16 / 82
朝の挨拶
しおりを挟む
ろくに顔も合わさず、まともに言葉を交わすこともなく、結婚してから2週間が過ぎた。
直生と会話はせいぜい、朝の挨拶と帰りの挨拶くらいしかしない。
直生は律儀なのか、総治郎がどんなに遅く帰ってきても、必ず起きてきては玄関までやって来て、「おかえりなさい」と告げてくる。
総治郎が「無理して起きなくてもいい」と何度言ってもやめない。
直生が起きてくるそのたびに、総治郎は直生を部屋まで連れ戻した。
直生には自室を与えていて、ときどき部屋の様子を見てはみるものの、物が増えた様子は見当たらない。
──いったい、何を買っているんだろう
さすがに何も買ってないなんてことはないだろうと、少々気にはなったものの、金は好きに使わせようと決めた手前、詮索するのは野暮に思えた。
午前7時半。
コンコン、と部屋のドアを軽くノックする音が聞こえた。
「…うん」
寝ぼけ眼を擦りながら、総治郎は上体を起こした。
「総治郎さん、おはようございます」
直生がゆっくりとドアを開ける。
すでに、髪は整えられていて、着替えも終わっている。
「ああ…おはよう」
総治郎は軽く伸びをして、直生に挨拶を返した。
直生は毎朝、総治郎より先に起きてきて、朝の挨拶をしてくる。
「総治郎さん、朝食どうしましょう?召し上がりますか?」
そして、直生は毎朝こんなことを聞いてくる。
「……いや、今日もどこかの店で何か買って、食べてから仕事に行くから…」
そして、総治郎は毎朝こんな返事をする。
「そうですか」
「ああ、だから、寝てなさい。早起きなんか、しなくてもいいんだぞ?」
「ええ…わかりました」
ドアがゆっくり閉じられて、直生が廊下を歩く後が聞こえてきた。
それもどんどん小さくなって、少し向こうでドアの閉まる音が音がした。
おそらく、自室に戻っていったのだろう。
──起きるか…
本当は昼くらいまで寝ていたかったが、働いていないことを直生には言っていないので、建前としては嫌でも起きて家を出ていかざるを得ない。
直生のことを嫌っているわけではないが、日中ずっと一緒にいるのだけは避けたかった。
だから、一応は働いているという体をとっている。
──まるで、リストラされたサラリーマンだな
いつか見たテレビに出てきた、仕事を辞めたことを家族に言えず、昼間の公園で過ごしているというサラリーマンを思い出す。
実を言うと、総治郎もときどき、昼間の公園で過ごすことが多々あった。
朝早くから家を出たところで、開いている喫茶店やレストランなどない。
だから午前中は、近辺にあるコンビニで買ったものを車の中で食べて、劇場や美術館、博物館が開くまで、公園や車の中で読書なんかして過ごす。
その間はほんの少しではあるけれど、やはり人目が気になる。
職にもよるだろうが、午前9時を越えて外で時間を潰しているスーツ姿の中年男など、失職したか、仕事をサボっているサラリーマンのようにしか見えない気がする。
本来ならラフな格好で出歩くこともできるが、「仕事がある」という建前から、総治郎はいつもスーツを着て出ていく。
それがまた、人から見たらみっともなく見えるのではないかと感じて、総治郎は落ち着かなかった。
──この生活、あと何年続くんだろう…
重たい体を引きずるように、総治郎はベッドから下りた。
直生と会話はせいぜい、朝の挨拶と帰りの挨拶くらいしかしない。
直生は律儀なのか、総治郎がどんなに遅く帰ってきても、必ず起きてきては玄関までやって来て、「おかえりなさい」と告げてくる。
総治郎が「無理して起きなくてもいい」と何度言ってもやめない。
直生が起きてくるそのたびに、総治郎は直生を部屋まで連れ戻した。
直生には自室を与えていて、ときどき部屋の様子を見てはみるものの、物が増えた様子は見当たらない。
──いったい、何を買っているんだろう
さすがに何も買ってないなんてことはないだろうと、少々気にはなったものの、金は好きに使わせようと決めた手前、詮索するのは野暮に思えた。
午前7時半。
コンコン、と部屋のドアを軽くノックする音が聞こえた。
「…うん」
寝ぼけ眼を擦りながら、総治郎は上体を起こした。
「総治郎さん、おはようございます」
直生がゆっくりとドアを開ける。
すでに、髪は整えられていて、着替えも終わっている。
「ああ…おはよう」
総治郎は軽く伸びをして、直生に挨拶を返した。
直生は毎朝、総治郎より先に起きてきて、朝の挨拶をしてくる。
「総治郎さん、朝食どうしましょう?召し上がりますか?」
そして、直生は毎朝こんなことを聞いてくる。
「……いや、今日もどこかの店で何か買って、食べてから仕事に行くから…」
そして、総治郎は毎朝こんな返事をする。
「そうですか」
「ああ、だから、寝てなさい。早起きなんか、しなくてもいいんだぞ?」
「ええ…わかりました」
ドアがゆっくり閉じられて、直生が廊下を歩く後が聞こえてきた。
それもどんどん小さくなって、少し向こうでドアの閉まる音が音がした。
おそらく、自室に戻っていったのだろう。
──起きるか…
本当は昼くらいまで寝ていたかったが、働いていないことを直生には言っていないので、建前としては嫌でも起きて家を出ていかざるを得ない。
直生のことを嫌っているわけではないが、日中ずっと一緒にいるのだけは避けたかった。
だから、一応は働いているという体をとっている。
──まるで、リストラされたサラリーマンだな
いつか見たテレビに出てきた、仕事を辞めたことを家族に言えず、昼間の公園で過ごしているというサラリーマンを思い出す。
実を言うと、総治郎もときどき、昼間の公園で過ごすことが多々あった。
朝早くから家を出たところで、開いている喫茶店やレストランなどない。
だから午前中は、近辺にあるコンビニで買ったものを車の中で食べて、劇場や美術館、博物館が開くまで、公園や車の中で読書なんかして過ごす。
その間はほんの少しではあるけれど、やはり人目が気になる。
職にもよるだろうが、午前9時を越えて外で時間を潰しているスーツ姿の中年男など、失職したか、仕事をサボっているサラリーマンのようにしか見えない気がする。
本来ならラフな格好で出歩くこともできるが、「仕事がある」という建前から、総治郎はいつもスーツを着て出ていく。
それがまた、人から見たらみっともなく見えるのではないかと感じて、総治郎は落ち着かなかった。
──この生活、あと何年続くんだろう…
重たい体を引きずるように、総治郎はベッドから下りた。
0
あなたにおすすめの小説
黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~
ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。
転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。
朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。
生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。
どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。
忙しい大人の甘いオフィスラブ。
フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる