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第4話「管理庁からの使者」
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村に少し遅い春雨が降った翌朝、リオは畑に出る前に、何やらざわつく空気を感じていた。
大人たちの話し声が妙に緊張感をはらんでいる。子どもたちはいつもより早く家にこもり、村の広場には見慣れない馬車が停まっていた。
リオは心臓の奥がざわざわと波立つのを感じながら、母屋の窓からそっと外の様子をうかがった。
見慣れぬ紋章を掲げた黒い制服姿の男が、村長や村の有力者たちと話している。
その背筋はピンと伸び、若いのに威圧感すら漂わせていた。
「聖印管理庁の者だそうだよ」
母が心配そうに、そっとリオの肩に手を置いた。
「な、なんで管理庁がこんな村に?」
リオが戸惑いながら尋ねると、母は首を振った。
「村長さんもさっき、急に“村全体に大事な話がある”って……」
家の外では、役人が冷静な口調で村長に何かを伝えていた。
「……昨夜から続く“強力な魔力反応”について、詳細な報告を求めます。
この村で、最近不審な魔法現象や幻獣の出現などはありませんでしたか?」
その言葉に、村人たちの間で小さなどよめきが起こる。
「やっぱり……竜の咆哮……」
「化け物を倒したのは誰だったんだ……?」
「もしかして、リオ……?」
リオは息を詰め、ポケットの中のカードに手を添えた。
(バレてしまうのか……?)
聖印管理庁――それは、カード精製やカードバトルの全てを監督・管理する、王国で最も権威ある組織だった。
“伝説級カード”や強大な幻獣の出現が確認された場合、どんな辺境の村であろうと、必ず管理庁の役人が調査に訪れると噂されている。
やがて管理庁の役人が村の中央に立ち、集まった村人たちを見回した。
「私は聖印管理庁・査察官、レーベン・フィルシュタイン。
王都より“伝説級カード精製”の強い反応を感知し、ここに調査に参りました」
その声は若いが、揺るぎない自信に満ちていた。
「先日、村の近くで凶暴な幻獣が出現し、これを“カード化”した人物がいると報告を受けています。
つきましては、心当たりのある方は正直に名乗り出ていただきたい。これは王国の安全のためでもあります」
村人たちは互いの顔を見合わせ、やがてひそひそと話し合い始める。
その輪の中心で、リオは両手を固く握りしめた。
(……俺しか、いない……)
ミナがそっとリオの袖をつかむ。
「どうするの……? リオ、逃げる?」
リオは首を振る。
「逃げたって意味ないよ。グラン=ヴァルドもきっと、俺に向き合えって言うと思う」
心の奥で、竜の低く静かな声が響いた。
『恐れるな、リオ。お前の“本当の力”は、まだ始まったばかりだ』
リオは深く息を吸い込み、ゆっくりと歩き出した。
村人たちの視線が一斉に集まる。その中には、昨日までとは違う畏怖と期待が混じっていた。
「――僕です」
リオの声は震えていなかった。
「化け物を倒して、カードにしたのは僕です。あと……」
ポケットからカードを取り出し、高く掲げる。
「伝説の竜、“グラン=ヴァルド”も……僕が、カードにしました」
村人たちはどよめき、レーベンはリオの手元を凝視した。
「……本物、なのか?」
レーベンは無言で手袋を外し、リオの差し出したカードにそっと触れる。
その瞬間、周囲の空気が一変した。カードからあふれる圧倒的な魔力に、村の大人たちも息を呑む。
「これは……“本物”だ。
しかも、通常の精製技術では決して到達できない領域……」
レーベンの目が、驚きと敬意、そして厳しい責任感に彩られる。
「リオ・バルド君。あなたの“カード精製”は規格外だ。
王都の聖印管理庁にて正式な審査と登録を受けていただきます。
拒否はできません。あなたとあなたのカードは、王国の安全と未来にとって重要な存在です」
村人たちが息を呑み、母が「リオ……」と不安そうに駆け寄る。
「リオ、本当に、王都に行くの……? もう戻ってこられないかもしれないのよ……?」
リオは母の手を握る。
「大丈夫。俺、絶対に帰ってくる。
でも……このままじゃ、村にも、グラン=ヴァルドにも悪いことが起こるかもしれない。
だから、俺が王都でちゃんと認められて、守れるようになるんだ」
母は涙ぐみながら、リオの背中をそっと押す。
「……リオ、あんたの夢は、小さな村の外にも届いたのね。
大きな世界に行って、でも……絶対、無事に帰ってきてちょうだい」
リオはうなずく。その胸には、不安と同じくらい、誇らしさと新しい世界への期待が芽生えていた。
その時、ミナが走ってきて、リオの腕をぐいっと引っ張った。
「リオ、絶対に帰ってきてよ。あんたがいないと、私……」
言いかけて、ミナは顔を赤らめ、うつむいた。
「ぜ、絶対に、また帰ってきて! 約束だからな!」
リオは照れくさそうに笑い、ミナの頭に手を置く。
「約束するよ、ミナ。俺、ぜったいにもっとすごいカードクリエイターになって帰ってくるから」
レーベンは少しだけ優しい表情で二人を見つめ、そして村長に丁重に頭を下げた。
「王都での審査には、村からの推薦状が必要です。村長殿、リオ君のこれまでの働きや人柄を、ぜひ証明してください」
村長は厳しい顔つきのままうなずき、リオの肩に手を置いた。
「リオ、お前ならきっとやれる。村の誇りを忘れるな」
荷物をまとめて家に戻ると、母がリオのために新しい袋を用意してくれていた。
小さな家の中には、リオの幼い頃の思い出が詰まっている。
それでも、もうこの家には「小さなリオ」ではなく、「伝説級カードクリエイターを目指すリオ」として戻ってくる――そんな覚悟が芽生え始めていた。
夕暮れ、村人たちが広場に集まり、リオを見送る。
ミナは涙をこらえながら「何があっても負けるなよ!」と拳を突き上げる。
村の大人たちも、口々に激励や心配の言葉を投げかけてくる。
リオはカードを胸に抱き、グラン=ヴァルドに心の中で語りかけた。
(グラン=ヴァルド、これからどうなるか分からないけど……
お前と一緒なら、きっとどんな困難でも乗り越えられる。
王都でも、俺は俺のやり方で――)
『共に歩もう、リオ。お前の“魂”が私を導く限り、私はお前の力となろう』
夜が迫る村の道を、リオは母とミナ、村人たちに見送られて歩き出す。
まだ見ぬ王都、まだ見ぬ仲間、まだ見ぬ試練――
不安と期待を胸に、リオは静かに、しかし確かに「旅立ち」の一歩を踏み出した。
少年と伝説の竜、ふたりの冒険がいよいよ本格的に始まろうとしていた。
大人たちの話し声が妙に緊張感をはらんでいる。子どもたちはいつもより早く家にこもり、村の広場には見慣れない馬車が停まっていた。
リオは心臓の奥がざわざわと波立つのを感じながら、母屋の窓からそっと外の様子をうかがった。
見慣れぬ紋章を掲げた黒い制服姿の男が、村長や村の有力者たちと話している。
その背筋はピンと伸び、若いのに威圧感すら漂わせていた。
「聖印管理庁の者だそうだよ」
母が心配そうに、そっとリオの肩に手を置いた。
「な、なんで管理庁がこんな村に?」
リオが戸惑いながら尋ねると、母は首を振った。
「村長さんもさっき、急に“村全体に大事な話がある”って……」
家の外では、役人が冷静な口調で村長に何かを伝えていた。
「……昨夜から続く“強力な魔力反応”について、詳細な報告を求めます。
この村で、最近不審な魔法現象や幻獣の出現などはありませんでしたか?」
その言葉に、村人たちの間で小さなどよめきが起こる。
「やっぱり……竜の咆哮……」
「化け物を倒したのは誰だったんだ……?」
「もしかして、リオ……?」
リオは息を詰め、ポケットの中のカードに手を添えた。
(バレてしまうのか……?)
聖印管理庁――それは、カード精製やカードバトルの全てを監督・管理する、王国で最も権威ある組織だった。
“伝説級カード”や強大な幻獣の出現が確認された場合、どんな辺境の村であろうと、必ず管理庁の役人が調査に訪れると噂されている。
やがて管理庁の役人が村の中央に立ち、集まった村人たちを見回した。
「私は聖印管理庁・査察官、レーベン・フィルシュタイン。
王都より“伝説級カード精製”の強い反応を感知し、ここに調査に参りました」
その声は若いが、揺るぎない自信に満ちていた。
「先日、村の近くで凶暴な幻獣が出現し、これを“カード化”した人物がいると報告を受けています。
つきましては、心当たりのある方は正直に名乗り出ていただきたい。これは王国の安全のためでもあります」
村人たちは互いの顔を見合わせ、やがてひそひそと話し合い始める。
その輪の中心で、リオは両手を固く握りしめた。
(……俺しか、いない……)
ミナがそっとリオの袖をつかむ。
「どうするの……? リオ、逃げる?」
リオは首を振る。
「逃げたって意味ないよ。グラン=ヴァルドもきっと、俺に向き合えって言うと思う」
心の奥で、竜の低く静かな声が響いた。
『恐れるな、リオ。お前の“本当の力”は、まだ始まったばかりだ』
リオは深く息を吸い込み、ゆっくりと歩き出した。
村人たちの視線が一斉に集まる。その中には、昨日までとは違う畏怖と期待が混じっていた。
「――僕です」
リオの声は震えていなかった。
「化け物を倒して、カードにしたのは僕です。あと……」
ポケットからカードを取り出し、高く掲げる。
「伝説の竜、“グラン=ヴァルド”も……僕が、カードにしました」
村人たちはどよめき、レーベンはリオの手元を凝視した。
「……本物、なのか?」
レーベンは無言で手袋を外し、リオの差し出したカードにそっと触れる。
その瞬間、周囲の空気が一変した。カードからあふれる圧倒的な魔力に、村の大人たちも息を呑む。
「これは……“本物”だ。
しかも、通常の精製技術では決して到達できない領域……」
レーベンの目が、驚きと敬意、そして厳しい責任感に彩られる。
「リオ・バルド君。あなたの“カード精製”は規格外だ。
王都の聖印管理庁にて正式な審査と登録を受けていただきます。
拒否はできません。あなたとあなたのカードは、王国の安全と未来にとって重要な存在です」
村人たちが息を呑み、母が「リオ……」と不安そうに駆け寄る。
「リオ、本当に、王都に行くの……? もう戻ってこられないかもしれないのよ……?」
リオは母の手を握る。
「大丈夫。俺、絶対に帰ってくる。
でも……このままじゃ、村にも、グラン=ヴァルドにも悪いことが起こるかもしれない。
だから、俺が王都でちゃんと認められて、守れるようになるんだ」
母は涙ぐみながら、リオの背中をそっと押す。
「……リオ、あんたの夢は、小さな村の外にも届いたのね。
大きな世界に行って、でも……絶対、無事に帰ってきてちょうだい」
リオはうなずく。その胸には、不安と同じくらい、誇らしさと新しい世界への期待が芽生えていた。
その時、ミナが走ってきて、リオの腕をぐいっと引っ張った。
「リオ、絶対に帰ってきてよ。あんたがいないと、私……」
言いかけて、ミナは顔を赤らめ、うつむいた。
「ぜ、絶対に、また帰ってきて! 約束だからな!」
リオは照れくさそうに笑い、ミナの頭に手を置く。
「約束するよ、ミナ。俺、ぜったいにもっとすごいカードクリエイターになって帰ってくるから」
レーベンは少しだけ優しい表情で二人を見つめ、そして村長に丁重に頭を下げた。
「王都での審査には、村からの推薦状が必要です。村長殿、リオ君のこれまでの働きや人柄を、ぜひ証明してください」
村長は厳しい顔つきのままうなずき、リオの肩に手を置いた。
「リオ、お前ならきっとやれる。村の誇りを忘れるな」
荷物をまとめて家に戻ると、母がリオのために新しい袋を用意してくれていた。
小さな家の中には、リオの幼い頃の思い出が詰まっている。
それでも、もうこの家には「小さなリオ」ではなく、「伝説級カードクリエイターを目指すリオ」として戻ってくる――そんな覚悟が芽生え始めていた。
夕暮れ、村人たちが広場に集まり、リオを見送る。
ミナは涙をこらえながら「何があっても負けるなよ!」と拳を突き上げる。
村の大人たちも、口々に激励や心配の言葉を投げかけてくる。
リオはカードを胸に抱き、グラン=ヴァルドに心の中で語りかけた。
(グラン=ヴァルド、これからどうなるか分からないけど……
お前と一緒なら、きっとどんな困難でも乗り越えられる。
王都でも、俺は俺のやり方で――)
『共に歩もう、リオ。お前の“魂”が私を導く限り、私はお前の力となろう』
夜が迫る村の道を、リオは母とミナ、村人たちに見送られて歩き出す。
まだ見ぬ王都、まだ見ぬ仲間、まだ見ぬ試練――
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