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第3話

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「この屋敷に2階なんかあったかしら」
綺羅の記憶では平屋のはずである。
「そんなものどうにでもなる」
シアンは小馬鹿にしたように言う。
「そう、ありがとう」
確かにシアンならいくらでも屋敷を改造できるのである。
綺羅は客間と食堂でガツガツと食事をかき込む人々に部屋の案内をした。
「皆さんのお部屋を2階へ用意しました。お風呂もありますしベッドもあります。ご家族や友人同士で1部屋お使いください」
「よろしいのですか」
目の前にいた女性が両手を胸の前で合わせ、綺羅を拝むように見つめる。
「えぇ、構いません。どうぞ、身体を温めて疲れを取ってください」
綺羅は安心させるように笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
女性が言うと、あちらこちらから「ありがとうございます」という声が続いた。
廊下へ出ると望月が2階から降りて来た。
「シアンの言うとおり、遭難者に十分な部屋が用意できていました」
「ありがとう」
「綺羅様もお休みくださいませ」
「そんなわけにいかないわ。お客様より先に寝る主がどこにいるの?」
皆の喜ぶ顔を見て綺羅は自分がこの屋敷の主であることを自覚したのである。
「・・・・・・。そうです。綺羅様のおっしゃる通りです」
さすがの望月も大人しく引き下がり、侍女にあれこれ指示を始めた。
「お姫さんは、本当にお姫様なのだな」
シアンは皮肉めいた顔をした。
「失礼ね。これでも元王女よ」
「そうだったな」
思い返せばシアンの前での綺羅は、中途半端な龍使いで乳母に怒られているダメ淑女で、王女らしい姿を見せたことがない。
「それにしても、よく私が望んでいることが分かったわね。部屋の用意まで頼んでいないのに」
「お姫さんの考えていることぐらいわかる」
「助かったわ」
ニコリと笑って見せるが、シアンの顔はピクリとも動かない。
「遭難者が皆、部屋へ入ったらお姫さんも寝た方がいい。後は、俺に任せろ」
「えぇ、寝ずの番は任せるわ」
今までにない状況に綺羅の神経は高ぶりとても眠れそうにないが、明日以降のことを考えれば身体を休めた方が良い。
「・・・・・・」
シアンは返事をしなかったが、綺羅にはシアンが了承していることが分かった。
綺羅は、最後の遭難者を部屋へ案内した後、寝室に入ったがやはり眠れなかった。


翌朝は昨晩の吹雪が嘘のような快晴だった。
しかし、綺羅は寝不足で窓から入る光が眩しい。
遭難者にも朝食を用意しなければいけない。綺羅は侍女を呼ぶとすぐに指示を出す。
侍女によるとすでに半数の人が起きて、出発の準備を始めているという。
「もう、出発するの?どこに行くのかしら」
「ケンタウルスの山だそうです」
望月が入って来るなり答えた。
「ケンタウルスの山?そこって雪崩が起きそうになった山よ。危ないわ」
青龍と赤龍が止めたと言っていたが今日の快晴だと、気温の上昇で雪崩が起きるかも知れない。
「望月。雪崩の危険性があると言って皆を止めて。私の龍に山の状況を調べさせるわ」
「承知しました」
「それから、朝食ができたら起きている人達から順に食堂へ案内して」
「はい。綺羅様の分はこちらへ用意しましょう」
「えぇ。お願い」
望月は丁寧にお辞儀をすると侍女を連れて綺羅の部屋を出た。
「青龍と赤龍出ておいで」
綺羅が声をかけると六角柱のピアスから青龍と赤龍が出て来た。
『ケンタウルスの山に行く』
『雪崩止める』
出て来るなり2匹同時に話し始めた。
「そう。お願いね」
『わかった』
『任せて』
2匹の龍は口々に言うとスッと消えて行った。
龍達が消えた後を見つめながら綺羅は考える。
それにしてもケンタウルスの山になんの用事があるのだろう。
ケンタウルスの山は、綺羅達が隠れている切り立った岩山を下り、パーピーの森を抜けた先にある山である。
ケンタウルスの山と言う名の通り、ケンタウルス族が住んでいる山だ。
ケンタウルス族は女と酒が好きでケンカ好きで有名なため、人間は近づかない。
だが、遭難者達は吹雪の中、食料を背負ってケンタウルスの山を目指しているらしい。
しかも、この隠れ家から向かうとなれば、必ずパーピーの森を通らなければならない。
パーピーは人面鳥である。多くが女の顔をしてギャアギャアと五月蠅く鳴き、生肉を好物とする。弱いモノ、つまり人間をイジメるのが大好きなのである。
そこに、生肉をはじめとした食料を背負った人間達が通れば、どうなってしまうのか・・・・・・。
綺羅は食事を終えると望月を呼んだ。
「遭難者達から詳しい事情を聞きたいわ。彼らを取りまとめている人を何人か客間へ呼んで」
「承知しました」
望月は王女らしい綺羅の意見と態度に満足して部屋を辞した。

綺羅が客間へ入ると年配の男性と、その娘が居た。
「この度は助けていただいたうえ、このようにもてなしていただきありがとうございます」
男性は深々と頭を下げた。だが、娘はツンとそっぽを向いたままだ。
「いいえ。遭難しかけている方を助けるのは当然ですわ」
綺羅は立ったまま頭を下げる男性と、そっぽを向いている娘に座るように命じ、自らも座る。
「単刀直入に伺います。なぜ、ケンタウルスの山へ向かっているのですか」
綺羅が真っ直ぐに男性を見つめると、男性は目を逸らして口籠もる。
綺羅は娘に視線を移す。すると、娘は綺羅を睨み付けて口を開いた。
「兄がケンタウルスにされたからよ。兄だけじゃない。私の親友はパーピーにされて、あの森に居るわ」
顔を真っ赤にして怒りをぶつける娘を男性が「これ。やめなさい」と制する。
「え・・・・・・」
思わぬ答えに綺羅は思わず部屋の隅にいる望月に視線を送る。望月も驚いた顔をしていた。
「貴方、龍使いとか言って何も知らないのね。私達の村に妖魔が現れて男はケンタウルスに女はパーピーにして遊んで去って行ったのよ」
「それはいつの頃ですか」
綺羅は前のめりになって聞く。
「もう3年も前のことよ。それから、私達は家族がケンタウルスやパーピーにされたまま、餓え死にしないように食料を運んでいるのよ」
そう話す娘はガリガリに痩せており、娘の腕は綺羅の半分しかない。男性も頬骨が見えている。
「貴方達のことをもっと教えて。もちろん、その妖魔のことも」
「貴方に何ができるの?」
「わからない。でも、話を聞いたら、何かできることがあるかも知れない。お願い」
綺羅は誠心誠意、男性と娘に向き合う。
すると、戸惑いを隠せないまま男性が自分たちの村について話し始めた。
男性達はシャラ街の南の外れにある村に開拓農民として暮らしていた。
未開の地を耕し、作物を植えてる。だが、収穫量は僅かしかない。そこで、鶏やウサギを飼い、海に出て魚や貝を取り、山に入って鹿やイノシシを捕まえて暮らしていた。
僅かな収穫物をバカンスで来た貴族達に売り、残りを氷室に保管して冬場に備える。それが、この村の暮らしである。
だが、一昨年の異常気象で収穫がなくなった。さらに、山や森でも木の実が取れず村人達は飢餓に苦しんでいた。
思い余った村長がシャラ街の領主に訴えたが相手にされず、さらに帝都へ向かい皇帝陛下に直訴しようとしたが、聞き入れて貰えなかった。
「まさか。皇帝陛下が・・・・・・」
綺羅が唖然とすると娘が小馬鹿にしたように鼻を鳴らした
「皇帝がお優しい方だったら、未開の地を開拓している私達に手当てや援助ぐらいしてくれるわ。でも、皇帝は貧乏人になんか興味がないのよ」
綺羅が望月から聞いていた皇帝陛下は一般市民の声に耳を傾け、弱者に優しく悪には敢然と立ち向かう人だった。綺羅が胸に抱く皇帝陛下の印象も、望月から聞いたままだった。
だからといって目の前にいる男性と娘が嘘をついているとは思えない。
「飢餓で亡くなった人はいたの?」
「えぇ、年寄りが多く亡くなりました。ですが、その翌年はなんとか収穫ができました。安心したのも束の間、妖魔が現れたのです」
妖魔は紺碧の色彩を纏う男性だったという。
村が貧乏なことを馬鹿にしながら、働き手の若い男や娘達をケンタウルスやパーピーに変えて消えて行ったのだとという。
「妖魔というより、村を潰しに来た死神です」
男性はテーブルの上で拳を作り、強く握りしめる。
「妖魔が来た時だって領主の所にも帝都にも行ったけど誰も相手にしてくれなかった。貴方もそうなんでしょ。龍使いだって金のない人間からの依頼は受けないって聞いたわ」
娘の言葉に綺羅は心を痛める。
龍使いは国からの依頼で動く。個人からの依頼は受け付けていない。それは、龍宮国に人材や金銭を投資してもらっているからである。
裏を返せば利害関係のない個人や団体からの依頼は受け付けないのだ。
だが、今の綺羅は龍宮国とは関係はない。
「私は貴方達の依頼を受けるわ」
「嘘」
「本当よ。だから、ケンタウルスやパーピーにされた人達のことを教えて。具体的にどこに行けば会えるの?」
視界の隅で望月が慌てふためいているが、綺羅は無視した。
「本当に力になってくれるの?」
娘は半信半疑のようだ。
「えぇ。だから、教えて」
綺羅は身を乗り出すと、娘の両手を取った。
娘は手の甲にある紋章をじっと見つめる。綺羅の紋章が日の光を浴びて金色に輝く。
「わかった。貴方を信じる」
「ありがとう」
「だいたいの場所はわかる。だけど、兄達は出て来ない」
娘は唇を強く噛んで俯く。
「え?」
綺羅は思わず男性を見つめる。
「あの妖魔は、彼らが人間だった頃の記憶を残したままケンタウルスやパーピーに変えたのです。ですから、彼らは醜い姿を恥じて私達の前に姿を見せません」
苦しそうに男性は言った。
「そんなのひどい・・・・・・」
綺羅はテーブルをバンッと両手で叩きつけて立ち上がった。

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