【完結】追放聖女は“幸福値”しか視えません

東野あさひ

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第12話 幸福のしずくと“未来の聖女”

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遺跡の第二層が開かれてから、私はしばらくの間、ひとりでそこに通い続けた。

誰にも告げず、ひっそりと。

——それは、私自身の“記録”を確かめるため。

第二層の空間は、第一層とは違い、まるで図書館のような構造をしていた。
古代の石板や、浮遊する魔法文字がゆっくりと回転し、空間全体が“思考”しているように見える。

そしてその中心にあったのは、一冊の本。

……いいえ、それは“本のような何か”だった。

私はそれに触れた。すると、周囲の空気が一変する。



【映像3:記録対象・エルフィナ・エルトリア】

──対象は、聖女見習いとしての教育を受け、十六歳で正式な聖女に任命される。
だが、奇跡を失った日を境に、王国を追放される。

──幸福値可視化能力の覚醒は、“追放の日”に発生。
対象の心的負荷と断絶、自己喪失と再定義により、観測能力が発現。

──この能力は、第三層への鍵の一つであると推定される。



(私……“記録されてる”?)

混乱と驚きが交差するなかで、私はページをめくるように、次の映像を再生した。



【映像4:旧聖女・カレンの記録】

──幸福とは、他者によって与えられるものではない。
“自らの意思で見出すもの”である。

──だが、他者が“幸福を視る”ことができれば——その灯を手渡すことは可能となる。

──未来の聖女よ。あなたに、幸福のしずくを託します。
この遺跡の全てを解放できるのは、“他者の幸福に心を寄せ続けた者”ただ一人です。



私は膝から力が抜け、そっとその場に座り込んだ。

私が持っていた“能力”は、ただの代償ではなかった。

追放の末に授けられた“罰”などではなく、未来へ繋ぐための“贈り物”だったのだ。

「……どうして、今まで気づかなかったんだろう」

私は唇を噛みしめる。

これまで、私は何度も自分を責めていた。
“役立たず”と呼ばれた日々。
奇跡を失った聖女として、誰にも必要とされなかった過去。

けれど。

幸福値を視るこの力が、次の聖女を繋ぐ役目だとしたら——

私は今、この場所にいる意味を、やっと得られたのかもしれない。

「……戻ろう」

私は立ち上がる。

あの人に、この記録を伝えよう。
オルステンに、私の過去もすべて話そう。

そのとき。

第二層の奥から、かすかな風のような声が聞こえた。

「——まだ、残っているよ」

私は振り返る。

誰もいない。けれど、確かに聞こえた。

まるで誰かが、第三層の奥から私を呼んでいるようだった。

(次の扉……“第三層”)

遺跡の真実は、まだその先にある。



「なるほど。そういうことだったか」

翌朝、カフェのカウンターで話を聞いたオルステンは、静かに頷いた。

「お前が“聖女だった”ってのは、最初から分かってた」

「えっ……」

「喋り方や仕草、パンの並べ方ひとつにも、育ちの良さと気品が滲み出てる。
村の奴らは気づいてないみたいだったが、俺にはわかった」

「……どうして、言わなかったんですか?」

「言いたくなるのを待ってた。過去は、自分で引き出さないと意味がねぇ。
押しつけられた赦しは、誰も幸せにしない」

その言葉に、胸が詰まった。

——この人は、ずっと私のことを見ていた。

「……ありがとうございます」

私はそっと微笑む。

彼の幸福値が、またわずかに上がった。

幸福値:16 → 17



数日後。

私はカフェの常連たちと協力し、村の中央に“幸福の記録ノート”を設置した。

それは、日々の“嬉しかったこと”を自由に書き込める、ちいさな日記帳。

「今日、子どもが初めてありがとうって言ってくれた」
「雨の日に、知らない人が傘を貸してくれた」
「パン屋の新作、ほんとに美味しかった!」

そんな何気ない一言が、一人ひとりの“幸福”を育てていく。

そして私は、毎晩そのノートを開き、幸福値の変化をそっと記録した。

(……この村は、少しずつ変わっていく)

——でもそれは、誰かに変えられるのではない。
“自分のなかにある灯”に気づくことから始まる。

だから私は、今日もパンを焼く。

小さな幸福の香りが、誰かの心に届くことを祈って。

そして、次の“扉”を開くために——
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