【完結】追放聖女は“幸福値”しか視えません

東野あさひ

文字の大きさ
11 / 52

第11話 記録に刻まれし心と幸福の灯

しおりを挟む
その日、私は少し手の込んだタルトを焼いた。

生地には小麦粉と全粒粉を半々に使い、甘さは控えめ。
スパイスとしてシナモンをほんの少しだけ利かせて、煮詰めた赤リンゴと白リンゴを交互に重ねた。

「“思い出のタルト”……きっと、こんな味だったはず」

オルステンの言葉を頼りに、私は一つひとつの材料を選び、焼き上がりの香りに心を寄せた。

あの人の記憶のなかにある、微かな幸福の形。
その片鱗に、少しでも触れられたらと願いながら。

焼き上がったタルトを籠に包み、私は村の外れ、小屋の扉をノックした。

「来たぞ」

低い声が返ってきた。
けれど、その声にはあの日のような棘はなかった。

「お待たせしました。今日は特別な日でしょう?」

「……妹の誕生日だ」

彼は素直に椅子に腰かけ、無言でタルトを受け取った。
皿に載せて差し出すと、フォークを手に取り、ひとくち口に運ぶ。

「……うまいな。記憶に近い。いや、それ以上かもしれない」

幸福値:10 → 12

私は、手帳にそっと記録をつけながら、彼の顔を見つめた。

「妹さんが、笑っていた光景が思い出せるのなら、それは“幸福の記録”です」

「そう……なのか?」

「ええ。あなたが誰かを想って焼いたタルト。それは、あなた自身の“光”でもあります」

彼はしばらく黙っていた。
やがて、椅子の背にもたれて空を見上げた。

「……もう随分、空なんてまともに見てなかった。こんなにも広かったんだな」

「空はいつでも広くて、どこまでも続いていますよ」

「俺の心にも、続きがあると思っていいのか?」

「もちろんです。ゼロだったからこそ、今のあなたの歩みが意味を持つんです」

幸福値:12 → 14

その瞬間、私の胸元で、水晶片が鋭く光を放った。
——明確な反応。私はすぐにそれを手に取り、意識を集中させた。

(……呼んでいる)

遺跡の扉。第一層の奥、さらに深く、封印された場所。

——第二層が、開こうとしている。

「オルステンさん。遺跡へ、一緒に行きませんか」

「……理由は?」

「あなたの幸福が、世界に刻まれたからです。
幸福値ゼロからここまで回復した記録が、この遺跡の意思を動かしている。私はそう確信しています」

彼は立ち上がり、わずかに息を吐いた。

「……案内してくれ」

私は頷いた。



遺跡の第一層を越えた先には、さらに深い階段が続いていた。

壁には浮き彫りのような模様とともに、前回と同じ構造の水晶球が一つ浮かんでいる。

私たちが足を踏み入れたとき、水晶が淡く光り、記録再生が始まった。



【映像2:第二の記録者・イゼルの記録】

──私は、“幸福の喪失”を記録する者だった。
幸福はただ上昇し続けるものではない。人は必ず、どこかで“失う”。

──私は、失われた幸福をどう記録するべきか悩んだ。
だが、あるとき気づいた。
ゼロになった瞬間こそが、もっとも“純粋な再出発点”であると。

──幸福値ゼロから再び歩き出した者は、誰よりも強い光を宿す。
その歩みは、ただの数字ではない。未来をつなぐ道標となる。

──この記録は、“ゼロから歩き出したあなた”に捧げる。



再生が終わると、遺跡の天井に刻まれた文字がひとつ、鮮やかに輝いた。

《幸福回復者:登録番号0158 オルステン・グレイヴ》
《記録完了:第二層解除条件達成》

私は思わず、口元を押さえた。

「オルステンさん……あなたは、この世界に必要とされている」

彼はしばらく何も言わなかった。
けれど、やがて、静かに呟いた。

「……救われるわけじゃない。赦されるわけでもない。
けれど、あの子の笑顔を思い出した今なら、少しだけ……前に進める気がする」

幸福値:14 → 16

第二層は開かれた。

けれど私は知っていた。
これはまだ、始まりにすぎない。

この先には、もっと多くの“幸福の意味”が待ち受けている。

そしてそれは、私自身の過去とも、きっと繋がっていくのだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強剣士が転生した世界は魔法しかない異世界でした! ~基礎魔法しか使えませんが魔法剣で成り上がります~

渡琉兎
ファンタジー
政権争いに巻き込まれた騎士団長で天才剣士のアルベルト・マリノワーナ。 彼はどこにも属していなかったが、敵に回ると厄介だという理由だけで毒を盛られて殺されてしまった。 剣の道を極める──志半ばで死んでしまったアルベルトを不憫に思った女神は、アルベルトの望む能力をそのままに転生する権利を与えた。 アルベルトが望んだ能力はもちろん、剣術の能力。 転生した先で剣の道を極めることを心に誓ったアルベルトだったが──転生先は魔法が発展した、魔法師だらけの異世界だった! 剣術が廃れた世界で、剣術で最強を目指すアルベルト──改め、アル・ノワールの成り上がり物語。 ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろうにて同時掲載しています。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。 その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。 魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。 首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。 訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。 そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。 座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。 全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。 ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...