【完結】地味な村人が伝説ドラゴンをカード化したら、最強無双の人生が始まりました

東野あさひ

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97話「村が世界の中心になる日」

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 朝靄(あさもや)が薄くほどけていくにつれ、村の空気にふくらんだ期待が混じっていった。
 いつもは穏やかに羊が草を食むだけの坂道にも、今日は色とりどりの旗が連なっている。畑の脇には翻訳紋(ほんやくもん)の灯(ひ)をともした小さな柱――どの国から来た人間でも言葉が通じる「共話(きょうわ)クリスタル」だ。鍛冶屋ハーリンが造った臨時の演台は鉄と木を組み合わせ、村の広場の真ん中で小さく誇らしげに輝いている。

 屋台のマリナ婆さんは、鉄板の温度を確かめながらひっきりなしに笑っていた。
 「いいかい、今日は“世界一食べやすい焼きそばパン”を目指すよ。各国の偉い人だって腹ペコには勝てないんだ!」
 隣の台では、リリィが「しあわせパンケーキ」にハチミツをとろり。幻獣用クッキーはフワリネコが品質検査中――つまり、我慢できずにぺろりと味見中だ。

 村は今、世界初の「カードサミット」の開催地だ。
 管理庁の崩壊を受けて、どこで初会合を開くべきか議論になったとき、リオは迷わず言った。「始まりの場所がいい。英雄の塔じゃなく、畑と薪(まき)の匂いがする場所で」。そして、最初に賛成したのはミナだった。「いちばん“普通の幸せ”が見える所で決めよう。そうすれば迷子にならないから」

 鐘が三度、澄んだ音を重ねる。
 最初の来訪は砂海の国からの隊商だった。駱駝(らくだ)に似た幻獣に揺られ、金砂色の布をまとった精製師たちが降り立つ。続いて北の氷海から、氷翼(ひよく)を刻んだ紋章旗を掲げる代表。海の向こうの島々からは、波打ち際の魔法を得意とする青衣の使い手。新世界アルカナシティからは、天才少女レイナと研究員団――そして、王都からは市民ヒーロー・ルークと、希望連盟の仲間たち。
 かつて刃を交えた元敵ガロウも、少し不器用な礼をして広場に足を踏み入れた。

 「ようこそ、僕らの村へ」
 リオは演台に立ち、胸の内を素直に言葉にした。「ここには大きな城も、立派な石畳もない。あるのは土の匂いと、朝起きてパンを焼く暮らしだ。だからこそ――今日の約束は、ここで交わしたい」

 拍手が波のように広がる。ミナは隣で小さく頷いた。
 「英雄の言葉、じゃないよね」
 「村の住人の言葉だよ」
 ふたりは小さく笑い合う。

 午前の部は「生活とカード」。
 鍛冶屋、屋台、農家、仕立屋、教師、そして幻獣の世話を生業(なりわい)にする人たちが、各国代表と丸い机を囲んだ。ハーリンは新作の“誰でも調整できる装備留め具”を披露し、砂海の職人は砂粒カードを使った保存容器の魔法を説明する。ミナは「子どもでも使える“やさしさのおまじない”」を実演して、会場のあちこちにふわりとあたたかい風を咲かせた。

 教室テントでは、連盟の教育プログラムが公開される。
 「材料がなくても作れるカード」「いじめを止めるカード」「うまく描けなくても心が届くカード」――黒板の端には、カナメの描いたクッキーカードが貼られている。彼は緊張しながらも、各国の子どもたちの前で言った。「ぼくは、おばあちゃんのクッキーを描きました。強くはないけど、これを持っていると勇気が出ます」
 翻訳紋を通して、各国の子どもたちがいっせいに拍手した。

 昼、広場は世界の屋台村になった。
 火竜焼きそばの香りに、砂海のスパイスが踊り、氷海のミルクシチューが涼やかな湯気を上げる。海の民は磯の香りのスープをよそい、レイナは「これは数式で最適化した甘味バランス」と真顔で謎のゼリーを差し出す。ユウトは「希望の剣」でキャベツを空中スライスし、リリィは“家族笑顔カード”で長蛇の列の苛立ちをふわりと解かしていく。
 誰もが食べ、笑い、話し、その合間に名刺代わりの手作りカードを交換する。紙片ひとつに宿る小さな物語が、まるで渡り鳥のように言葉の境界をひらりと越えていく。

 午後は分科会。
 「幻獣福祉」「AI精製の倫理」「カード市場の透明性」「市民ヒーローのガイドライン」――とりわけ白熱したのは、若手セッションだった。
 「俺たちの時代は、派手さじゃない。“続けられる強さ”だ」リクが言えば、ナナがうなずく。「無茶しない勇気、支え合う勇気。師匠に教わったことを、私たちの言葉で伝えたい」
 壇の端にいたガロウが、腕を組んだままぼそりと漏らす。「……わかるさ。壊すより、直し続ける方が難しい」
 それは、元敵であり、今は縫い直す側に回った男の不器用な賛辞だった。

 ユリエルは研究員たちと白板に式を走らせ、ティアナは“安全なバトル用結界”の新規格を提示。カイは市民ヒーロー・ルークとともに「介入の三原則」をまとめる。
 “見せたい勇気”“見せない勇気”“預ける勇気”――必要なのはいつも、数式になりきれない判断だ。ミナは会場の片隅でそれを見守り、胸の内で小さく呟いた。(私たちは、英雄じゃなくてもいい。英雄“だけ”じゃなくていい)

 夕刻、中央ステージにすべての旗が集められた。
 リオは最後の議題を掲げる。「世界希望精製協定――村憲章」。
 それは見事なほど簡潔だった。
 ──カードは、人を支配しない。
 ──カードは、人を孤独にしない。
 ──カードは、人の生業を敬い、未来へ渡す。
 そして、
 ──異なる価値観は、食卓と遊び場で交わす。争いの前に、共に料理し、共に遊ぶ。
 会場にざわりと笑いが起こり、やがて拍手に変わった。笑いながら交わした約束は、時に涙ながらの誓いより長持ちするものだ。

 署名は“カード署名”で行われた。
 各代表が自作カードを一枚、演台の上の「希望台帳」に差し込む。ハーリンの作った留め具が、紙片たちを優しく固定するたび、台帳の背がほんの少し厚みを増す。農家の種カード、仕立屋の糸カード、屋台のレシピカード、子どもの落書きカード――世界の断片が一冊に綴じられていく光景に、ミナは思わず目頭を押さえた。

 そのとき、広場の外れで小さな騒ぎが起きた。
 旧管理庁派の一団が、壇上の翻訳紋に手を伸ばしている。混乱を作り、協定の発効を遅らせたいのだろう。
 真っ先に駆けたのは若手だった。
 「ナナ、右!」「リク、下から!」
 彼らは“封緘(ふうかん)カード”と“道標カード”を組み合わせ、手荒な衝突なしに侵入者の動線をふわりと変える。すれ違いざま、リクは短く言った。「サミットは“誰でも来ていい場所”だ。でも妨害は違う。話をしたいなら、椅子は用意してある」
 旧庁の男は沈黙し、やがて肩を落として引き下がった。
 (バトンは、確かに渡り始めている)
 リオは胸の奥で静かに頷いた。

 日が落ちる。
 最後のプログラムは“灯(あか)し合わせ”。
 会場の全員が自分のカードを胸に当て、ほんのひとかけらの想いを灯りに変えて空へと打ち上げる。
 ユウトの希望の剣は、刃先だけを灯台に。リリィの家族カードは、温かい輪を広げる。ルークの市民カードは、角灯(つのび)みたいに穏やかで、ガロウのカードは驚くほど小ぶりな光――けれど誰より長く燃え続けた。
 翻訳紋が一斉に共振し、村の上空に一本の白い柱が立つ。世界希望の塔。それは攻撃でも防御でもない、ただ「ここにいるよ」と伝えるための記念碑だった。

 リオは胸ポケットから、最初にグラン=ヴァルドと結んだ絆のカードを取り出した。
 『……見事だ、リオ。進化とは、守るものを増やすこと。今日はそれを、世界が証明した』
 「ああ。お前と始めた冒険が、こんな景色に続いていたなんてな」
 竜は応えるように、低く穏やかな咆哮を夜空の高みへ溶かした。かつて世界を脅かす音色だったものが、今は集落を包む子守歌に聞こえる。

 記念写真の時間がやってきた。
 広場の斜面いっぱいに人が座り、立ち、肩を寄せる。中央の演台に村憲章の台帳。最上段には、村の母さんたちが縫い上げた布旗。
 カメラの魔導レンズを構えた少年が、深呼吸して叫ぶ。
 「はい、世界のみんな――“しあわせ!”」
 カシャリ、と小気味よく未来の音が鳴る。

 撮影が終わっても、誰もすぐには解散しなかった。
 各国の料理が行き交い、カードが交換され、翻訳紋を通じて下手な冗談が笑いに変わる。
 ミナがリオの袖を引く。
 「ねえ、今日は“英雄の集会”じゃなくて、本当に“世界の寄り合い”だったね」
 「うん。だから、きっと強い」
 リオは広場の隅々まで目を配り、ゆっくりと言葉を継いだ。「戦いは、いつかまた来るかもしれない。でも、その前に――守りたい日常を、こうして増やしておく」

 星がひとつ、ふたつ、白い塔の上に灯る。
 村の夜は静かに深くなり、しかし静けさの底では、確かなものが動き出していた。
 鍛冶場には新しい注文書、学校には新しい教科書の草案、屋台には新しいレシピ。希望連盟の板には、各地の町から届いた「次の寄り合い」を望む便りが留められている。

 小さな村が世界の中心になった一日。
 それは大事な秘密を教えてくれた。
 ――世界は、どこだって中心になれる。
 誰かが「ここで会おう」と言い、誰かが「一緒にごはんを食べよう」と言い、誰かがカードを一枚差し出せば。

 ミナが静かに、未来の約束を確かめるように言った。
 「リオ。家族も英雄も、やっぱり両方いこうね」
 「もちろん。だって、今日の写真には――どっちの笑顔も写ってる」

 世界希望の塔は、最後の一粒の光が夜に溶けるまで、淡くやさしく村を照らし続けた。
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