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そもそもの馴れ初め
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真広が彼と出会ったのは、バイト先の喫茶店だった。
いまどき珍しい純喫茶というやつで、客は中年層が多く、店内はいつでも静かだった。
父親の学生時代の友人が経営しており、「友人のよしみだから」と真広は面接も通さず、履歴書なども一切用意しないで、ここに就くことができた。
また、常連の大半がお互いの名前も知っているほどの顔見知りで、真広自身も名字の「朝凪」ではなく、下の名前を取って「ヒロちゃん」などと呼ばれるぐらいに、皆が親密な間柄にあった。
そんな昔ながらの空気が漂う店内で、真広が彼の存在を初めて目にしたのは、喫茶店でアルバイトをしてから1ヶ月ほど経った頃合いだった。
この喫茶店は早朝から開店しているのだけど、彼はほぼ毎日午前中にフラリとやって来て、毎度同じコーヒーを注文して、毎度同じ隅の方の席に座る。
歳の頃は50歳くらい。
鼈甲フレームの眼鏡をかけていて、格好はいつでもラフだったが野暮ったさは感じさせず、清潔感があった。
仕事は何をしているのか不明なのだけど、スーツを着ているところを見たことがないので、おそらくサラリーマンではない。
左手の薬指に指輪がないことを踏まえると、おそらく独身であろう。
彼はいつも、店を入ってすぐの足元に置いてあるマガジンラックから新聞を取る。
それを読んだ後は、テーブルの上にかなり年季の入ったノートパソコンを乗せて、無言でキーボードを打つ。
それが終わると、フラリと立ち上がって、無言で会釈して出て行く。
滞在時間はだいたい1時間半ほど。
名前は未だに知らないし、当然のことながら職業や年齢などの素性も一切知らない。
─────────────────────
ある日、彼のことが気になった真広は、思い切ってマスターに聞いてみた。
「マスター、あの男の人のこと、何か知ってます?ほら、眼鏡かけてて、いっつも隅っこの席に座ってパソコン使ってるおじさん」
さて、どんな答えが返ってくるのか。
少しでも彼の情報が欲しい真広は、何か有力な手がかりは貰えないかと淡い期待を抱いた。
「あの人のこと?うーん、知らないんだよなあ、これが。もう1年か2年かくらい前から来てる常連なんだけどさ、あんまり話さない人だし、ずーっとダンマリでパソコンのキーボードカタカタさせてるでしょ?それで仕事してるのかもしれないし、邪魔しちゃ悪いと思って、あんまり干渉しないようにしてるんだよね」
マスターが使用済みのコーヒードリッパーをせわしなく洗いながら、無意味な回答を述べた。
そのあとも、常連客の何人かにいろいろと聞いてまわったが、同じような答えが返ってくるばかりで、真広は心底がっかりした。
彼は常連や従業員の誰とも話さないから、当然の結果と言えるのだけど。
そもそも、こんなことを知りたがる真広の方がおかしいのだ。
なぜそこまでして、彼のことを知りたいと感じるのか。
答えは明快だ。
真広は、彼に恋焦がれているのだ。
いまどき珍しい純喫茶というやつで、客は中年層が多く、店内はいつでも静かだった。
父親の学生時代の友人が経営しており、「友人のよしみだから」と真広は面接も通さず、履歴書なども一切用意しないで、ここに就くことができた。
また、常連の大半がお互いの名前も知っているほどの顔見知りで、真広自身も名字の「朝凪」ではなく、下の名前を取って「ヒロちゃん」などと呼ばれるぐらいに、皆が親密な間柄にあった。
そんな昔ながらの空気が漂う店内で、真広が彼の存在を初めて目にしたのは、喫茶店でアルバイトをしてから1ヶ月ほど経った頃合いだった。
この喫茶店は早朝から開店しているのだけど、彼はほぼ毎日午前中にフラリとやって来て、毎度同じコーヒーを注文して、毎度同じ隅の方の席に座る。
歳の頃は50歳くらい。
鼈甲フレームの眼鏡をかけていて、格好はいつでもラフだったが野暮ったさは感じさせず、清潔感があった。
仕事は何をしているのか不明なのだけど、スーツを着ているところを見たことがないので、おそらくサラリーマンではない。
左手の薬指に指輪がないことを踏まえると、おそらく独身であろう。
彼はいつも、店を入ってすぐの足元に置いてあるマガジンラックから新聞を取る。
それを読んだ後は、テーブルの上にかなり年季の入ったノートパソコンを乗せて、無言でキーボードを打つ。
それが終わると、フラリと立ち上がって、無言で会釈して出て行く。
滞在時間はだいたい1時間半ほど。
名前は未だに知らないし、当然のことながら職業や年齢などの素性も一切知らない。
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ある日、彼のことが気になった真広は、思い切ってマスターに聞いてみた。
「マスター、あの男の人のこと、何か知ってます?ほら、眼鏡かけてて、いっつも隅っこの席に座ってパソコン使ってるおじさん」
さて、どんな答えが返ってくるのか。
少しでも彼の情報が欲しい真広は、何か有力な手がかりは貰えないかと淡い期待を抱いた。
「あの人のこと?うーん、知らないんだよなあ、これが。もう1年か2年かくらい前から来てる常連なんだけどさ、あんまり話さない人だし、ずーっとダンマリでパソコンのキーボードカタカタさせてるでしょ?それで仕事してるのかもしれないし、邪魔しちゃ悪いと思って、あんまり干渉しないようにしてるんだよね」
マスターが使用済みのコーヒードリッパーをせわしなく洗いながら、無意味な回答を述べた。
そのあとも、常連客の何人かにいろいろと聞いてまわったが、同じような答えが返ってくるばかりで、真広は心底がっかりした。
彼は常連や従業員の誰とも話さないから、当然の結果と言えるのだけど。
そもそも、こんなことを知りたがる真広の方がおかしいのだ。
なぜそこまでして、彼のことを知りたいと感じるのか。
答えは明快だ。
真広は、彼に恋焦がれているのだ。
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