恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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2章 あなたと共に過ごす日々

20 美亜の母 有美子の独白・3

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私は体をテーブルから起こし、深くため息をついた。
少し、ウトウトしていたようだ。
昔のことを思い出していた。
どこまでが夢で、どこからが過去の記憶だったのか曖昧だったけど、幼い美亜の顔を何年かぶりに思い出した。

私と美亜との関係は、美亜がこの家を離れても、成人しても変わることはなかった。
仕送りをすれば毎月欠かさずに電話をかけてくる。
遠慮がちに、つかず離れずの距離で、私との繋がりを求めてくる。

一生そんな関係が続いていく、そんな気がしていたけれど、そうではなかった。
今月は20日を過ぎても美亜からの電話はなく、代わりに少し遅れて引っ越し報告がきた。
さっきの電話がそうだ。

私とあの子の間に変化が訪れる日を、想像しなかった訳じゃない。
だけど、やっぱり内心はショックだったみたいだ。

美亜は同じ大学の男の子と一緒に暮らしている。
今までずっとひとり暮らしをさせてきたこと、危険な目に遭わせたという負い目はあるけど、本当は同棲なんて許したくなかった。
彼は美亜のことを守ると言うけど、それは親である私の義務だ。
あなたは大学生で、まだ自分の力では生きていくことができない子供で、何をどう守るの? 口先だけでしょう?
学生同士の同棲なんて自堕落なだけだ。
親のお金でふたりで暮らすだなんて信じられない神経をしている。
節操も責任感も無い、ただのおままごとなのに――。

2人の前に立った時、一瞬頭に血が昇った。
でも、それを口にすることはできなかった。
雅さんの陰で、私の激昂に怯えて小さくなっている美亜を見た。

心細そうに、昔からそんな風に。
ずっとひとりで私の帰りを待っていた。
私が家にいたって、ちっとも優しくしてもらえず、いつだって突き放されて可哀想だった。

家に帰ってもひとりじゃない安心感。
ささやかな話を聞いてくれる人。
誰かと一緒に食べるご飯。
安心して眠れる腕の中。

その全てが、あの子にとって欲しくて堪らないものだったことを知っている。
本当は私が与えてあげられなければいけなかった。
どうにもならない感情とは裏腹に、私は最低の母親で、犠牲になった美亜は可哀想な子供だったって理解している。

私は何をしているんだろう。
鬼のような形相で手を上げて、娘からささやかな満足や幸せを奪ってきた。
きっと、今も。

私の存在は、この子にとって一体何なのだろう。
そう思った時、体からするすると力が抜けていく気がした。

私にできないことならば――。


『……美亜のこと、宜しくお願いします』


気が付けば、私は彼に頭を下げていた。

誰か、教えて欲しい。
私の判断は間違っていただろうか。

だけど今日の美亜は今までにないくらい明るかった。
本来のあの子はこんな風に話す子だったのかもしれない。
美亜の心は今確かに、雅さんに守られている。

私を忘れてしまうこと。
美亜はそれに罪悪感を持っているけど、自分のことを最優先に考えるのは自然なことだ。
あの子の世界はこれから先も広がっていく。
就職の話をしに帰ると言った美亜の、すぐ近くまできている未来を思った。
そんな風に美亜は、就職して、結婚して、私から遠い所へ行くのだろう。
今まで他人事のように思っていた当たり前のことが、急に現実味を帯びて感じた。
「おかあさん、おかあさん」と私を求めていたのも、全て遠い記憶になるのだ。
嬉しい、やっと解放される。そんな感情は沸かなかった。
私はこれから本当に、独りになるんだろう。

和馬さんは私と美亜には会いに来ない。
会うことで私が狂うのが怖いのかもしれない。
美亜も私に気を使っているのか、和馬さんと暗黙の了解でもあるのか、会おうとはしない。
それでも、和馬さんから美亜の養育費はずっと振り込まれている。
別れる時に、美亜が社会に出るまでは続けるのだと言われた。
毎月20日までに振り込まれる養育費の一部と、私のお金を足して、美亜の口座に振り込む。
私と和馬さんを繋ぐ最後の絆はこれだけになってしまった。
あの人も、美亜のことだけは気になるんだ。

羨ましい。
綺麗に生まれて、愛されている娘が。
母として喜ぶべきことなのに。
幸せなこと、なんだろうに。
美亜の幸せを喜んであげられない醜い自分が悲しい。

いつだってそう。
何の痛みも感じなければ、もっと楽だったのかもしれないのに。

良い妻でいられなかったこと。
良い母でいられなかったこと。
後悔している。
自分が身勝手で自業自得なことをしてきたことは頭でちゃんと理解している。


「苦しい……」


声に出したら、ドスンとお腹に黒い気持ちが落ちてきた。
ほろほろと何年かぶりに涙が出てきて、自分がまだ人間でいられたことにホッとする。


「寂しいよ……和馬さん……」


愛されたい。
愛されたい。

ひとりは寂しい。


私は、寂しい。
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