろから一人の少女が現れた。
銀髪を短く切り揃えた、年のころはフェンたちと同じくらいの少女。瞳はやけに鋭く、腰には小刀が差されている。
「……ソルナ・クラヴィス。元・中央ギルド鍛冶学園の首席です」
「……ほう?」
「研磨も溶接も試験満点、刻印の理論にも通じています。ただ――」
「ただ?」
「問題児でして……。数々の問題行動により学園を追放されました」
「おい」
「ご本人が直接、申し上げます」
少女――ソルナは一歩前に出て、ぴたりと頭を下げた。
「オリン・ハルド殿のもとで、鍛冶を学びたいと思って来ました。どうか、よろしくお願いします」
言葉は丁寧だが、目にこもる光は真っすぐすぎるほど真っすぐで、どこか“他人の言葉を聞かない”気配があった。
「なぜうちを?」
「“偏温制御”と“見極眼”の実例を学びたいからです。それと……」
そこで一拍、目を伏せる。
「“嘘をつかない火”の下で、もう一度、鍛冶に向き合いたいと思ったからです」
……火の前で嘘をつかない。
誰が言ったのか、それを知っているのか、どこかで聞いたのか。だが、その言葉に偽りはなさそうだった。
オリンは一拍だけ考え、ゆっくりと口を開く。
「うちは厳しいぞ。技術より、姿勢が問われる」
「覚悟してきました」
「……なら、火の前で嘘をつくな。お前も、例外じゃない」
ソルナは無言で頷いた。
◆ ◆ ◆
「なんか……気に入らない」
フェンがぽつりと呟いたのは、その日の午後。
グリトが工具の配置を直していた時、ソルナがいきなり割り込んで「非効率だ」と言い始めたのだ。しかも理由を説明せず、手際だけで勝手に変えてしまった。
「言ってることは間違ってない。でも、“やり方”が悪いよ」グリトが肩をすくめる。
「……あたしは嫌いじゃないけど。盾を見て、“芯のズレ”を指摘してくれたし」
ライラの評価はやや中立寄りだったが、どこか全員がピリついていた。
オリンは黙ってそれを見ていた。
確かにソルナの技術は高い。目も、手先も鋭い。しかし、他者との距離を取るその態度は、工房に馴染むには少し“硬すぎる”。
そして夕刻。
「試練のつもりか?」
「いえ、観察です」
ソルナは手に短剣を持ち、完成したばかりの刃物をじっと見つめていた。
「この鍛冶、誰の仕事ですか?」
「フェンの刃だ」
「なら、教えてあげた方がいい。“厚み”の位置がずれてます。中心に力が集まりません」
「そう思うなら、お前が説明しろ。“上から”じゃなく、“隣から”な」
オリンは言うと、そっと炉の火を見た。
火の揺らぎは今日も変わらない。
誰かが来て、誰かが去っても、火はただ燃え続ける。
◆ ◆ ◆
その夜。
工房の隅で、フェンとソルナが何かを話していた。
「……なんでそんな言い方するんだよ」
「別に、“言い方”に意味はない。事実を言っただけ」
「でもさ、“事実”だけじゃ、伝わらないこともあるんだぞ」
「……難しいな」
フェンが深いため息をつく。
「でも、俺の刃に気づいてくれたのは、ありがとう」
ソルナはその言葉に、ほんのわずか、口元を緩めたようだった。
それを遠目に見ながら、オリンは心の中で呟いた。
――火の前で嘘をつかない。
新入りにも、弟子たちにも、それが一番難しくて、一番大事なことだ。
だからこそ、今日も火を焚く。
すべてを映すように、炉の火を絶やさぬように。
「……明日は、本番だ」
呟くようにそう言って、オリンはそっと目を閉じた。
炉の中では霊炭が赤く光り、金属を包む熱の層がゆっくりと広がっていた。オリンは偏温制御を使い、微細な温度調整を施しながら、今日も刃を鍛えていた。
「刃先、あと一息ってとこだな」
炉の前で槌を構えるオリンの背後から、小さな足音が近づいてくる。
「オリン! 見て、昨日直した道具!」
元気よく声をかけたのはグリトだ。手には、昨日まで壊れていたバイス(万力)が握られていた。
「ネジ山、少し削れてたから交換したんだ。回転、なめらかでしょ?」
「……完璧だ。油の加減もいい」
オリンが軽く頷くと、グリトの顔がパッと明るくなる。傍らではフェンが短剣のバランスを調整しており、ライラは新しい盾の強度テストを繰り返していた。
弟子たちは確かに成長していた。オリンの手を借りずとも、自分たちの力で“何か”を形にできるようになってきている。
そんな時だった。
「失礼します! 鍛冶師オリン・ハルド殿、いらっしゃいますか!」
門の外から、慌てたような声が響く。工房の前に現れたのは、王都ギルドから派遣された使者だった。
「……こんな辺境に使いが来るとはな。何の用だ?」
「王都鍛冶大会への参加登録、正式に承認されました。それと、もう一件……ギルド連合から“試用生”を一名、見習いとして預かっていただきたいとの依頼です」
「見習い……?」
「こちらです!」
使者が手を振ると、後ろから一人の少女が現れた。
銀髪を短く切り揃えた、年のころはフェンたちと同じくらいの少女。瞳はやけに鋭く、腰には小刀が差されている。
「……ソルナ・クラヴィス。元・中央ギルド鍛冶学園の首席です」
「……ほう?」
「研磨も溶接も試験満点、刻印の理論にも通じています。ただ――」
「ただ?」
「問題児でして……。数々の問題行動により学園を追放されました」
「おい」
「ご本人が直接、申し上げます」
少女――ソルナは一歩前に出て、ぴたりと頭を下げた。
「オリン・ハルド殿のもとで、鍛冶を学びたいと思って来ました。どうか、よろしくお願いします」
言葉は丁寧だが、目にこもる光は真っすぐすぎるほど真っすぐで、どこか“他人の言葉を聞かない”気配があった。
「なぜうちを?」
「“偏温制御”と“見極眼”の実例を学びたいからです。それと……」
そこで一拍、目を伏せる。
「“嘘をつかない火”の下で、もう一度、鍛冶に向き合いたいと思ったからです」
……火の前で嘘をつかない。
誰が言ったのか、それを知っているのか、どこかで聞いたのか。だが、その言葉に偽りはなさそうだった。
オリンは一拍だけ考え、ゆっくりと口を開く。
「うちは厳しいぞ。技術より、姿勢が問われる」
「覚悟してきました」
「……なら、火の前で嘘をつくな。お前も、例外じゃない」
ソルナは無言で頷いた。
◆ ◆ ◆
「なんか……気に入らない」
フェンがぽつりと呟いたのは、その日の午後。
グリトが工具の配置を直していた時、ソルナがいきなり割り込んで「非効率だ」と言い始めたのだ。しかも理由を説明せず、手際だけで勝手に変えてしまった。
「言ってることは間違ってない。でも、“やり方”が悪いよ」グリトが肩をすくめる。
「……あたしは嫌いじゃないけど。盾を見て、“芯のズレ”を指摘してくれたし」
ライラの評価はやや中立寄りだったが、どこか全員がピリついていた。
オリンは黙ってそれを見ていた。
確かにソルナの技術は高い。目も、手先も鋭い。しかし、他者との距離を取るその態度は、工房に馴染むには少し“硬すぎる”。
そして夕刻。
「試練のつもりか?」
「いえ、観察です」
ソルナは手に短剣を持ち、完成したばかりの刃物をじっと見つめていた。
「この鍛冶、誰の仕事ですか?」
「フェンの刃だ」
「なら、教えてあげた方がいい。“厚み”の位置がずれてます。中心に力が集まりません」
「そう思うなら、お前が説明しろ。“上から”じゃなく、“隣から”な」
オリンは言うと、そっと炉の火を見た。
火の揺らぎは今日も変わらない。
誰かが来て、誰かが去っても、火はただ燃え続ける。
◆ ◆ ◆
その夜。
工房の隅で、フェンとソルナが何かを話していた。
「……なんでそんな言い方するんだよ」
「別に、“言い方”に意味はない。事実を言っただけ」
「でもさ、“事実”だけじゃ、伝わらないこともあるんだぞ」
「……難しいな」
フェンが深いため息をつく。
「でも、俺の刃に気づいてくれたのは、ありがとう」
ソルナはその言葉に、ほんのわずか、口元を緩めたようだった。
それを遠目に見ながら、オリンは心の中で呟いた。
――火の前で嘘をつかない。
新入りにも、弟子たちにも、それが一番難しくて、一番大事なことだ。
だからこそ、今日も火を焚く。
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「……明日は、本番だ」
呟くようにそう言って、オリンはそっと目を閉じた。
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