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第1話「はじまりの咆哮」
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村の朝は静かだった。
薄紅色の朝焼けが東の空を染め、畑のうねに露がきらめいている。小さな家々からは、パンを焼く香ばしい匂いや、薪を割る乾いた音が聞こえてきた。遠くの森では鳥がさえずり、草むらの中で小動物が跳ね回っている。
その景色のなか、リオ・バルドは畑の真ん中で鍬をふるっていた。
しっかり握った木の柄が手のひらに馴染む感触。冷たい土の匂い。額に汗がにじむたび、春の風がそれを優しく拭い去ってくれた。
リオの心は、どこか遠い場所を見ていた。
「ここじゃない、どこか、もっと広い世界に行きたい――」
そんな思いが、少年の胸の奥でずっとくすぶり続けている。
背後で誰かが駆けてくる足音がした。振り返ると、ミナがスカートをひるがえして走ってきた。幼なじみで、幼いころからなんでも言い合える友達だ。
「なあリオ、カードなんて、また夢みたいなこと言ってんの?」
明るい声と同時に、彼女の顔には困ったような笑みが浮かんでいる。
呆れ半分、心配半分。それでもリオが何か言い返すのを待つように、わざと挑発的な言葉を投げてくる。
「夢じゃねえ、本気だよ! 世界一のカードを作って、王都で一番になってやる!」
リオは鍬を振るう手を止め、真っ直ぐにミナを見つめた。陽の光に照らされたその目は、迷いも影もなく、ただただまっすぐで、幼いころから何も変わらない。
ミナは思わず目をそらし、小さくため息をついた。
「……ほんと、バカみたいにまっすぐだな。村の誰も相手にならないのに。王都の公認カードクリエイターなんて、みんな天才ばっかりなんだよ?」
「だから面白いんじゃねえか。やってみなきゃ、わかんないだろ!」
その言葉を聞いて、ミナはふっと微笑んだ。
――この少年は、きっとどこまでいっても自分のままなのだろう。
リオはふところから自作カードを取り出した。色鉛筆で描かれた村の草花や、紙片で作った小さな獣の姿。彼のカードは、まだ誰の目にも留まらない。でも、一枚一枚に幼い日の思い出や、未来への憧れがこめられていた。
畑仕事が終わり家へ戻ると、母親がリオを優しく迎えた。
「またカードの練習? 体は壊さないでよ」
木造りの小さな家。壁には母の手作りの布がかけられ、窓からは村の丘と森が一望できた。母は、時に心配しながらも、リオの夢をどこかで信じている。
「大丈夫! 俺、絶対にあきらめないから」
母の温かなまなざしに、リオは少しだけ照れくさくなって背中を向けた。
(――本当に、すごいカードを作れるのか?)
夜。
村を包む静寂。
遠くではフクロウが鳴き、風が草木を揺らしていた。星空は村を覆い尽くし、どこか現実離れした青白い光が辺りを照らしている。
リオは布団にくるまり、ぼんやりと天井を見つめていた。自作カードを胸元で握りしめると、手にほのかな温もりが伝わる。
「もっと、すごいカード……。誰も見たことない、最強の一枚が作りたい――」
自分の声が静かな夜に吸い込まれていく。
そのとき――
……遠くの森から、何かが響いた。
『……私を、救ってくれ……』
耳に届くわけでも、はっきりとした言葉でもない。
胸の奥にじかに、低く静かに語りかけてくる“声”だった。
不思議と恐怖はなかった。むしろ、心臓が高鳴った。
――自分の名前を呼ばれたような、そんな気がした。
体が勝手に動く。リオは家を抜け出し、月明かりに照らされた村をそっと歩き出した。
家の窓には母の寝息、遠くの畑には夜露、道端にはミナが作った花飾りが風に揺れていた。
リオは森への小道を進む。
月の光が梢の隙間から差し込み、葉っぱの陰が複雑な模様を地面に描く。土の匂い、湿った風、葉擦れの音。足元の小石が転がるたびに、彼の不安と期待が入り混じる。
(本当に、俺なんかが呼ばれたのか? でも……)
心の中で自問しながらも、歩みは止まらない。
不思議なことに、森は恐ろしいどころか、何か大きなものに包まれているような安心感があった。
やがて、森のいちばん奥――人も動物も近寄らないとされる古い祠にたどり着く。
崩れかけた石段。長い間誰にも踏まれていない苔むした石畳。
風に揺れる祠の御簾(みす)越しに、微かな光がちらちらと揺れている。
(昔、村の伝説で聞いた“竜の祠”……まさか本当に……)
勇気を振り絞って石段を下りると、祠の奥はひんやりとしていて、静寂が満ちていた。
そこに――
月光に照らされた小さな泉があり、その水面には星がきらめいていた。
泉の中央。
まるで闇が形を取ったような、巨大な影が横たわっていた。
黒曜石のごとき鱗。折れた翼。巨大な爪と、鋭い牙。
その身体には幾重にも光の鎖が巻かれ、額には銀色の封印紋が輝いている。
リオは息を呑んだ。
全身が粟立つ。それは恐怖ではない。
子供のころ、冒険譚を読んで胸を焦がしたあの高揚感。未知のものに触れる圧倒的な期待感。
「……お前か。私の声に応えたのは。」
どこからともなく響く声。
それはこの場の空気そのものが話しかけてくるようだった。
低く、重く、しかしどこか哀しみに満ちている。
リオの脳裏に直接語りかけてくる。
「……あんたが……俺を呼んだのか?」
「呼びかけたのは、“私を救うに足る魂”だった。誰が来るかなど、私にもわからなかった。だが、お前だけが応えた」
リオは竜の巨大な瞳を見つめ返した。
そこには底知れぬ力と、長い孤独の影が宿っていた。
その目は、何度も絶望し、それでも希望を捨てなかった魂の色をしている気がした。
リオの胸が熱くなる。
(俺なんかが……こんなすごい存在と、今、向き合ってるのか)
「……怖くはないのか?」
竜の問いかけに、リオは小さく息をつき、そして口角を上げた。
「正直、ビビってる。でも、俺、冒険譚の主人公みたいに、すげぇことがしたかったんだ。誰も見たことないカードを作りたい。あんたを“最高のカード”にできるって、今は思える」
竜の目がわずかに見開かれる。
「奇妙な人間だな。私はこの地に封じられて久しいが、こうして己の運命を笑う者に出会ったのは初めてだ」
リオは拳を握り、踏み出す。
「俺は最強のカードクリエイターになる。そのために、あんたの力が欲しい。けど……あんたも、助けてほしいんだろ?」
竜の身体が微かに震えた。
それは痛みでも怒りでもなく、遥か昔に忘れかけていた感情――「希望」だった。
「……よかろう。お前の魂に賭けてみよう」
そのとき、泉の水面が輝き、風が渦を巻き起こした。
リオの手のひらが熱くなり、胸が大きく脈打つ。
「我が名は――グラン=ヴァルド。滅竜と恐れられた、最強の幻獣。その力は今、封じられているが……お前となら、再び空を翔けることができるかもしれぬ」
グラン=ヴァルドの咆哮が、静かに、しかし確かに大地を揺るがす。
リオの頭の中に、竜の記憶が流れ込んでくる。
空を舞う感覚。炎の奔流。幾度もの戦いと孤独。
滅びと再生、そして誰にも届かなかった祈り。
リオの掌に、淡い光の魔法陣が浮かび上がる。
泉の光と風、竜の魂とリオの想いが重なったその瞬間、
一枚のカードが、ゆっくりと生まれていく。
黒曜の鱗、鎖に縛られた巨体、燃えるような瞳――
「封印竜グラン=ヴァルド」。
その姿が、カードの中に刻まれていく。
「……これが、俺のカード……!」
指先が震える。
カードの表面からは、竜の温もりと呼吸が確かに感じられた。
リオの中に、これまで感じたことのない充足感が満ちていく。
「お前となら……私は、再び空を翔けられるかもしれない」
その声にリオは、力いっぱいうなずいた。
「一緒に最強を目指そうぜ、グラン=ヴァルド!」
夜明けが近づく。
森の奥が薄く白み始め、鳥たちのさえずりが少しずつ聞こえ始める。
リオはカードを胸に抱きしめ、静かに森をあとにした。
世界でただ一人、伝説の竜を相棒にした少年――
その新しい冒険が、今、ここからはじまる。
◆
翌朝。
窓の外からは、村人たちのざわめきが聞こえていた。
「リオが森でなにか見つけたらしいぞ」「夜中に竜の咆哮が聞こえたってさ!」
リオは布団の中で、何度もカードを確かめていた。
夢じゃない。確かに自分の手で掴んだ――自分だけの伝説だ。
ミナが窓越しに「また何か変なことに巻き込まれたんじゃないでしょうね?」と心配そうに顔をのぞかせる。
けれど彼女の目には、ほんの少し、誇らしげな光が宿っていた。
リオは胸の中で熱く叫ぶ。
(これが、俺の第一歩。絶対に、誰にも負けない最強のカードクリエイターになってやる――!)
朝の光が、村と少年の決意を照らしていた。
薄紅色の朝焼けが東の空を染め、畑のうねに露がきらめいている。小さな家々からは、パンを焼く香ばしい匂いや、薪を割る乾いた音が聞こえてきた。遠くの森では鳥がさえずり、草むらの中で小動物が跳ね回っている。
その景色のなか、リオ・バルドは畑の真ん中で鍬をふるっていた。
しっかり握った木の柄が手のひらに馴染む感触。冷たい土の匂い。額に汗がにじむたび、春の風がそれを優しく拭い去ってくれた。
リオの心は、どこか遠い場所を見ていた。
「ここじゃない、どこか、もっと広い世界に行きたい――」
そんな思いが、少年の胸の奥でずっとくすぶり続けている。
背後で誰かが駆けてくる足音がした。振り返ると、ミナがスカートをひるがえして走ってきた。幼なじみで、幼いころからなんでも言い合える友達だ。
「なあリオ、カードなんて、また夢みたいなこと言ってんの?」
明るい声と同時に、彼女の顔には困ったような笑みが浮かんでいる。
呆れ半分、心配半分。それでもリオが何か言い返すのを待つように、わざと挑発的な言葉を投げてくる。
「夢じゃねえ、本気だよ! 世界一のカードを作って、王都で一番になってやる!」
リオは鍬を振るう手を止め、真っ直ぐにミナを見つめた。陽の光に照らされたその目は、迷いも影もなく、ただただまっすぐで、幼いころから何も変わらない。
ミナは思わず目をそらし、小さくため息をついた。
「……ほんと、バカみたいにまっすぐだな。村の誰も相手にならないのに。王都の公認カードクリエイターなんて、みんな天才ばっかりなんだよ?」
「だから面白いんじゃねえか。やってみなきゃ、わかんないだろ!」
その言葉を聞いて、ミナはふっと微笑んだ。
――この少年は、きっとどこまでいっても自分のままなのだろう。
リオはふところから自作カードを取り出した。色鉛筆で描かれた村の草花や、紙片で作った小さな獣の姿。彼のカードは、まだ誰の目にも留まらない。でも、一枚一枚に幼い日の思い出や、未来への憧れがこめられていた。
畑仕事が終わり家へ戻ると、母親がリオを優しく迎えた。
「またカードの練習? 体は壊さないでよ」
木造りの小さな家。壁には母の手作りの布がかけられ、窓からは村の丘と森が一望できた。母は、時に心配しながらも、リオの夢をどこかで信じている。
「大丈夫! 俺、絶対にあきらめないから」
母の温かなまなざしに、リオは少しだけ照れくさくなって背中を向けた。
(――本当に、すごいカードを作れるのか?)
夜。
村を包む静寂。
遠くではフクロウが鳴き、風が草木を揺らしていた。星空は村を覆い尽くし、どこか現実離れした青白い光が辺りを照らしている。
リオは布団にくるまり、ぼんやりと天井を見つめていた。自作カードを胸元で握りしめると、手にほのかな温もりが伝わる。
「もっと、すごいカード……。誰も見たことない、最強の一枚が作りたい――」
自分の声が静かな夜に吸い込まれていく。
そのとき――
……遠くの森から、何かが響いた。
『……私を、救ってくれ……』
耳に届くわけでも、はっきりとした言葉でもない。
胸の奥にじかに、低く静かに語りかけてくる“声”だった。
不思議と恐怖はなかった。むしろ、心臓が高鳴った。
――自分の名前を呼ばれたような、そんな気がした。
体が勝手に動く。リオは家を抜け出し、月明かりに照らされた村をそっと歩き出した。
家の窓には母の寝息、遠くの畑には夜露、道端にはミナが作った花飾りが風に揺れていた。
リオは森への小道を進む。
月の光が梢の隙間から差し込み、葉っぱの陰が複雑な模様を地面に描く。土の匂い、湿った風、葉擦れの音。足元の小石が転がるたびに、彼の不安と期待が入り混じる。
(本当に、俺なんかが呼ばれたのか? でも……)
心の中で自問しながらも、歩みは止まらない。
不思議なことに、森は恐ろしいどころか、何か大きなものに包まれているような安心感があった。
やがて、森のいちばん奥――人も動物も近寄らないとされる古い祠にたどり着く。
崩れかけた石段。長い間誰にも踏まれていない苔むした石畳。
風に揺れる祠の御簾(みす)越しに、微かな光がちらちらと揺れている。
(昔、村の伝説で聞いた“竜の祠”……まさか本当に……)
勇気を振り絞って石段を下りると、祠の奥はひんやりとしていて、静寂が満ちていた。
そこに――
月光に照らされた小さな泉があり、その水面には星がきらめいていた。
泉の中央。
まるで闇が形を取ったような、巨大な影が横たわっていた。
黒曜石のごとき鱗。折れた翼。巨大な爪と、鋭い牙。
その身体には幾重にも光の鎖が巻かれ、額には銀色の封印紋が輝いている。
リオは息を呑んだ。
全身が粟立つ。それは恐怖ではない。
子供のころ、冒険譚を読んで胸を焦がしたあの高揚感。未知のものに触れる圧倒的な期待感。
「……お前か。私の声に応えたのは。」
どこからともなく響く声。
それはこの場の空気そのものが話しかけてくるようだった。
低く、重く、しかしどこか哀しみに満ちている。
リオの脳裏に直接語りかけてくる。
「……あんたが……俺を呼んだのか?」
「呼びかけたのは、“私を救うに足る魂”だった。誰が来るかなど、私にもわからなかった。だが、お前だけが応えた」
リオは竜の巨大な瞳を見つめ返した。
そこには底知れぬ力と、長い孤独の影が宿っていた。
その目は、何度も絶望し、それでも希望を捨てなかった魂の色をしている気がした。
リオの胸が熱くなる。
(俺なんかが……こんなすごい存在と、今、向き合ってるのか)
「……怖くはないのか?」
竜の問いかけに、リオは小さく息をつき、そして口角を上げた。
「正直、ビビってる。でも、俺、冒険譚の主人公みたいに、すげぇことがしたかったんだ。誰も見たことないカードを作りたい。あんたを“最高のカード”にできるって、今は思える」
竜の目がわずかに見開かれる。
「奇妙な人間だな。私はこの地に封じられて久しいが、こうして己の運命を笑う者に出会ったのは初めてだ」
リオは拳を握り、踏み出す。
「俺は最強のカードクリエイターになる。そのために、あんたの力が欲しい。けど……あんたも、助けてほしいんだろ?」
竜の身体が微かに震えた。
それは痛みでも怒りでもなく、遥か昔に忘れかけていた感情――「希望」だった。
「……よかろう。お前の魂に賭けてみよう」
そのとき、泉の水面が輝き、風が渦を巻き起こした。
リオの手のひらが熱くなり、胸が大きく脈打つ。
「我が名は――グラン=ヴァルド。滅竜と恐れられた、最強の幻獣。その力は今、封じられているが……お前となら、再び空を翔けることができるかもしれぬ」
グラン=ヴァルドの咆哮が、静かに、しかし確かに大地を揺るがす。
リオの頭の中に、竜の記憶が流れ込んでくる。
空を舞う感覚。炎の奔流。幾度もの戦いと孤独。
滅びと再生、そして誰にも届かなかった祈り。
リオの掌に、淡い光の魔法陣が浮かび上がる。
泉の光と風、竜の魂とリオの想いが重なったその瞬間、
一枚のカードが、ゆっくりと生まれていく。
黒曜の鱗、鎖に縛られた巨体、燃えるような瞳――
「封印竜グラン=ヴァルド」。
その姿が、カードの中に刻まれていく。
「……これが、俺のカード……!」
指先が震える。
カードの表面からは、竜の温もりと呼吸が確かに感じられた。
リオの中に、これまで感じたことのない充足感が満ちていく。
「お前となら……私は、再び空を翔けられるかもしれない」
その声にリオは、力いっぱいうなずいた。
「一緒に最強を目指そうぜ、グラン=ヴァルド!」
夜明けが近づく。
森の奥が薄く白み始め、鳥たちのさえずりが少しずつ聞こえ始める。
リオはカードを胸に抱きしめ、静かに森をあとにした。
世界でただ一人、伝説の竜を相棒にした少年――
その新しい冒険が、今、ここからはじまる。
◆
翌朝。
窓の外からは、村人たちのざわめきが聞こえていた。
「リオが森でなにか見つけたらしいぞ」「夜中に竜の咆哮が聞こえたってさ!」
リオは布団の中で、何度もカードを確かめていた。
夢じゃない。確かに自分の手で掴んだ――自分だけの伝説だ。
ミナが窓越しに「また何か変なことに巻き込まれたんじゃないでしょうね?」と心配そうに顔をのぞかせる。
けれど彼女の目には、ほんの少し、誇らしげな光が宿っていた。
リオは胸の中で熱く叫ぶ。
(これが、俺の第一歩。絶対に、誰にも負けない最強のカードクリエイターになってやる――!)
朝の光が、村と少年の決意を照らしていた。
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