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律儀な男

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あんなことをした以上、もう口さえ聞いてはくれないだろう。
新町長に嫌われたとあっては、この先この町で肩身の狭い思いをするだろうなとも思ったが、それすらあっという間にどうでも良くなった。

今はただ、あの家に戻りたいとしか思えなかった。
父親との思い出がたくさん残った家に、ピノキオは帰ろうとした。
その矢先のことだった。

「ピノキオさん!」
少し向こうから、カルロが走り寄ってきた。
その後ろから、バナーレもついてきている。
「ここにいたのか、ピノキオ」
疲れた様子のバナーレが、ふうーっと深いため息をついた。

「……何の用?」
本来であれば、さっきは申し訳なかったと真っ先に謝るべきなのだろうけど、先に出てきた言葉はそれだった。
なんだって自分を追いかけてきたのか、それが気にかかったからだ。

「あの……ピノキオさん。先ほどは無神経なことを言ってしまって、すみませんでした。その……」
カルロが申し訳なさそうな顔をして、ピノキオの顔を見つめた。

「それを、わざわざ言いに追いかけてきたので?」
「そうだよ。新町長さまは律儀なのさ」
バナーレが、叱りつけるような口調で語りかけた。
このとき、ピノキオにはこの口調がどこか懐かしく感じられた。

思えば、最後にバナーレに叱られたのは子どもの頃の話であった。
最近のピノキオは、仕事と家を行き来するだけの生活であったから、バナーレはおろか町民ともまともに関わらないでいた。
学校の子どもたちやその親と何らか話すことはあっても、必要最低限の会話だけで終わらせることがほとんどだった。

「そのことなら、私はもう何とも思っておりませんよ、親町長さま。そんなことでわざわざ気を揉まないでくださいな」
「お許しくださって、ありがとうございます。でも、私はこういう性分なのです。ずっと心に引っかかっていたことを放置できないのです。難儀な奴だと思われるでしょうが」
ピノキオの言葉に、カルロは照れ笑いとも苦笑いともつかない顔をした。
ピノキオは内心、本当にこの男はどこまでも育ちが良く、律儀なのだなと思った。
この律儀な男が町長となったなら、きっとこの町も良い方に進展するだろうとも思った。
そのときだった。

「おい、アレ見てみろ!大変だ!!」
さて、どんなふうに返すべきであろうかと思った矢先、バナーレが叫んだ。
その瞬間、ボチャンッ、ボチャンッと大きな音がした。
何か大きなものが水中に落ちたのだ。

「子どもが落ちたぞ!2人落ちた!!」
バナーレが大きな声を出した。
その大きな声につられて、町民がどんどん集まってくる。

「おいおい、何事だ⁈」
「大変だ!」
「大丈夫か⁈」
集まった町民が、それぞれ好き勝手に声をあげる。

町民たちに混じり、ピノキオは遠くを見やって、落ちた子どもの顔を確認してみた。
湖に落ちたのは、ピグロとブルローネだった。
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