恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

21 テリトリー・2

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「…………」


駄目だ。質問した時のシラフの雅の反応が想像もつかないし、誘った後もどうすればいいのかわからない。
まあ……どうにでもなるのかもしれないけど。


「雅もひとり暮らししてるの?」

「……んー……ううん。実家だよ」


なんとなく、この答えには納得した。
雅は見るからに温かい家庭で育っていそうだ。
こんな遅い時間に息子が外出していて、親は訝しがらないんだろうか。
大学生にもなれば、息子がどこで何してても干渉しないんだろうか。
家族のイメージが私には無いから、よくわからないけど。


「ご両親と、兄弟はいるの?」

「うん。兄がひとりいるよ」


へえ、これも初耳。
お兄さんも雅に似て可愛いのだろうか。
相変わらず、私は雅の知らないことが結構ある。
ミナのこともそうだったけど、雅は訊けば何でも教えてくれそうだけど。
恋人とは、どこまでお互いのことを知り合うものなんだろう。


「美亜は?」


ひと通り訊いてから後悔した。
今の会話でこの質問が出るのは妥当な展開だ。
それが嫌でこの手の話題を出すことを敬遠してきたのに。
すっかり気を緩めていた。
びゅっ、とひと際強い風が吹いて、私は体を強張らせて手を擦った。


「……兄弟はいない。父は再婚してからずっと会っていない。家族は母だけ」


私が素っ気なくそう答えると、雅はポツリと呟いた。


「じゃあ、お母さん……美亜と離れてきっと寂しいね」


夢か、私が最後に見た母の姿だったのかはわからないけど。
母が部屋の片隅でひとりぼっちで屈みこんでいる姿が浮かぶ。


「……そう……かもしれないわね……」


そうだとしても、傍に居てあげたくても私では無理だ。
寂しかったとしても、傷を癒すことができるのは私ではない。


「……俺、美亜のお母さんに挨拶した方がいいかなぁ……」

「は?」


唐突な雅の提案に、思わず変な声が出た。


「だってさ、ひとり娘が離れて暮らしてて……お母さん、心配してるんじゃない? 変な男に騙されてないかとかさ」

「…………」

「お母さんがいつか美亜のアパートに来て鉢会ったりしちゃう前に……」

「それはないよ。母は、私が住んでる場所を知らないから」


知らないわけじゃ、ないんだろうけど。
同じことだろう。


「アパートにくることは絶対ないから。大丈夫」

「えぇ!? 住んでる場所も教えてないんじゃ……駄目だよ。ああいうとこ住んでるって知られたら危ないって……怒られちゃうよ?」

「2年近くあそこに住んでたのよ? 今さら怒られないわよ。もうそういうことは自立してたって……良いんじゃない? 成人してるんだし」


雅の顔が険しくなる。


「そういう……問題なのかなぁ……」


本当はあんまり……考えたくない。その辺は。
雅は、知らないから。
私と母の関係を知らないから。


「母は私のすることに干渉しないから。でもちゃんと仕送りはしてくれるよ」

「……お金、大変?」

「まぁ、それなりにはね」

「どうしてもずっとあそこに住んでいなくちゃいけないの?」


おずおずと、言いづらそうに尋ねてくる。


「あそこ、もしかしてお風呂とトイレ共用? 男の人ってどのくらい住んでるの?」

「お風呂とトイレくらいちゃんとあるわよ。不自然な感じで……後付けだけどシャワーもあるし、必要最低限のリノベーションはされてるの。隣は空き部屋で、下の階におじいさんが住んでる」


おじいさん……おじいさんか……でも、おじいさんも男だし……。

ブツクサ横でなんか言ってる。
よっぽど心配してくれてるんだな。
こういう女を彼女にすると彼氏は、大変なんだな……なんて、他人事のように思う。


彼氏、か。


ふと、この人はどうして自分なんかと付き合っているのか考える。
こんな夜中に、どうして私のために一緒に歩いてくれるんだろう。

罪悪感?
贖罪だとしたら、それならもう果たせたと思う。
充分すぎるくらい、雅の彼女として幸せな気持ちを貰った気がする。

寂しさ?
だけど雅はいつの間にか、ミナに失恋したショックを乗り越えている。
元々ポジティブな性格だし、きっかけさえあればきっと立ち直れた。
もう大丈夫なんだろう。


そうか。と、漠然と思う。


雅はいつでも、私の傍からいなくなってもおかしくないんだなぁ、と。
夜空にぽっかり浮かぶ月を眺めながら、いつまでこんな日が続くのかしら、と思う。
月明かりに照らされた、むつかしい雅の横顔を見ながら、勿体ないなぁ、と思う。
優しくて可愛い雅は、きっと私じゃなくてもまた幸せな恋愛ができる。
好きな人を大切にして、いつかおんなじように愛情を返してもらえる。
私なんかに世話を焼いている時間が勿体ない。

ありがとう、と思う気持ちと同時に、もういいよ、と思う気持ちが交差する。
私はこの人に、頬を、手を冷たくしながら、待っていてもらう価値のある人間だろうか。
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