【完結】地味な村人が伝説ドラゴンをカード化したら、最強無双の人生が始まりました

東野あさひ

文字の大きさ
5 / 101

第5話「旅立ちの朝」

しおりを挟む
 夜が明けきらぬうち、村はまだ静まりかえっていた。

 リオは母親が用意してくれた小さな布袋に、少しの食料と着替え、そして大切なカードたちを詰め込んでいた。
 テーブルの上には焼き立てのパンと、村の蜂蜜入りの水筒。それを見つめながら、リオは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 

 「……もう行くの?」

 

 母の声が、台所の暗がりからそっと響いた。

 

 リオはこくりとうなずく。

 

 「うん。管理庁の人も、日の出前に出発するって……王都まで、きっといろんなことがあると思う」

 

 母は微笑み、リオの頭をそっと撫でる。

 

 「お前は小さいころから、人一倍好奇心が強かったね。――リオ、どんなことがあっても、自分の信じる道を進みなさい」

 

 リオは涙をこらえてうなずく。
 母は、少しだけ目を潤ませながら、リオに焼き立てのパンを手渡した。

 

 「……また必ず帰ってくるよ」

 

 「うん。待ってるからね」

 

 リオは家を出る。
 まだ夜明け前の冷たい空気。村の空がほのかに白み始めている。

 

 荷物を背負い、ポケットにグラン=ヴァルドのカードをしまう。
 胸の奥で、竜の静かな声が響いた。

 

 『リオ、お前は今、不安か?』

 

 リオは小さく笑う。

 

 (ちょっと、怖い。でも……お前が一緒なら、きっと大丈夫だ)

 

 『その言葉を聞いて安心した。私はお前の“勇気”が好きだ』

 

 村の通りを歩いていると、広場で数人の村人たちが集まっていた。

 

 「リオ、頑張ってこいよ!」
 「王都ってのは恐ろしい場所らしいから、無理はするなよ!」

 

 リオはみんなの言葉に何度も頭を下げる。

 

 ミナの姿は見えなかった。
 少し寂しい気持ちで村の出口に向かうと、道端にポツンと立つミナの後ろ姿があった。

 

 「……ミナ」

 

 「……見送りに来ただけ。……バカみたいに真っ直ぐ行くくせに、寂しがり屋なんだから」

 

 ミナは少し赤い目をしてリオに背を向けている。
 リオは照れくさそうに笑いながら、ミナの隣に立つ。

 

 「王都で一番のカードクリエイターになって、帰ってくるよ」

 

 ミナは肩をすくめて、けれど小さく微笑んだ。

 

 「うん。どうせあんたのことだから、すぐにトラブルに巻き込まれるだろうし……でも、絶対に負けるなよ。あと、帰ってきたら……私とまた、カードで勝負してよね」

 

 リオはうなずき、ポケットのカードを握りしめた。

 

 「もちろんだ。約束するよ」

 

 ミナはリオの背中を、ぐっと押した。

 

 「さあ、行きなさい!」

 

 リオはその言葉に背中を押されるように、村の門を抜けた。
 朝日がようやく村を照らし始めていた。

 

 村の外れで管理庁の役人レーベンが待っていた。
 黒い制服姿で馬にまたがり、リオに軽く手を挙げる。

 

 「準備はいいか?」

 

 「はい!」

 

 レーベンは無表情のまま、しかしその目はリオの決意をしっかりと見極めているようだった。

 

 「王都までは数日かかる。途中で危険なことがあれば、すぐに知らせるように。君のカードの力、そして君自身が王国にとっても重要だからな」

 

 リオはうなずき、荷物をしっかり背負い直した。

 

 村がどんどん遠ざかっていく。
 ふと振り返ると、ミナがまだ道端に立って、こちらをじっと見つめていた。

 

 (ありがとう、ミナ)

 

 リオは大きく手を振り、再び前を向いて歩き始めた。

 

 道はなだらかな丘を越え、緑の草原がどこまでも続く。
 遠くには森が広がり、小川のせせらぎが涼やかに聞こえてくる。

 

 旅のはじまりは静かだった。

 

 鳥の声、風の音、時おり木の枝を渡るリスや小動物の気配。
 リオは歩きながら、グラン=ヴァルドと心の中で語り合う。

 

 (なあ、グラン=ヴァルド。お前、どうしてあんな場所で封印されてたんだ?)

 

 『私には、かつて大きな過ちがあった。それが“世界を脅かす”ものとみなされ、長い時を封じられることとなった』

 

 (過ちって……何をしたんだ?)

 

 『それを語るには、まだ時期が早い。しかし、私は孤独だった。人も竜も、かつては共に生きていたが……時とともに互いを恐れ、憎しみ合うようになったのだ』

 

 リオはしばらく黙って歩き、ふと空を見上げる。
 青く高い空。白い雲。遠い世界のことを想像する。

 

 (人と竜の絆、か……)

 

 『お前のように、恐れず手を差し伸べてくれる者が、もう一度世界を変えるかもしれぬ。……私は、それを信じたい』

 

 リオは思わず笑った。

 

 (お前も、やっぱり寂しかったんだな)

 

 グラン=ヴァルドはしばし黙し、やがて静かな声で応えた。

 

 『そうかもしれぬな。……だが、今はお前がいる。それだけで、十分だ』

 

 昼になり、丘の上でレーベンが「ここで昼食にしよう」と声をかけた。
 持参したパンと干し肉を食べ、水筒の水を飲む。
 レーベンは物静かで、リオが竜と心で語り合っていることも、まるで見抜いているかのように何も言わなかった。

 

 食事を終えると、再び歩き始める。
 道は森へと入り、小さな川を越え、やがて夕暮れが近づいてきた。

 

 レーベンは今夜の野営地を決めると、薪を集めて火を起こした。
 リオも見よう見まねで手伝い、ようやく小さな焚き火ができあがる。

 

 「王都まではまだ遠い。だが君には、その距離を超えるだけの覚悟と力がある。迷うなよ、リオ」

 

 レーベンの言葉は短いが、妙に重みがあった。

 

 リオは焚き火のそばでグラン=ヴァルドのカードを握りしめる。

 

 (なあ、グラン=ヴァルド。旅って、案外寂しいもんだな)

 

 『寂しさも、また力になる。お前は一人ではない。私がいる』

 

 リオは笑みを浮かべ、星空を見上げた。

 

 やがてレーベンは簡易なテントの中で眠りに落ち、リオも毛布にくるまり目を閉じる。

 

 静かな夜の森。木々のざわめき、遠くでフクロウが鳴く。
 リオは旅の疲れと、初めての野宿の不安、そして新たな世界への期待を胸に、少しだけ怖く、そして嬉しい気持ちで眠りについた。

 

 ――夢の中で、リオは広大な空を翔ける自分を見た。

 

 巨大な竜の背中。
 遥か下には青い森と、光る川、村の風景。

 

 グラン=ヴァルドの記憶が、リオに流れ込む。

 

 かつて竜と人が並び立ち、共に笑い、共に歌っていた日々。
 しかしやがて人々は竜の力を恐れ、戦いと憎しみが生まれ、竜たちはひとり、またひとりと姿を消していった。

 

 グラン=ヴァルドは最後の竜として、孤独と戦い、やがて人に封じられた。

 

 ――だけど、竜は人を憎みきれなかった。

 

 リオは夢の中で、竜と子供が笑い合う光景を見た。
 小さな手が、大きな鱗にそっと触れる。そのぬくもりと信頼。

 

 (……俺は、グラン=ヴァルドのためにも、もう一度、人と竜が並んで生きられる世界を作りたい……)

 

 リオの心は、決意と希望で満ちていた。

 

 ――朝が来る。
 旅の新しい一日が、また始まる。

 

 村の少年は、伝説の竜とともに、世界を変える冒険の一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...