17 / 82
初めての懇願
しおりを挟む
さっさと髪を整えてスーツに着替えると、そそくさと玄関まで走って靴を履く。
──今度は「海外出張が入った」とか言って、3日くらい家を空けてみるか…
「あの、総治郎さん」
足を靴に突っ込んだ瞬間に、直生に呼び止められた。
「どうした?」
このタイミングで、いったい何の用であろうか。
「今日も遅いんですか?」
「ああ、そうだな。だから、迎えも要らないぞ。今夜は寝ていなさい」
このやりとりも、いったい何度目であろうか。
「そうですか、あの、今日から10日後なんですけど…」
「10日後?その日に何かあるのか?」
はて、何があったかと記憶をたどってみるも、なかなか思い出せない。
「はい、ですので…その、お忙しいのは承知の上でお願いしたいんですけれど、その日は、なるだけ早く帰ってきてくださいませんか?」
遠慮がちには言うものの、直生が初めて何らかの要求をしてきたことに、総治郎は驚いた。
「わかった。そうだな、夜の8時から9時くらいにはなんとか帰ってみる。それで、その日は何があるんだ?」
総治郎はスーツの内ポケットから手帳を取り出すと、10日後に「早く帰ること」とメモした。
幸い、その日には何の予定もない。
問題なく帰れそうではある。
「あ、あの、当日にお話する…って形でも構いませんか?」
直生は顔を赤らめた。
「ん、ああ…わかった。じゃあ、行ってくる」
そんな直生の様子を不思議に思いながら手帳をしまうと、総治郎は立ち上がって玄関ドアを開けた。
「いってらっしゃいませ」
直生が手を振って見送る。
そのときにはすでにいつもと変わらない様子だったので、総治郎は直生が赤面した理由を大して深く考えなかった。
──今日はA美術館まで行って、物販も見て、その次はB博物館に行くか
今日の予定を頭の中で組み立てて、総治郎はセダンを走らせた。
ずっと楽しみしていた画家の展示会が、ようやく開催されたということもあって、心が踊っていた。
それだけに、10日後に何があるかなど、このときはまるで考えていなかった。
──そういえば、10日後に話って、いったい何だろうか
そんな疑問が浮かんだのは、美術館巡りと博物館巡りを終えた19時ごろだった。
ショルダープレスのグリップを持ち上げては下ろす。
それを繰り返しながら、今朝の直生の要求について、総治郎は考えた。
──ひょっとして、「他の人と結婚するから別れてくれ」とかだろうか
それなら、ある程度は合点がいく。
総治郎が不在のうちに、誰かしらと関係が発展して恋仲になる可能性などいくらでもある。
直生が赤面した理由は、その相手のとの今後を考えてのことかもしれない。
そうとなれば、そんな重大な話、玄関でさらっと言えるようなことではない。
だから当日に話すという形にしたのだろう。
それに、花比良家の最大の目的である「家の再建」は完了しつつあった。
従業員の給与やガタが出はじめた建物全体の修繕などの費用は、すべて総治郎が負担した。
加えて、総治郎が知り合いのコンサルタントを紹介し、その助言に従ったところ、徐々に客も増えてきたと花比良夫妻から報告を受けた。
直生は、財政が傾きかけた家のために結婚した。
しかし、その家の財政を盛り返した今、わざわざ総治郎と一緒にいる理由はない。
家の再建が終わり、誰かほかにいい相手を見つけたなら、さっさと離婚してその相手と添い遂げたいと言うのが道理であろう。
──なるほど、それなら大歓迎だ。別れ際には「幸せになってくれ」と胸を張って言ってやろう
総治郎はグリップを握り直して、トレーニングを続けた。
──今度は「海外出張が入った」とか言って、3日くらい家を空けてみるか…
「あの、総治郎さん」
足を靴に突っ込んだ瞬間に、直生に呼び止められた。
「どうした?」
このタイミングで、いったい何の用であろうか。
「今日も遅いんですか?」
「ああ、そうだな。だから、迎えも要らないぞ。今夜は寝ていなさい」
このやりとりも、いったい何度目であろうか。
「そうですか、あの、今日から10日後なんですけど…」
「10日後?その日に何かあるのか?」
はて、何があったかと記憶をたどってみるも、なかなか思い出せない。
「はい、ですので…その、お忙しいのは承知の上でお願いしたいんですけれど、その日は、なるだけ早く帰ってきてくださいませんか?」
遠慮がちには言うものの、直生が初めて何らかの要求をしてきたことに、総治郎は驚いた。
「わかった。そうだな、夜の8時から9時くらいにはなんとか帰ってみる。それで、その日は何があるんだ?」
総治郎はスーツの内ポケットから手帳を取り出すと、10日後に「早く帰ること」とメモした。
幸い、その日には何の予定もない。
問題なく帰れそうではある。
「あ、あの、当日にお話する…って形でも構いませんか?」
直生は顔を赤らめた。
「ん、ああ…わかった。じゃあ、行ってくる」
そんな直生の様子を不思議に思いながら手帳をしまうと、総治郎は立ち上がって玄関ドアを開けた。
「いってらっしゃいませ」
直生が手を振って見送る。
そのときにはすでにいつもと変わらない様子だったので、総治郎は直生が赤面した理由を大して深く考えなかった。
──今日はA美術館まで行って、物販も見て、その次はB博物館に行くか
今日の予定を頭の中で組み立てて、総治郎はセダンを走らせた。
ずっと楽しみしていた画家の展示会が、ようやく開催されたということもあって、心が踊っていた。
それだけに、10日後に何があるかなど、このときはまるで考えていなかった。
──そういえば、10日後に話って、いったい何だろうか
そんな疑問が浮かんだのは、美術館巡りと博物館巡りを終えた19時ごろだった。
ショルダープレスのグリップを持ち上げては下ろす。
それを繰り返しながら、今朝の直生の要求について、総治郎は考えた。
──ひょっとして、「他の人と結婚するから別れてくれ」とかだろうか
それなら、ある程度は合点がいく。
総治郎が不在のうちに、誰かしらと関係が発展して恋仲になる可能性などいくらでもある。
直生が赤面した理由は、その相手のとの今後を考えてのことかもしれない。
そうとなれば、そんな重大な話、玄関でさらっと言えるようなことではない。
だから当日に話すという形にしたのだろう。
それに、花比良家の最大の目的である「家の再建」は完了しつつあった。
従業員の給与やガタが出はじめた建物全体の修繕などの費用は、すべて総治郎が負担した。
加えて、総治郎が知り合いのコンサルタントを紹介し、その助言に従ったところ、徐々に客も増えてきたと花比良夫妻から報告を受けた。
直生は、財政が傾きかけた家のために結婚した。
しかし、その家の財政を盛り返した今、わざわざ総治郎と一緒にいる理由はない。
家の再建が終わり、誰かほかにいい相手を見つけたなら、さっさと離婚してその相手と添い遂げたいと言うのが道理であろう。
──なるほど、それなら大歓迎だ。別れ際には「幸せになってくれ」と胸を張って言ってやろう
総治郎はグリップを握り直して、トレーニングを続けた。
0
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~
ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。
転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。
朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。
生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。
どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。
忙しい大人の甘いオフィスラブ。
フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる