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たどり着いた一軒家

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旅人のカルロは困り果てていた。
わけあってこの町にたどり着いたのだけど、どこにも泊まれる場所がない。


あてもなく歩き続けているうちに夜になり、もう辺りも暗くなってきた。
もう今日は外で寝てしまおうか、まだ探してみるかと考えていると、少し向こうに簡素な一軒家が見えてきた。
窓からは明かりが漏れていて、窓枠の中を人影が行ったり来たりしている。

大して人通りが多いわけでもない場所に建っていることを踏まえると、おそらく旅館とか民宿とかではない。
しかし、もう泊まれそうなところを探す気力はない。
一か八か、あそこを訪ねて一晩泊めてもらえないか交渉してみようと思った。

その一軒家の前までたどり着いたカルロがドアをノックすると、ドアが拳一つ分だけ開いて、その隙間から若い男が顔を出した。
見たこともないほど美しい男だ。
細い体に赤いガウンをまとい、肩まで伸ばした髪は烏の濡れ羽色、長いまつ毛に縁取られた瞳は晴れた日の空のような青。
シミひとつ見当たらない血色の良い肌はすべすべと艶めいて輝いていて、まるで真珠のようだ。

「こんな夜中に何のご用です?あなたはどこのどなた?」
ドアの影から、男は訝しげにカルロを見た。
「ぼくは旅の者です。名はカルロといいます」
予想をはるかに超えるほどの美青年に迎えられたカルロは、驚きのあまり心臓が高鳴るのを抑えながら名乗った。

「旅?こんな辺鄙なところに?」
「そうです。ここにはちょっとした用があって赴いたのです」
「そうですか。それで、何の用?」
「厚かましいのは承知の上です。一晩泊めてはくださいませんか?泊まれるところをあちこち探したんですけれど、ぜんぜん見つからなくて困っているんです」
「……ふうん」
若い男は、未だドアの影に身を隠すようにして、猜疑心のこもった目でカルロの様子を伺っている。

当然といえば当然かもしれない。
夜間に見知らぬ男が突然やってきて、「一晩泊めてくれ」と要求してくるのだから。
怪しむより他あるまい。

「あの…これだけお支払いいたしますから」
カルロが懐からいくつかの金貨を出すと、若い男はしばらく考えこんでから部屋のドアを全開にした。
「……かしこまりました。どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
金貨を出した途端に家に入れるとは、なんて現金な人なのかとカルロは思った。

しかし、何の損得勘定も無しに他人を施しを与える人の方がはるかに珍しいのだし、むしろ金貨と引き換えとはいえ一晩泊めてくれるだけありがたいと思うべきであろう。
そう自分に言い聞かせて、カルロは中に入った。

「狭苦しいところですが、ごゆっくり」
「構いませんよ。突然の来訪で、おまけに夜間だというのに泊めてくださるのですから、それだけでありがたいもんです」
カルロは部屋のあちこちを見回した。
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