【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

文字の大きさ
37 / 107
4章

33話「敵襲」

しおりを挟む
 夜明けは、恐ろしく遅く感じられた。

 南門の爆発で、砦の防衛線は無残にも破られた。
 黒鉄の傭兵団はその隙を突いて、濁流のように砦の中へと流れ込んできた。

 私ノクティアは、魔導障壁の残滓で砦中心部をなんとか守っていたが、もはや砦全体を覆うには魔力が足りない。
 防衛線を縮め、兵舎や医療棟、食堂、民間人のいるエリアを辛うじて囲い込むしかなかった。

 敵の足音、剣戟、悲鳴、命の消える音が、夜風に乗って辺りに響き渡る。

 「ノクティア、こっちは持ちこたえているが、北側からも攻めてきてる!」

 カイラスの声が響く。
 彼は既に左腕から血を流し、鎧も幾度となく切り裂かれている。それでも、砦の指揮官として最前線に立ち続けていた。

 私は短くうなずくと、医療棟の入り口を守っていたレオナートに駆け寄る。

 「負傷者の搬送は?」

 「急ピッチだ。だが、もうスペースがない。重症者が次々と……」

 レオナートの声は、かつてないほど苦しげだった。
 私もまた、自分の手に返り血が付いているのを、今さらになって気づいた。

 「ノクティアさん……!」

 叫びながら駆けてくるエイミー。
 その顔は涙と煤でぐしゃぐしゃだった。

 「厨房に敵が――もう食材も何もかも……!」

 「下がって! エイミーは負傷者の手当てに集中して。厨房は私が引き受ける!」

 私はエイミーを庇いながら、厨房へと向かう。
 途中、敵兵とすれ違う。目が合った瞬間、彼らは無言で刃を振りかざしてきた。

 私は咄嗟に障壁を張り、反射的に小規模な攻撃魔法を放つ。
 敵兵の一人が呻き声を上げて吹き飛ばされたが、すぐに別の二人が襲いかかってくる。

 (強い……!)

 魔法の盾が一撃で軋む。私は必死に体をかわし、床に転がっていた鍋を蹴り上げ、隙を作って突破した。

 「退けッ!」

 怒号とともに、カイラスが現れる。
 斬りつけられた敵兵が倒れる音――その隙に私は厨房の中へと滑り込んだ。

 だが、そこには既に複数の黒鉄兵が入り込んでいた。
 エプロン姿の若い兵士たちが、泣きながら食器を盾に隠れている。

 「ノクティア様……!」

 私は瞬時に全員を自分の背後に下がらせ、敵に向き直る。

 「ここは通さない。これ以上、砦の命を奪わせない!」

 私は全力で防御結界を展開しつつ、連続詠唱で攻撃魔法を放つ。
 敵兵の一人が直撃して動きを止めたが、他の者はひるむこともない。
 黒鉄の傭兵団――彼らの心に恐怖やためらいは存在しないのか。
 私は一瞬だけ、自分の方が怯えているのではないかと感じてしまった。

 「くっ……!」

 手の震えを押さえ込み、もう一度詠唱する。
 力任せの火炎魔法が厨房の壁に当たり、食器棚ごと敵兵を押し返す。

 「ノクティア、下がれ!」

 今度はレオナートが飛び込んできて、剣を抜く。
 敵兵と鍔迫り合いになりながら、私に小声で囁いた。

 「ノクティアさん、もう……限界だ。これ以上、前線には出ないで!」

 「でも……!」

 「皆、ノクティアさんを守るために戦ってる。お願いだ、退いて!」

 私の魔力は既に枯渇寸前だった。
 それでも後退は、命令されても従いたくなかった。
 だが――彼の真剣な目を見て、私はついに厨房から下がることを決意する。

 「みんな、厨房はもう捨てて。次は食堂へ、急いで!」

 私たちは食堂へと避難した。
 背後では、黒鉄の兵士たちが執拗に追ってくる。

 私は小さな窓から砦の外を見た。

 (――敵の数、減っていない……)

 空が白み始めているのに、砦のあちこちで火の手が上がり、悲鳴が続いている。

 ふと、南門の瓦礫の影に、子どもを抱いた母親が倒れているのが見えた。

 「レオナートさん!手当てを!」

 私は駆け出し、母親に治癒魔法を施す。
 幼子は無事だったが、母親は重傷――もはや助からない。

 「……ありがとう、ノクティア様……あの子だけは……どうか……」

 その言葉とともに、母親の命は静かに途切れた。

 私は幼い子を抱きしめ、全身で震えた。
 いったい、何人の命が、この短い時間で奪われたのだろう。

 ――頭の中で、何かが切れる音がした。

 (やめて……やめて……)

 叫びそうになるのを必死で堪えた。
 私が泣いてしまったら、みんなも崩れてしまう。
 私は――守る立場でいなければならない。

 「……砦本部に戻るわ。まだ、終わらせない」

 私は幼子をエイミーに預け、医療棟へと引き返した。

 廊下を走るうちに、何度も何度も、兵士の死体をまたぐ。
 顔見知りの者もいれば、名も知らぬ若者もいた。

 (誰も――こんな死に方を望んでなんかいなかったはずなのに)

 「ノクティア!」

 医療棟の前で、カイラスが待っていた。
 傷だらけの顔に、泥と血がこびりついている。

 「前線は持ち直したが、敵の第二波が来る。北門も突破されかけている」

 私は頷いた。

 「私が結界を張り直します。砦の中心だけでも、絶対に守る」

 「お前が……倒れるなよ」

 カイラスの声には、不安と怒りと、そしてかすかな悲しみが入り混じっていた。

 私は深く呼吸し、中心広場に魔法陣を描く。

 「……お願い。もうこれ以上、誰も奪わないで……」

 私は限界を超えて魔力を搾り出す。
 膝が笑い、視界が揺れる。それでも止まれない。

 結界の光が強くなり、中心区画が一時的に守られる。

 その時、北門から新たな敵の怒号が轟いた。

 「ノクティア様、敵将が現れました!」

 偵察に出ていた兵士が息を切らして駆け込む。

 「全軍撤退し、砦の中心に集結! 絶対に離れるな!」

 カイラスが号令をかける。
 兵士たち、民間人、子ども――皆が泣きながら必死で走る。

 やがて、黒鉄の傭兵団のリーダーとおぼしき男が、砦の広場に姿を現した。
 分厚い黒鉄鎧、血に染まった大剣、冷たい灰色の瞳。

 「……辺境の魔導士よ。我らは“ノクティア”の命を要求する。差し出せば、残りは生かしてやる」

 広場が一瞬で静まり返った。

 私は敵将の目を真っ直ぐ見つめる。

 「私の命が目的なら、ここにいる。だけど、この砦の誰一人として、あなたたちには渡さない」

 「答えは一つか」

 敵将が大剣を掲げる。
 その背後から、一斉に黒鉄兵が押し寄せてきた。

 私は結界を再度強化し、全身から魔力を絞り出す。

 カイラスとレオナートが剣を構え、エイミーは負傷者を庇って叫んだ。

 「ノクティアさん、もう無理です――!」

 「まだ……終わらせない!」

 私は最後の力を振り絞り、広場の中心に立つ。

 (もしここで倒れたら、誰も守れない。
 守れなければ、私がここにいる意味もない)

 結界がきしみ、敵の刃が食い込み始める。

 私は叫んだ。

 「来るなら来い! 私は――この砦とみんなを、絶対に守る!」

 その瞬間、世界が赤く染まり、地響きとともに、かつてない大きな戦いが幕を開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元悪役令嬢、偽聖女に婚約破棄され追放されたけど、前世の農業知識で辺境から成り上がって新しい国の母になりました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢ロゼリアは、王太子から「悪役令嬢」の汚名を着せられ、大勢の貴族の前で婚約を破棄される。だが彼女は動じない。前世の記憶を持つ彼女は、法的に完璧な「離婚届」を叩きつけ、自ら自由を選ぶ! 追放された先は、人々が希望を失った「灰色の谷」。しかし、そこは彼女にとって、前世の農業知識を活かせる最高の「研究室」だった。 土を耕し、水路を拓き、新たな作物を育てる彼女の姿に、心を閉ざしていた村人たちも、ぶっきらぼうな謎の青年カイも、次第に心を動かされていく。 やがて「辺境の女神」と呼ばれるようになった彼女の奇跡は、一つの領地を、そして傾きかけた王国全体の運命をも揺るがすことに。 これは、一人の気高き令嬢が、逆境を乗り越え、最高の仲間たちと新しい国を築き、かけがえのない愛を見つけるまでの、壮大な逆転成り上がりストーリー!

追放された悪役令嬢が前世の記憶とカツ丼で辺境の救世主に!?~無骨な辺境伯様と胃袋掴んで幸せになります~

緋村ルナ
ファンタジー
公爵令嬢アリアンナは、婚約者の王太子から身に覚えのない罪で断罪され、辺境へ追放されてしまう。すべては可憐な聖女の策略だった。 絶望の淵で、アリアンナは思い出す。――仕事に疲れた心を癒してくれた、前世日本のソウルフード「カツ丼」の記憶を! 「もう誰も頼らない。私は、私の料理で生きていく!」 辺境の地で、彼女は唯一の武器である料理の知識を使い、異世界の食材でカツ丼の再現に挑む。試行錯誤の末に完成した「勝利の飯(ヴィクトリー・ボウル)」は、無骨な騎士や冒険者たちの心を鷲掴みにし、寂れた辺境の町に奇跡をもたらしていく。 やがて彼女の成功は、彼女を捨てた元婚約者たちの耳にも届くことに。 これは、全てを失った悪役令嬢が、一皿のカツ丼から始まる温かい奇跡で、本当の幸せと愛する人を見つける痛快逆転グルメ・ラブストーリー!

婚約破棄で追放された悪役令嬢、前世の便利屋スキルで辺境開拓はじめました~王太子が後悔してももう遅い。私は私のやり方で幸せになります~

黒崎隼人
ファンタジー
名門公爵令嬢クラリスは、王太子の身勝手な断罪により“悪役令嬢”の濡れ衣を着せられ、すべてを失い辺境へ追放された。 ――だが、彼女は絶望しなかった。 なぜなら彼女には、前世で「何でも屋」として培った万能スキルと不屈の心があったから! 「王妃にはなれなかったけど、便利屋にはなれるわ」 これは、一人の追放令嬢が、その手腕ひとつで人々の信頼を勝ち取り、仲間と出会い、やがて国さえも動かしていく、痛快で心温まる逆転お仕事ファンタジー。 さあ、便利屋クラリスの最初の依頼は、一体なんだろうか?

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」 婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。 罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。 それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。 しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。 「どんな場所でも、私は生きていける」 打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。 これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。 国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。

追放された悪役令嬢は、辺境の谷で魔法農業始めました~気づけば作物が育ちすぎ、国までできてしまったので、今更後悔されても知りません~

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リーゼリット・フォン・アウグストは、婚約者であるエドワード王子と、彼に媚びるヒロイン・リリアーナの策略により、無実の罪で断罪される。「君を辺境の地『緑の谷』へ追放する!」――全てを失い、絶望の淵に立たされたリーゼリット。しかし、荒れ果てたその土地は、彼女に眠る真の力を目覚めさせる場所だった。 幼い頃から得意だった土と水の魔法を農業に応用し、無口で優しい猟師カイルや、谷の仲間たちと共に、荒れ地を豊かな楽園へと変えていく。やがて、その成功は私欲にまみれた王国を揺るがすほどの大きなうねりとなり……。 これは、絶望から立ち上がり、農業で成り上がり、やがては一国を築き上げるに至る、一人の令嬢の壮大な逆転物語。爽快なざまぁと、心温まるスローライフ、そして運命の恋の行方は――?

追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。

緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。 前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。 これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!

大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!

向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。 土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。 とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。 こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。 土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど! 一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...