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定食屋
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総治郎の行きつけの定食屋までは、自宅から車で20分程度。
最寄り駅周辺とはかなり離れた場所に位置しており、店の周辺はオフィスビルがいくつも建ち並ぶような立地条件にあった。
つまりその店は、近辺のオフィスビルで働くビジネスマンたちのためにあるような店なのだ。
かくいう総治郎も、若いころはよくこの店の世話になった。
ここには、今でも気が向くと行くのだけど、まさかこんな形で、この店に向かうとは思っていなかった。
今までは大成と2人で行くか、それでなければひとりで食べに来ていたのだ。
「着いたぞ」
店の近くにあるコインパーキングにセダンを停めると、総治郎はシートベルトを外した。
続けて直生もシートベルトを外すと、2人同時にセダンを降りた。
「あそこだ。あの白い建物」
総治郎は、約10メートルくらい先にある小さな店を指差した。
漆喰造りの質素な佇まい、と言えば聞こえはいいのだけど、どこからどう見ても見事なボロ屋だ。
平面の屋根に、銀フレームの薄いガラス戸、そのガラス戸には、古びた赤い暖簾が垂れ下がっている。
白い漆喰の壁はほんのり黒ずんでいるし、長いこと陽に当たり続けたガラス戸は、経年劣化して黄ばんでいる。
銀フレームはところどころにキズが走り、一部が錆びている。
どこにでもあるような庶民的でかつ、古い定食屋だ。
人によっては、風情があって良いと言うのだろう。
総治郎がそうだ。
しかし、直生はどう思うのだろうか。
温室育ちでかつ、老舗料亭の息子として生きてきた彼に、この店は合わないのではないか。
直生の若い感性で見ると、「汚くて古くて入りがたい店」という認識になるのではないか。
「きみ、こういうところには入ったことはあるのか?」
おそるおそる確認してみる。
「え?ないですけれど…」
「そうか。どうだ?気に入らなかったら、別の店にしても…」
「え?どうして?せっかく来たんですから、ほら、早く入りましょうよ!」
直生が手を握ってきた。
この店に入るのは、別に嫌ではないらしい。
「ああ、わかった」
直生の手を引いて、総治郎はガラス戸を開けた。
何十年も開閉を繰り返して陽に当たり続けたガラス戸は、キシキシと軋みながら客を店内に招き入れた。
「いらっしゃいましー」
定食屋の主人の、独特な挨拶が飛んでくる。
ここの主人はいつも「いらっしゃいませ」ではなく「いらっしゃいまし」と言うのだ。
「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
従業員の中年女性が、そばのテーブル席に案内してくれた。
店内には中年の主人と、もうひとりの若い男性従業員と、サラリーマンらしき3~4人ほどの男性客がいる。
「何が食べたい?」
総治郎は、先ほどの女性従業員が置いてくれたお冷やを口にした。
「何があるんでしょう?」
直生がテーブル端に置いてあったメニューを開いた。
「まあ、いろいろだな。魚もあるし、肉や揚げ物もあるぞ」
総治郎は食べたいものがだいたい決まっているので、楽しそうにメニューをめくる直生を、ただただ眺めていた。
普段はあまり意識していなかったが、こうして見ると、直生は間違いなく顔が整っている。
美人の母親の血が濃いのだろう。
──キレイな顔してるな
最寄り駅周辺とはかなり離れた場所に位置しており、店の周辺はオフィスビルがいくつも建ち並ぶような立地条件にあった。
つまりその店は、近辺のオフィスビルで働くビジネスマンたちのためにあるような店なのだ。
かくいう総治郎も、若いころはよくこの店の世話になった。
ここには、今でも気が向くと行くのだけど、まさかこんな形で、この店に向かうとは思っていなかった。
今までは大成と2人で行くか、それでなければひとりで食べに来ていたのだ。
「着いたぞ」
店の近くにあるコインパーキングにセダンを停めると、総治郎はシートベルトを外した。
続けて直生もシートベルトを外すと、2人同時にセダンを降りた。
「あそこだ。あの白い建物」
総治郎は、約10メートルくらい先にある小さな店を指差した。
漆喰造りの質素な佇まい、と言えば聞こえはいいのだけど、どこからどう見ても見事なボロ屋だ。
平面の屋根に、銀フレームの薄いガラス戸、そのガラス戸には、古びた赤い暖簾が垂れ下がっている。
白い漆喰の壁はほんのり黒ずんでいるし、長いこと陽に当たり続けたガラス戸は、経年劣化して黄ばんでいる。
銀フレームはところどころにキズが走り、一部が錆びている。
どこにでもあるような庶民的でかつ、古い定食屋だ。
人によっては、風情があって良いと言うのだろう。
総治郎がそうだ。
しかし、直生はどう思うのだろうか。
温室育ちでかつ、老舗料亭の息子として生きてきた彼に、この店は合わないのではないか。
直生の若い感性で見ると、「汚くて古くて入りがたい店」という認識になるのではないか。
「きみ、こういうところには入ったことはあるのか?」
おそるおそる確認してみる。
「え?ないですけれど…」
「そうか。どうだ?気に入らなかったら、別の店にしても…」
「え?どうして?せっかく来たんですから、ほら、早く入りましょうよ!」
直生が手を握ってきた。
この店に入るのは、別に嫌ではないらしい。
「ああ、わかった」
直生の手を引いて、総治郎はガラス戸を開けた。
何十年も開閉を繰り返して陽に当たり続けたガラス戸は、キシキシと軋みながら客を店内に招き入れた。
「いらっしゃいましー」
定食屋の主人の、独特な挨拶が飛んでくる。
ここの主人はいつも「いらっしゃいませ」ではなく「いらっしゃいまし」と言うのだ。
「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
従業員の中年女性が、そばのテーブル席に案内してくれた。
店内には中年の主人と、もうひとりの若い男性従業員と、サラリーマンらしき3~4人ほどの男性客がいる。
「何が食べたい?」
総治郎は、先ほどの女性従業員が置いてくれたお冷やを口にした。
「何があるんでしょう?」
直生がテーブル端に置いてあったメニューを開いた。
「まあ、いろいろだな。魚もあるし、肉や揚げ物もあるぞ」
総治郎は食べたいものがだいたい決まっているので、楽しそうにメニューをめくる直生を、ただただ眺めていた。
普段はあまり意識していなかったが、こうして見ると、直生は間違いなく顔が整っている。
美人の母親の血が濃いのだろう。
──キレイな顔してるな
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