その手で強く、抱きしめて

夏目萌

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プロローグ

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(何なの? コイツ、頭おかしいんじゃない?)

 明らかに話の通じない直倫にどうしたものかと途方に暮れる。

「……とにかく、私は貴方とヨリを戻すつもりは無いから! こういう風に待ち伏せも迷惑だから、二度としないで!」
「あ、おいっ! 綺咲!」

 話が通じない以上何度話しても時間の無駄だと思った私は周りにも聞こえるように大きな声を上げてハッキリ言い放つと、流石の直倫も言い返せなかったのか私がその場から立ち去るのを追い掛けては来なかった。

 それから特に連絡も無かった事、友達に聞いてもSNSも音沙汰が無くなり何も言わなくなった事から分かってくれたのだと安堵する。

(良かった……これでひと安心だね)

 平穏な日常が戻り、気付けば直倫との再会から約ひと月が経っていた、その頃――再び悪夢は始まった。

「……何、これ……」

 とある休日の夜、朝から出掛けて帰って来た私がアパートの集合受け箱から郵便物を取り出していると、ダイレクトメールやチラシに混じって一通の封筒が入っている事に気づく。

 白い封筒には名前しか書いておらず、住所も書いていなければ切手も貼っていない。

 要するに直接ポストに入れたという事を意味しているその手紙。

 気味の悪いその封筒を開けるか迷ったものの、捨てる訳にもいかないのでひとまずその場で封を切ってみると中には便箋が一枚入っていて、そこには直倫の連絡先と、《いい加減連絡取れるようにしろよ。優しいから俺の連絡先を書いておいてやる。これを登録して連絡取れるようにしなきゃ、今度は直接会いに行くからな》という文章が記されていた。

 この手紙を無視する事も捨てる事も出来るけれど、脅しに近い文章を見ると怖くて逆らう事が出来なくなり、部屋に戻った私は渋々ながら書かれていた連絡先を登録して着信出来るように設定し直した。

 それからというもの、直倫は毎日電話とメッセージを欠かさずするようになった。

 会いに来られるのは嫌だから連絡を取れるようにしただけなのに、何を勘違いしたのか直倫の思い込みはますますエスカレートするばかりだった。

 これが、今一番悩まされている原因。

 毎朝メッセージが送られて来て、それに返信しないとすぐに電話が掛かってくるし、朝や帰りの電車も毎日ではないにしても、合わせられる日は必ず時間を合わせて同じ車両に乗ってくる。

 連絡が取れているからか、話し掛けては来ないけど、監視されているみたいで鬱になる。

 話し掛けてもまたこの前みたいに断られると分かっているからだと思うけれど、それが分かっているならこんな風に私に固執し続けたところで時間の無駄だと何故気付かないのか、それが不思議で仕方無かった。


「……おはよう……」
「おはよう綺咲、朝からお疲れ」

 職場の更衣室に着いた私は隣に居た同僚のさくら 藍華あいかに挨拶をすると、疲れの原因を知っているからか心配そうな表情を浮かべながら労いの言葉を掛けてくれた。

「今日も居たの?」
「うん。向かいの席に座ってきた……」
「うげぇ……マジでキモいじゃん。警察には相談したの?」
「したけど、あの手紙だけじゃ脅迫とも言えないし、連絡が来たり同じ電車に乗り合わせたくらいじゃ実害が無いから対処のしようが無いって言われただけ」
「いやいや、十分被害受けてるじゃんね。ってか何かあってからじゃ遅いから相談してんのに意味分からない」
「本当にね……」

 藍華の言葉に頷きながら仕事着に着替えた私は、バイブ音が聞こえてきたスマホを嫌な予感に包まれながら手に取った。
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