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描かれた火

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部屋の中は簡素というのか、驚くほど何もなかった。
壊れかけの机にガタガタのイス、簡素なベッド。
奥の壁には火のついた小さなストーブがある。
いや、よく見ると、赤く燃える炎は絵だった。
どうしたわけか、ストーブの上に炎を描いて、あたかもストーブに火がついているように見せているのだった。


「ねえ、これは?何だって火を描いてるんです?」
カルロは気になって、男に聞いてみた。
「私が描いたのじゃありませんよ」
「では、先の住人が?」
「……ええまあ、亡くなった私の父親が描いたのです」
「そうですか」
かなり間が空いた後で返事したのに加えて、「亡くなった」という言葉が出てきたものだから、カルロはどうしたものかと思った。
しかし、それも束の間。

「好きなところにお座りくださいませ。お茶を出しますからお待ちください」
カルロが次の言葉を思いつく前に、男が間髪入れずにいろいろと促してきた。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、いただきます」
カルロは近くのイスに座って礼を言った。

「お口に合わないようでしたら、残してくださって結構ですからね」
男がキッチンに向かって間もなく、トプトプトプ…とお茶を入れる音が聞こえてきた。

「そんな、とんでもない」
カルロが反論する寸前で、男がカップをテーブルに置いてくれた。
「どうぞ」
「…ありがとうございます」
カルロはカップを手に取りお茶を啜った。
程よく温まったお茶は喉を潤すと同時に、体を温めてもくれた。

「夜間に歩いたから体が冷えたでしょう?ストーブをつけますね」
男がストーブの前にかがみ込んだ。
「重ね重ねありがとうございます」
カルロをまた礼を言うと、男はストーブに薪を入れて火をつけた。

──本当にキレイな人だ

その様子をジッと見ていたカルロは、男の横顔に思わずほーっと見惚れてしまった。

「ねえ、あなたって」
「うん?」
男はストーブに顔を向けたまま、カルロの顔をほとんど見ることなく返事した。
「とてもきれいな顔をなさってますね。まるで人形みたいだ」
「はあっ⁈」
男の語調が、急激に荒くなる。
男は頭をぐるっと半転させて、カルロの方へ視線を向けた。
カルロの方へ向けた男の顔は、怒りのあまり凄まじいほど歪んでいた。
眉間にシワを寄せ、唇はわなわな震えていて、かすかに歯ぎしりする音も聞こえる。

「え、いや……その、とても美しい顔をしているな、と」
男がなぜ怒ったのかわからないカルロは、戸惑いながら弁明した。
そんなカルロをどう思ったのかはわからない。
男は唇を震わせたまま、カルロを睨むように見つめていた。

「………飲み終わったカップは置いていてください」
しばらく黙った後、落ち着きを取り戻したらしい男がそう呟いた。
「は?あ、はい…」
「寝るところですが、あそこの部屋が空いておりますので、そこをお使いください」
男が指差したその先に、開いたドアがあった。
開いたドアから、簡素なベッドが見える。
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