4 / 73
後日
しおりを挟む
大澤への取材から数日後。
今日の仕事を全て終えた敏雄と横居は、職場近くの居酒屋に向かった。
この居酒屋には日頃からよく行っていて、横居とカウンター席に並んで座って、仕事の愚痴をこぼし合うのが常だった。
人様から見たら、軽薄な印象のパーマヘアの若い男と、40半ばにもなる貧相な男が並んで座っている様は、何とも異常であろうと敏雄は考えている。
それこそ、初めて横居とここへ来たとき、「いらっしゃいませ」と歓迎の挨拶を告げた店員は、不思議そうな顔をしながら席に通してくれた。
「伊達さんがマークしてたアイツ、アカウントに鍵かけましたよ」
枝豆をチマチマつまみながら、横居がスマートフォンの画面を見せてきた。
そこに写っていたのは、自身の宣材写真をアイコンに設定してある大澤のSNSのアカウントで、投稿やコメントは全て非公開に設定してあった。
少し前までは、投稿内容もコメント欄もしっかり公開してあったのだろう。
さわやかな笑顔の宣材写真が、今はただただ痛々しい。
「やっぱり、ぜーんぶクロだったみてえだなあ」
言って敏雄は、カシスオレンジをあおった。
「取材したとき、アイツはどんなカンジでした?」
皿の上にあった枝豆を全て食べ切った横居がビールを口に含むと、上唇に泡が残った。
「ずーっと「事務所通してください」「何も言えないので」の一点張りだったよ」
それを見かねた敏雄が、横居の口についたビールの泡を指で拭ってやった。
「うーん、逆ギレでもしてくれりゃあ、絵的にもインパクトあってウケると思うんだけどなー」
横居はなんの抵抗もせずに敏雄に唇を拭かせて、「なんだガッカリ」と言わんばかりの顔をした。
「まあ、今回も結構に注目されたし、話題集めにはなったから、良しとしようや」
敏雄は指先についたビールの泡を舐め取ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。
敏雄はビールはあまり好きではないから、毎度毎度こんなものをガブガブ飲める横居に、奇異の目を向けたくなる。
「そっすねー……」
口先ではそう言うものの、横居はどこか納得していないようだった。
「それと、例の中学校の記者会見はどうでした?」
大澤の取材に行く数日前、敏雄はいじめにより自殺者が出た中学校の記者会見に向かっていて、話題はそちらに切り替わった。
「被害者の女の子、自殺する6日前にトイレに連れ込まれて、同級生たちに自力で立ち上がれなくなるくらいにボコられてたらしいわ。それを知った別の子が、「いじめがありました」って担任に報告してたそうだ。そこをな、「その日から亡くなるまでの間にいじめの確認はしましたか?」って聞いてみた」
「どうでした?」
「校長曰く「今となっては、まったく気がつかなかった、というのが事実です」だとよ。ぜんっぜん答えになってねえわ」
敏雄は串に刺さったつくねの塩焼きを、前歯でもぎ取るようにして口に入れた。
「オレは会見行ってないから断言はできないですけど、たぶんクロですよねえ。そのへん掘っていったら、もっとヤバいもん拾うことになりそう…」
「ああ、たぶん、学校側はまだ何か隠してる。何なら、今ごろは隠蔽工作に必死かもなあ」
記者会見での校長の歯切れの悪い口ぶりを思い出す。
──あの様子だと、もう少し切り込んだ方が良さそうだな…
今後の取材についての計画を頭の中で練りながら、敏雄は咀嚼したつくねを胃に流し込んだ。
「ありえますねえ。ところで、この後はどうします?ホテル行きます?また伊達さんの家?それとも、オレの家?」
横居が敏雄の膝に手を置いてきて、意味深に撫でさすってきた。
「昨日の今日でまたヤるのか?」
「イヤですか?」
横居は含み笑いを浮かべると、敏雄が履いているズボンのファスナーのスライダーを、指先でピンと弾いた。
「別にいいけどよ」
敏雄は「おイタが過ぎるぞ」とばかりに、横居の手をやんわり払いのけた。
「じゃ、もう出ましょうよ。ここからだと、オレの家が近いから」
横居が唇を敏雄の耳に近づけて囁いた。
「わかったよ」
横居に急かされて、会計を済ませてから店を出ると、12月初旬の寒風が耳や頬を突き刺してきて、敏雄は身震いした。
──アレも12月のことだったな…
20年前にあったことを思い出しながら、敏雄はコート越しに右腕の傷跡を撫でさすった。
今日の仕事を全て終えた敏雄と横居は、職場近くの居酒屋に向かった。
この居酒屋には日頃からよく行っていて、横居とカウンター席に並んで座って、仕事の愚痴をこぼし合うのが常だった。
人様から見たら、軽薄な印象のパーマヘアの若い男と、40半ばにもなる貧相な男が並んで座っている様は、何とも異常であろうと敏雄は考えている。
それこそ、初めて横居とここへ来たとき、「いらっしゃいませ」と歓迎の挨拶を告げた店員は、不思議そうな顔をしながら席に通してくれた。
「伊達さんがマークしてたアイツ、アカウントに鍵かけましたよ」
枝豆をチマチマつまみながら、横居がスマートフォンの画面を見せてきた。
そこに写っていたのは、自身の宣材写真をアイコンに設定してある大澤のSNSのアカウントで、投稿やコメントは全て非公開に設定してあった。
少し前までは、投稿内容もコメント欄もしっかり公開してあったのだろう。
さわやかな笑顔の宣材写真が、今はただただ痛々しい。
「やっぱり、ぜーんぶクロだったみてえだなあ」
言って敏雄は、カシスオレンジをあおった。
「取材したとき、アイツはどんなカンジでした?」
皿の上にあった枝豆を全て食べ切った横居がビールを口に含むと、上唇に泡が残った。
「ずーっと「事務所通してください」「何も言えないので」の一点張りだったよ」
それを見かねた敏雄が、横居の口についたビールの泡を指で拭ってやった。
「うーん、逆ギレでもしてくれりゃあ、絵的にもインパクトあってウケると思うんだけどなー」
横居はなんの抵抗もせずに敏雄に唇を拭かせて、「なんだガッカリ」と言わんばかりの顔をした。
「まあ、今回も結構に注目されたし、話題集めにはなったから、良しとしようや」
敏雄は指先についたビールの泡を舐め取ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。
敏雄はビールはあまり好きではないから、毎度毎度こんなものをガブガブ飲める横居に、奇異の目を向けたくなる。
「そっすねー……」
口先ではそう言うものの、横居はどこか納得していないようだった。
「それと、例の中学校の記者会見はどうでした?」
大澤の取材に行く数日前、敏雄はいじめにより自殺者が出た中学校の記者会見に向かっていて、話題はそちらに切り替わった。
「被害者の女の子、自殺する6日前にトイレに連れ込まれて、同級生たちに自力で立ち上がれなくなるくらいにボコられてたらしいわ。それを知った別の子が、「いじめがありました」って担任に報告してたそうだ。そこをな、「その日から亡くなるまでの間にいじめの確認はしましたか?」って聞いてみた」
「どうでした?」
「校長曰く「今となっては、まったく気がつかなかった、というのが事実です」だとよ。ぜんっぜん答えになってねえわ」
敏雄は串に刺さったつくねの塩焼きを、前歯でもぎ取るようにして口に入れた。
「オレは会見行ってないから断言はできないですけど、たぶんクロですよねえ。そのへん掘っていったら、もっとヤバいもん拾うことになりそう…」
「ああ、たぶん、学校側はまだ何か隠してる。何なら、今ごろは隠蔽工作に必死かもなあ」
記者会見での校長の歯切れの悪い口ぶりを思い出す。
──あの様子だと、もう少し切り込んだ方が良さそうだな…
今後の取材についての計画を頭の中で練りながら、敏雄は咀嚼したつくねを胃に流し込んだ。
「ありえますねえ。ところで、この後はどうします?ホテル行きます?また伊達さんの家?それとも、オレの家?」
横居が敏雄の膝に手を置いてきて、意味深に撫でさすってきた。
「昨日の今日でまたヤるのか?」
「イヤですか?」
横居は含み笑いを浮かべると、敏雄が履いているズボンのファスナーのスライダーを、指先でピンと弾いた。
「別にいいけどよ」
敏雄は「おイタが過ぎるぞ」とばかりに、横居の手をやんわり払いのけた。
「じゃ、もう出ましょうよ。ここからだと、オレの家が近いから」
横居が唇を敏雄の耳に近づけて囁いた。
「わかったよ」
横居に急かされて、会計を済ませてから店を出ると、12月初旬の寒風が耳や頬を突き刺してきて、敏雄は身震いした。
──アレも12月のことだったな…
20年前にあったことを思い出しながら、敏雄はコート越しに右腕の傷跡を撫でさすった。
0
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる