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第16話 幸福暴走(オーバーフロー)
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幸福値が——視えすぎる。
村の広場。子どもたちが倒れ込んでいたその場で、私は幸福値を視ようとした。
だがその瞬間、私の視界が“光”で埋め尽くされた。
いや、それは光ではなかった。
数字だ。限界を超えて、あふれかえった無数の幸福値が、視界中に重なっていた。
「87、94、128、211……255、311、412……!?」
まるで……洪水だった。
私の頭に、まるで“直流で脳を焼かれるような”情報の奔流が押し寄せる。
(あ……これ、わたしの能力……制御できない……!)
私は膝から崩れ落ちた。
意識が遠のく。そのとき、誰かが私の身体を強く抱き寄せた。
「エルフィナ! 大丈夫か!」
声の主は、騎士団を追われた男・オルステンだった。
「幸福値、見えすぎるんだ……数値が、重なって、止まらない……!」
「無理に見るな……そんなもん、見る必要はない!」
「……見なきゃいけないの、私しか視えないから……!」
私の涙腺が決壊したのは、恐怖でも悲しみでもなく——罪悪感だった。
(幸福を測ることで、私は誰かを救えると信じていた……でも違った)
幸福は、数値になんて閉じ込められるべきじゃなかった。
そして、私はその数値に人々を縛ろうとしていた。
それが、間違いだったと気づいた。
だけど、もう遅い。
幸福は暴走し、空気に金色の霧が舞っている。
スマイルダスト。ジャレッドが撒いた“人工幸福”。
「……やはり、あなたの器は想像以上ですね」
視界の隅に、奴が立っていた。
ジャレッド・アルヴァ。
彼の瞳は、まるで学術的好奇心だけで私を観察しているようだった。
「“幸福値を測る者”としての限界点。今、まさにそこを超えようとしている。
それは、選ばれし者しか通れない境地ですよ」
「……黙れ……! これは……人の心だ……! 測るための道具じゃない!」
「違う、これは“神の記録”だ。
そしてあなたは、神のために選ばれた記録者《リコード》だ」
言葉の意味が、理解できなかった。
「さあ……目を開けて、見届けるがいい。
あなたが最後に視た幸福の極限、その扉の向こうにあるものを——」
その瞬間、空が割れた。
いや、空ではない。
遺跡が、第三層へとつながる“階層の門”を、強制的に開いたのだ。
大地が震え、空に浮かぶ水晶片が巨大な“リング状構造”を形作る。
「これは……遺跡が……!」
「第三階層、起動開始。
《神機リュカオン》、起動シーケンスに入ります」
空から響いたのは、機械のような、けれどどこか母のように優しい声だった。
「《神機》……?」
私は、その言葉に覚えがあった。
幸福を測る技術——それは、もともと古代神族が作り出した“精神記録装置”だと、
かつての文献に書かれていた。
幸福値は、“神が望んだ未来”を測るための指標。
その装置が、今——目の前に姿を現したのだ。
神機リュカオン。
それは、空に浮かぶ白金の輪から無数の光を放ち、
“この世界にとって最も幸福な未来”を、演算し始めていた。
「……あれが、神の意志……?」
「いいえ」
私は振り返った。
ジャレッドの顔が、笑っていなかった。
「違う。あれは“人間の幸福を決める装置”ではない。
あれは“人類の幸福を代行する存在”だ。
だから私は、あれを手に入れなければならない」
「……まさか……!」
「そう。私は、神機を用いてこの村の幸福を“最適化”する。
自由意志? 本音? そんなものに人類は惑わされてきた。
だが、私が幸福を管理すれば——」
オルステンが剣を抜いた。
「くだらねぇ神だな。人の幸せは、人が決めるもんだ。
誰かに“最適化”されて嬉しいヤツなんて、どこにもいねぇ」
「騎士風情が……何を知る」
「知ってるさ。幸せを見失った女を、ずっと見てきたからな」
オルステンの目が、私を見ていた。
私は、震える足で立ち上がった。
「幸福は……与えられるものじゃない。
自分の手で、見つけるものだ」
空の神機が、光を強くした。
そして、幸福値の全表示が——停止した。
私は、幸福を“見る”ことをやめた。
代わりに、“感じる”ことにした。
(この村で、笑っている人たちの声。
誰かを好きになって、誰かに優しくして……)
それが、私の知る“本物の幸福”。
「だったら、私がやることはひとつ——」
空を睨みつける。
「その神機を、止める!」
村の広場。子どもたちが倒れ込んでいたその場で、私は幸福値を視ようとした。
だがその瞬間、私の視界が“光”で埋め尽くされた。
いや、それは光ではなかった。
数字だ。限界を超えて、あふれかえった無数の幸福値が、視界中に重なっていた。
「87、94、128、211……255、311、412……!?」
まるで……洪水だった。
私の頭に、まるで“直流で脳を焼かれるような”情報の奔流が押し寄せる。
(あ……これ、わたしの能力……制御できない……!)
私は膝から崩れ落ちた。
意識が遠のく。そのとき、誰かが私の身体を強く抱き寄せた。
「エルフィナ! 大丈夫か!」
声の主は、騎士団を追われた男・オルステンだった。
「幸福値、見えすぎるんだ……数値が、重なって、止まらない……!」
「無理に見るな……そんなもん、見る必要はない!」
「……見なきゃいけないの、私しか視えないから……!」
私の涙腺が決壊したのは、恐怖でも悲しみでもなく——罪悪感だった。
(幸福を測ることで、私は誰かを救えると信じていた……でも違った)
幸福は、数値になんて閉じ込められるべきじゃなかった。
そして、私はその数値に人々を縛ろうとしていた。
それが、間違いだったと気づいた。
だけど、もう遅い。
幸福は暴走し、空気に金色の霧が舞っている。
スマイルダスト。ジャレッドが撒いた“人工幸福”。
「……やはり、あなたの器は想像以上ですね」
視界の隅に、奴が立っていた。
ジャレッド・アルヴァ。
彼の瞳は、まるで学術的好奇心だけで私を観察しているようだった。
「“幸福値を測る者”としての限界点。今、まさにそこを超えようとしている。
それは、選ばれし者しか通れない境地ですよ」
「……黙れ……! これは……人の心だ……! 測るための道具じゃない!」
「違う、これは“神の記録”だ。
そしてあなたは、神のために選ばれた記録者《リコード》だ」
言葉の意味が、理解できなかった。
「さあ……目を開けて、見届けるがいい。
あなたが最後に視た幸福の極限、その扉の向こうにあるものを——」
その瞬間、空が割れた。
いや、空ではない。
遺跡が、第三層へとつながる“階層の門”を、強制的に開いたのだ。
大地が震え、空に浮かぶ水晶片が巨大な“リング状構造”を形作る。
「これは……遺跡が……!」
「第三階層、起動開始。
《神機リュカオン》、起動シーケンスに入ります」
空から響いたのは、機械のような、けれどどこか母のように優しい声だった。
「《神機》……?」
私は、その言葉に覚えがあった。
幸福を測る技術——それは、もともと古代神族が作り出した“精神記録装置”だと、
かつての文献に書かれていた。
幸福値は、“神が望んだ未来”を測るための指標。
その装置が、今——目の前に姿を現したのだ。
神機リュカオン。
それは、空に浮かぶ白金の輪から無数の光を放ち、
“この世界にとって最も幸福な未来”を、演算し始めていた。
「……あれが、神の意志……?」
「いいえ」
私は振り返った。
ジャレッドの顔が、笑っていなかった。
「違う。あれは“人間の幸福を決める装置”ではない。
あれは“人類の幸福を代行する存在”だ。
だから私は、あれを手に入れなければならない」
「……まさか……!」
「そう。私は、神機を用いてこの村の幸福を“最適化”する。
自由意志? 本音? そんなものに人類は惑わされてきた。
だが、私が幸福を管理すれば——」
オルステンが剣を抜いた。
「くだらねぇ神だな。人の幸せは、人が決めるもんだ。
誰かに“最適化”されて嬉しいヤツなんて、どこにもいねぇ」
「騎士風情が……何を知る」
「知ってるさ。幸せを見失った女を、ずっと見てきたからな」
オルステンの目が、私を見ていた。
私は、震える足で立ち上がった。
「幸福は……与えられるものじゃない。
自分の手で、見つけるものだ」
空の神機が、光を強くした。
そして、幸福値の全表示が——停止した。
私は、幸福を“見る”ことをやめた。
代わりに、“感じる”ことにした。
(この村で、笑っている人たちの声。
誰かを好きになって、誰かに優しくして……)
それが、私の知る“本物の幸福”。
「だったら、私がやることはひとつ——」
空を睨みつける。
「その神機を、止める!」
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