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第5話「旅立ちの朝」
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夜が明けきらぬうち、村はまだ静まりかえっていた。
リオは母親が用意してくれた小さな布袋に、少しの食料と着替え、そして大切なカードたちを詰め込んでいた。
テーブルの上には焼き立てのパンと、村の蜂蜜入りの水筒。それを見つめながら、リオは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「……もう行くの?」
母の声が、台所の暗がりからそっと響いた。
リオはこくりとうなずく。
「うん。管理庁の人も、日の出前に出発するって……王都まで、きっといろんなことがあると思う」
母は微笑み、リオの頭をそっと撫でる。
「お前は小さいころから、人一倍好奇心が強かったね。――リオ、どんなことがあっても、自分の信じる道を進みなさい」
リオは涙をこらえてうなずく。
母は、少しだけ目を潤ませながら、リオに焼き立てのパンを手渡した。
「……また必ず帰ってくるよ」
「うん。待ってるからね」
リオは家を出る。
まだ夜明け前の冷たい空気。村の空がほのかに白み始めている。
荷物を背負い、ポケットにグラン=ヴァルドのカードをしまう。
胸の奥で、竜の静かな声が響いた。
『リオ、お前は今、不安か?』
リオは小さく笑う。
(ちょっと、怖い。でも……お前が一緒なら、きっと大丈夫だ)
『その言葉を聞いて安心した。私はお前の“勇気”が好きだ』
村の通りを歩いていると、広場で数人の村人たちが集まっていた。
「リオ、頑張ってこいよ!」
「王都ってのは恐ろしい場所らしいから、無理はするなよ!」
リオはみんなの言葉に何度も頭を下げる。
ミナの姿は見えなかった。
少し寂しい気持ちで村の出口に向かうと、道端にポツンと立つミナの後ろ姿があった。
「……ミナ」
「……見送りに来ただけ。……バカみたいに真っ直ぐ行くくせに、寂しがり屋なんだから」
ミナは少し赤い目をしてリオに背を向けている。
リオは照れくさそうに笑いながら、ミナの隣に立つ。
「王都で一番のカードクリエイターになって、帰ってくるよ」
ミナは肩をすくめて、けれど小さく微笑んだ。
「うん。どうせあんたのことだから、すぐにトラブルに巻き込まれるだろうし……でも、絶対に負けるなよ。あと、帰ってきたら……私とまた、カードで勝負してよね」
リオはうなずき、ポケットのカードを握りしめた。
「もちろんだ。約束するよ」
ミナはリオの背中を、ぐっと押した。
「さあ、行きなさい!」
リオはその言葉に背中を押されるように、村の門を抜けた。
朝日がようやく村を照らし始めていた。
村の外れで管理庁の役人レーベンが待っていた。
黒い制服姿で馬にまたがり、リオに軽く手を挙げる。
「準備はいいか?」
「はい!」
レーベンは無表情のまま、しかしその目はリオの決意をしっかりと見極めているようだった。
「王都までは数日かかる。途中で危険なことがあれば、すぐに知らせるように。君のカードの力、そして君自身が王国にとっても重要だからな」
リオはうなずき、荷物をしっかり背負い直した。
村がどんどん遠ざかっていく。
ふと振り返ると、ミナがまだ道端に立って、こちらをじっと見つめていた。
(ありがとう、ミナ)
リオは大きく手を振り、再び前を向いて歩き始めた。
道はなだらかな丘を越え、緑の草原がどこまでも続く。
遠くには森が広がり、小川のせせらぎが涼やかに聞こえてくる。
旅のはじまりは静かだった。
鳥の声、風の音、時おり木の枝を渡るリスや小動物の気配。
リオは歩きながら、グラン=ヴァルドと心の中で語り合う。
(なあ、グラン=ヴァルド。お前、どうしてあんな場所で封印されてたんだ?)
『私には、かつて大きな過ちがあった。それが“世界を脅かす”ものとみなされ、長い時を封じられることとなった』
(過ちって……何をしたんだ?)
『それを語るには、まだ時期が早い。しかし、私は孤独だった。人も竜も、かつては共に生きていたが……時とともに互いを恐れ、憎しみ合うようになったのだ』
リオはしばらく黙って歩き、ふと空を見上げる。
青く高い空。白い雲。遠い世界のことを想像する。
(人と竜の絆、か……)
『お前のように、恐れず手を差し伸べてくれる者が、もう一度世界を変えるかもしれぬ。……私は、それを信じたい』
リオは思わず笑った。
(お前も、やっぱり寂しかったんだな)
グラン=ヴァルドはしばし黙し、やがて静かな声で応えた。
『そうかもしれぬな。……だが、今はお前がいる。それだけで、十分だ』
昼になり、丘の上でレーベンが「ここで昼食にしよう」と声をかけた。
持参したパンと干し肉を食べ、水筒の水を飲む。
レーベンは物静かで、リオが竜と心で語り合っていることも、まるで見抜いているかのように何も言わなかった。
食事を終えると、再び歩き始める。
道は森へと入り、小さな川を越え、やがて夕暮れが近づいてきた。
レーベンは今夜の野営地を決めると、薪を集めて火を起こした。
リオも見よう見まねで手伝い、ようやく小さな焚き火ができあがる。
「王都まではまだ遠い。だが君には、その距離を超えるだけの覚悟と力がある。迷うなよ、リオ」
レーベンの言葉は短いが、妙に重みがあった。
リオは焚き火のそばでグラン=ヴァルドのカードを握りしめる。
(なあ、グラン=ヴァルド。旅って、案外寂しいもんだな)
『寂しさも、また力になる。お前は一人ではない。私がいる』
リオは笑みを浮かべ、星空を見上げた。
やがてレーベンは簡易なテントの中で眠りに落ち、リオも毛布にくるまり目を閉じる。
静かな夜の森。木々のざわめき、遠くでフクロウが鳴く。
リオは旅の疲れと、初めての野宿の不安、そして新たな世界への期待を胸に、少しだけ怖く、そして嬉しい気持ちで眠りについた。
――夢の中で、リオは広大な空を翔ける自分を見た。
巨大な竜の背中。
遥か下には青い森と、光る川、村の風景。
グラン=ヴァルドの記憶が、リオに流れ込む。
かつて竜と人が並び立ち、共に笑い、共に歌っていた日々。
しかしやがて人々は竜の力を恐れ、戦いと憎しみが生まれ、竜たちはひとり、またひとりと姿を消していった。
グラン=ヴァルドは最後の竜として、孤独と戦い、やがて人に封じられた。
――だけど、竜は人を憎みきれなかった。
リオは夢の中で、竜と子供が笑い合う光景を見た。
小さな手が、大きな鱗にそっと触れる。そのぬくもりと信頼。
(……俺は、グラン=ヴァルドのためにも、もう一度、人と竜が並んで生きられる世界を作りたい……)
リオの心は、決意と希望で満ちていた。
――朝が来る。
旅の新しい一日が、また始まる。
村の少年は、伝説の竜とともに、世界を変える冒険の一歩を踏み出した。
リオは母親が用意してくれた小さな布袋に、少しの食料と着替え、そして大切なカードたちを詰め込んでいた。
テーブルの上には焼き立てのパンと、村の蜂蜜入りの水筒。それを見つめながら、リオは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「……もう行くの?」
母の声が、台所の暗がりからそっと響いた。
リオはこくりとうなずく。
「うん。管理庁の人も、日の出前に出発するって……王都まで、きっといろんなことがあると思う」
母は微笑み、リオの頭をそっと撫でる。
「お前は小さいころから、人一倍好奇心が強かったね。――リオ、どんなことがあっても、自分の信じる道を進みなさい」
リオは涙をこらえてうなずく。
母は、少しだけ目を潤ませながら、リオに焼き立てのパンを手渡した。
「……また必ず帰ってくるよ」
「うん。待ってるからね」
リオは家を出る。
まだ夜明け前の冷たい空気。村の空がほのかに白み始めている。
荷物を背負い、ポケットにグラン=ヴァルドのカードをしまう。
胸の奥で、竜の静かな声が響いた。
『リオ、お前は今、不安か?』
リオは小さく笑う。
(ちょっと、怖い。でも……お前が一緒なら、きっと大丈夫だ)
『その言葉を聞いて安心した。私はお前の“勇気”が好きだ』
村の通りを歩いていると、広場で数人の村人たちが集まっていた。
「リオ、頑張ってこいよ!」
「王都ってのは恐ろしい場所らしいから、無理はするなよ!」
リオはみんなの言葉に何度も頭を下げる。
ミナの姿は見えなかった。
少し寂しい気持ちで村の出口に向かうと、道端にポツンと立つミナの後ろ姿があった。
「……ミナ」
「……見送りに来ただけ。……バカみたいに真っ直ぐ行くくせに、寂しがり屋なんだから」
ミナは少し赤い目をしてリオに背を向けている。
リオは照れくさそうに笑いながら、ミナの隣に立つ。
「王都で一番のカードクリエイターになって、帰ってくるよ」
ミナは肩をすくめて、けれど小さく微笑んだ。
「うん。どうせあんたのことだから、すぐにトラブルに巻き込まれるだろうし……でも、絶対に負けるなよ。あと、帰ってきたら……私とまた、カードで勝負してよね」
リオはうなずき、ポケットのカードを握りしめた。
「もちろんだ。約束するよ」
ミナはリオの背中を、ぐっと押した。
「さあ、行きなさい!」
リオはその言葉に背中を押されるように、村の門を抜けた。
朝日がようやく村を照らし始めていた。
村の外れで管理庁の役人レーベンが待っていた。
黒い制服姿で馬にまたがり、リオに軽く手を挙げる。
「準備はいいか?」
「はい!」
レーベンは無表情のまま、しかしその目はリオの決意をしっかりと見極めているようだった。
「王都までは数日かかる。途中で危険なことがあれば、すぐに知らせるように。君のカードの力、そして君自身が王国にとっても重要だからな」
リオはうなずき、荷物をしっかり背負い直した。
村がどんどん遠ざかっていく。
ふと振り返ると、ミナがまだ道端に立って、こちらをじっと見つめていた。
(ありがとう、ミナ)
リオは大きく手を振り、再び前を向いて歩き始めた。
道はなだらかな丘を越え、緑の草原がどこまでも続く。
遠くには森が広がり、小川のせせらぎが涼やかに聞こえてくる。
旅のはじまりは静かだった。
鳥の声、風の音、時おり木の枝を渡るリスや小動物の気配。
リオは歩きながら、グラン=ヴァルドと心の中で語り合う。
(なあ、グラン=ヴァルド。お前、どうしてあんな場所で封印されてたんだ?)
『私には、かつて大きな過ちがあった。それが“世界を脅かす”ものとみなされ、長い時を封じられることとなった』
(過ちって……何をしたんだ?)
『それを語るには、まだ時期が早い。しかし、私は孤独だった。人も竜も、かつては共に生きていたが……時とともに互いを恐れ、憎しみ合うようになったのだ』
リオはしばらく黙って歩き、ふと空を見上げる。
青く高い空。白い雲。遠い世界のことを想像する。
(人と竜の絆、か……)
『お前のように、恐れず手を差し伸べてくれる者が、もう一度世界を変えるかもしれぬ。……私は、それを信じたい』
リオは思わず笑った。
(お前も、やっぱり寂しかったんだな)
グラン=ヴァルドはしばし黙し、やがて静かな声で応えた。
『そうかもしれぬな。……だが、今はお前がいる。それだけで、十分だ』
昼になり、丘の上でレーベンが「ここで昼食にしよう」と声をかけた。
持参したパンと干し肉を食べ、水筒の水を飲む。
レーベンは物静かで、リオが竜と心で語り合っていることも、まるで見抜いているかのように何も言わなかった。
食事を終えると、再び歩き始める。
道は森へと入り、小さな川を越え、やがて夕暮れが近づいてきた。
レーベンは今夜の野営地を決めると、薪を集めて火を起こした。
リオも見よう見まねで手伝い、ようやく小さな焚き火ができあがる。
「王都まではまだ遠い。だが君には、その距離を超えるだけの覚悟と力がある。迷うなよ、リオ」
レーベンの言葉は短いが、妙に重みがあった。
リオは焚き火のそばでグラン=ヴァルドのカードを握りしめる。
(なあ、グラン=ヴァルド。旅って、案外寂しいもんだな)
『寂しさも、また力になる。お前は一人ではない。私がいる』
リオは笑みを浮かべ、星空を見上げた。
やがてレーベンは簡易なテントの中で眠りに落ち、リオも毛布にくるまり目を閉じる。
静かな夜の森。木々のざわめき、遠くでフクロウが鳴く。
リオは旅の疲れと、初めての野宿の不安、そして新たな世界への期待を胸に、少しだけ怖く、そして嬉しい気持ちで眠りについた。
――夢の中で、リオは広大な空を翔ける自分を見た。
巨大な竜の背中。
遥か下には青い森と、光る川、村の風景。
グラン=ヴァルドの記憶が、リオに流れ込む。
かつて竜と人が並び立ち、共に笑い、共に歌っていた日々。
しかしやがて人々は竜の力を恐れ、戦いと憎しみが生まれ、竜たちはひとり、またひとりと姿を消していった。
グラン=ヴァルドは最後の竜として、孤独と戦い、やがて人に封じられた。
――だけど、竜は人を憎みきれなかった。
リオは夢の中で、竜と子供が笑い合う光景を見た。
小さな手が、大きな鱗にそっと触れる。そのぬくもりと信頼。
(……俺は、グラン=ヴァルドのためにも、もう一度、人と竜が並んで生きられる世界を作りたい……)
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