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Wセンター 編
私たちの先輩
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マネ「それじゃさくちゃん、この部屋でこのまま待っててね。もうすぐあの子も来ると思うから」
2024年1月の半ば。
35枚目シングルの選抜発表が収録された2日後。
私は、乃木坂駅から近い会社の一室で、マネージャーさん同席のもと雑誌の取材を終えたところだった。
まだお昼過ぎだけど、今日のお仕事はこれで終わり。
でも、私はまだ緊張していた。というか、お仕事以上に緊張してるかもしれない。
その理由は……
「あ、さくちゃーん!おつかれさま!ごめんね、急に時間作ってもらっちゃって」
「いえ!全然、大丈夫です。あの、私よりも…」
「あ、私?ぜんぜん平気。今日は卒コンの打ち合わせでちょうど会社来てたし」
この先輩が部屋へ入ってきただけで、場の空気が変わる。明るくて、華やかになる。そんな場面をこれまで何度も見てきた。
かっきーが、グループに加入する前からずっと憧れている人で。
グループ外での個人のお仕事も多いから、きっとグループで一、二を争うほど忙しくて。
それなのに、みんなの前ではいつも笑顔を絶やさなくて。
次のシングルでの卒業が決まっている、3期生の美月さん。
私と美月さんが時間を決めて2人だけで会うなんて、今日が初めてかもしれない。
昨日突然連絡をもらい、お仕事のあとこうして会社で会うことになった。
「それでね、お話したかったのはかっきーのことなんだけど……さくちゃん、どう思う?」
「…………えっ?」
私の正面のソファに座るやいなや、あまりに単刀直入に質問されて固まってしまう。
そこから美月さんが続けてくれた話で、私は3つの事実を知った。
まず、美月さんが先日の選抜発表で卒業を発表したあと、かっきーと2人で話をしたこと。
そして、卒業を知った悲しみもあって思い悩んでいたかっきーに、これからもグループで活動していけそうか美月さんが訊いてみたこと。
そして。
かっきーが、その答えに詰まってしまったこと……
「もちろん、かっきーがアイドルをいつまで続けるかは、かっきー自身が決めることなんだけどさ」
「それはたしかに……そう、ですね」
「でも、もしかっきーが一時的に弱ってて、後ろ向きな気持ちのまま決断をしようとしてるんだったら…
何かちょっとしたきっかけで、また前を向けるんだったら…
私に、何か出来ないのかなって」
かっきー本人の意志を尊重したい。
でも、自分を慕ってくれている後輩の力にもなりたい。
きっと、どちらもこの人の本心なんだろう。
だからこそ、迷っているのだ。
「あの、美月さん……少しだけ、待ってもらえませんか?かっきーのこと」
「待つ?」
「はい。かっきー、34枚目の選抜発表のときに言ってたんです。『先輩たちにグループを任せてもらえるようになりたい』って。だから、きっと…少し時間はかかるかもしれないけど、自分で答えを出すんじゃないか、って……」
こんなこと、私が勝手に決め付けていいんだろうか。
かっきーは、美月さんからの励ましを待っているのかもしれないのに。それだけで、また前を向けるかもしれないのに。
それでも。
いつまでも先輩に甘えてばっかりじゃいられない。その気持ちは、きっとかっきーも同じはず。34thシングルでかっきーとダブルセンターを経験した私は、不思議な確信があった。
その確信があったから、驚くほど自然に言葉が出てきた。
「そっか…うん……そうだね……分かった。さくちゃん、ありがとね。私さ、かわいい後輩にはついついおせっかいしたくなっちゃって」
「そんな、おせっかいだなんて……かっきーもそうだし、私たち後輩メンバーはみんな美月さんの明るさと優しさに救われてますよ」
「ふふ、ありがとね。でも、時には陰からそっと見守るのも大事だよね。いま思えば、飛鳥さんとかそういうのさりげなくやってくれてたのかなぁ…」
今やグループでいちばん上の期になった、3期生の先輩。
その先輩たちが、さらに先輩の1~2期生を思い出す時にだけ見せる、懐かしさと寂しさの混じった表情。
この表情が、私は好きだ。
思い出に浸りかけた美月さんだったけど、すぐ現実に返ってきてくれた。
結局、私たちが出した結論は、
・かっきーのことはいったん見守る
・なにか分かれば連絡を取り合う
この二点だ。
「私も、いつも以上にかっきーのこと、気にしておきますね」
「うん、ありがとう。さくちゃんがそう言ってくれるなら、私も安心だよ。あっ、でも……」
ぽん、ぽん…
「えっ…?」
美月さんの手が私の頭に優しく置かれた。まるで、娘をあやす母親のように。
(あれ…?なんだろう……この懐かしい感じ)
「さくちゃん…『かっきーのことは同期の自分が支えなきゃ!』なんて、変に気負っちゃだめだよ?」
覗き込むように、美月さんの大きな瞳が私の目をまっすぐ見つめてくる。目力という文字通り、強い力で押されたような錯覚を覚えて動揺してしまう。
「え、いや、あの…」
「あっ、ごめん!こういうスキンシップ、嫌だった…?」
「いや、そうじゃなくて……今の、なんだか、、飛鳥さんみたいだな、って……」
そう。
さっき感じた、胸にふわっと温もりが広がるような懐かしさの正体は、これだった。
「え、ほんと?いやー、そうかー、ついに私の先輩力も飛鳥さんレベルに……って、そんなわけないから!『山、調子に乗んなよ』って叱られちゃう!」
ちょっとドライな言い方の声真似が飛鳥さんに似ていて、思わず吹き出してしまう。それを見て美月さんも笑ってくれた。
「でも、ほんとにね。さくちゃん一人でかっきーを支えようなんて考えないようにね。うちら先輩だってスタッフさんだっているし、同期のみんなだっているんだから」
「はい、ありがとうございます」
美月さんが時計を気にし始めたので、卒コンの打ち合わせがそろそろ始まるんだろう。
最後に、一つだけ気になっていたことを訊いてみた。
「あの、美月さん…どうして、私にかっきーの話をしてくれたんですか?かっきーと仲良しの子だったら、柚菜とかまゆたんとか、それに奈於ちゃんとかも…」
美月さんは、私とかっきーの本当の関係をまだ知らないはず。かっきーから美月さんへ、私と付き合っていることを報告したなんて話も聞いてないし。
「うーん……なんとなくだけど、さ。かっきーって、さくちゃんにしか見せない一面を持ってるような気がするんだよね。加入してから二人ともずっと選抜で、一緒にいる時間が長いっていうのもあると思うけど。いつ頃からだったか、二人の関係がもっと特別な感じに見えてきて。それでかな?」
「そ、そうですか……あ、すみません、引き止めちゃって。そろそろ打ち合わせのお時間ですよね」
いつものように気さくに挨拶を残し、美月さんは部屋を出ていった。
一人で部屋に残された私は、美月さんの最後の言葉を思い出していた。
(飛鳥さんも、私とかっきーの関係の変化に薄々気付いていたけど……もしかしたら美月さんもそうなのかも…)
だとしたら、美月さんも飛鳥さんと同じくらい、後輩をちゃんと見ててくれる先輩だ。
本人に伝えても、さっきみたいに絶対謙遜すると思うけど。
(あぁ…本当に素敵な人たちだな、私たちの先輩は……)
私も、あんな先輩たちに近づきたい。
その人を思うだけで、憧れと感謝と誇らしさで胸がいっぱいになりそうになる、あんな先輩たちに。
だからこそ、やっぱりここは先輩に頼ってばかりじゃいられない。
美月さんからは「一人で気負わないように」って言われたばっかりだけど。
それでも、私にしか出来ないことがもしあるなら……
決意を固めた私は、早速バックからスマホを取り出す。こういうことは早いほうが良い。
トークアプリを起動すると、かっきーへのメッセージを打ち始めた。
~続く~
2024年1月の半ば。
35枚目シングルの選抜発表が収録された2日後。
私は、乃木坂駅から近い会社の一室で、マネージャーさん同席のもと雑誌の取材を終えたところだった。
まだお昼過ぎだけど、今日のお仕事はこれで終わり。
でも、私はまだ緊張していた。というか、お仕事以上に緊張してるかもしれない。
その理由は……
「あ、さくちゃーん!おつかれさま!ごめんね、急に時間作ってもらっちゃって」
「いえ!全然、大丈夫です。あの、私よりも…」
「あ、私?ぜんぜん平気。今日は卒コンの打ち合わせでちょうど会社来てたし」
この先輩が部屋へ入ってきただけで、場の空気が変わる。明るくて、華やかになる。そんな場面をこれまで何度も見てきた。
かっきーが、グループに加入する前からずっと憧れている人で。
グループ外での個人のお仕事も多いから、きっとグループで一、二を争うほど忙しくて。
それなのに、みんなの前ではいつも笑顔を絶やさなくて。
次のシングルでの卒業が決まっている、3期生の美月さん。
私と美月さんが時間を決めて2人だけで会うなんて、今日が初めてかもしれない。
昨日突然連絡をもらい、お仕事のあとこうして会社で会うことになった。
「それでね、お話したかったのはかっきーのことなんだけど……さくちゃん、どう思う?」
「…………えっ?」
私の正面のソファに座るやいなや、あまりに単刀直入に質問されて固まってしまう。
そこから美月さんが続けてくれた話で、私は3つの事実を知った。
まず、美月さんが先日の選抜発表で卒業を発表したあと、かっきーと2人で話をしたこと。
そして、卒業を知った悲しみもあって思い悩んでいたかっきーに、これからもグループで活動していけそうか美月さんが訊いてみたこと。
そして。
かっきーが、その答えに詰まってしまったこと……
「もちろん、かっきーがアイドルをいつまで続けるかは、かっきー自身が決めることなんだけどさ」
「それはたしかに……そう、ですね」
「でも、もしかっきーが一時的に弱ってて、後ろ向きな気持ちのまま決断をしようとしてるんだったら…
何かちょっとしたきっかけで、また前を向けるんだったら…
私に、何か出来ないのかなって」
かっきー本人の意志を尊重したい。
でも、自分を慕ってくれている後輩の力にもなりたい。
きっと、どちらもこの人の本心なんだろう。
だからこそ、迷っているのだ。
「あの、美月さん……少しだけ、待ってもらえませんか?かっきーのこと」
「待つ?」
「はい。かっきー、34枚目の選抜発表のときに言ってたんです。『先輩たちにグループを任せてもらえるようになりたい』って。だから、きっと…少し時間はかかるかもしれないけど、自分で答えを出すんじゃないか、って……」
こんなこと、私が勝手に決め付けていいんだろうか。
かっきーは、美月さんからの励ましを待っているのかもしれないのに。それだけで、また前を向けるかもしれないのに。
それでも。
いつまでも先輩に甘えてばっかりじゃいられない。その気持ちは、きっとかっきーも同じはず。34thシングルでかっきーとダブルセンターを経験した私は、不思議な確信があった。
その確信があったから、驚くほど自然に言葉が出てきた。
「そっか…うん……そうだね……分かった。さくちゃん、ありがとね。私さ、かわいい後輩にはついついおせっかいしたくなっちゃって」
「そんな、おせっかいだなんて……かっきーもそうだし、私たち後輩メンバーはみんな美月さんの明るさと優しさに救われてますよ」
「ふふ、ありがとね。でも、時には陰からそっと見守るのも大事だよね。いま思えば、飛鳥さんとかそういうのさりげなくやってくれてたのかなぁ…」
今やグループでいちばん上の期になった、3期生の先輩。
その先輩たちが、さらに先輩の1~2期生を思い出す時にだけ見せる、懐かしさと寂しさの混じった表情。
この表情が、私は好きだ。
思い出に浸りかけた美月さんだったけど、すぐ現実に返ってきてくれた。
結局、私たちが出した結論は、
・かっきーのことはいったん見守る
・なにか分かれば連絡を取り合う
この二点だ。
「私も、いつも以上にかっきーのこと、気にしておきますね」
「うん、ありがとう。さくちゃんがそう言ってくれるなら、私も安心だよ。あっ、でも……」
ぽん、ぽん…
「えっ…?」
美月さんの手が私の頭に優しく置かれた。まるで、娘をあやす母親のように。
(あれ…?なんだろう……この懐かしい感じ)
「さくちゃん…『かっきーのことは同期の自分が支えなきゃ!』なんて、変に気負っちゃだめだよ?」
覗き込むように、美月さんの大きな瞳が私の目をまっすぐ見つめてくる。目力という文字通り、強い力で押されたような錯覚を覚えて動揺してしまう。
「え、いや、あの…」
「あっ、ごめん!こういうスキンシップ、嫌だった…?」
「いや、そうじゃなくて……今の、なんだか、、飛鳥さんみたいだな、って……」
そう。
さっき感じた、胸にふわっと温もりが広がるような懐かしさの正体は、これだった。
「え、ほんと?いやー、そうかー、ついに私の先輩力も飛鳥さんレベルに……って、そんなわけないから!『山、調子に乗んなよ』って叱られちゃう!」
ちょっとドライな言い方の声真似が飛鳥さんに似ていて、思わず吹き出してしまう。それを見て美月さんも笑ってくれた。
「でも、ほんとにね。さくちゃん一人でかっきーを支えようなんて考えないようにね。うちら先輩だってスタッフさんだっているし、同期のみんなだっているんだから」
「はい、ありがとうございます」
美月さんが時計を気にし始めたので、卒コンの打ち合わせがそろそろ始まるんだろう。
最後に、一つだけ気になっていたことを訊いてみた。
「あの、美月さん…どうして、私にかっきーの話をしてくれたんですか?かっきーと仲良しの子だったら、柚菜とかまゆたんとか、それに奈於ちゃんとかも…」
美月さんは、私とかっきーの本当の関係をまだ知らないはず。かっきーから美月さんへ、私と付き合っていることを報告したなんて話も聞いてないし。
「うーん……なんとなくだけど、さ。かっきーって、さくちゃんにしか見せない一面を持ってるような気がするんだよね。加入してから二人ともずっと選抜で、一緒にいる時間が長いっていうのもあると思うけど。いつ頃からだったか、二人の関係がもっと特別な感じに見えてきて。それでかな?」
「そ、そうですか……あ、すみません、引き止めちゃって。そろそろ打ち合わせのお時間ですよね」
いつものように気さくに挨拶を残し、美月さんは部屋を出ていった。
一人で部屋に残された私は、美月さんの最後の言葉を思い出していた。
(飛鳥さんも、私とかっきーの関係の変化に薄々気付いていたけど……もしかしたら美月さんもそうなのかも…)
だとしたら、美月さんも飛鳥さんと同じくらい、後輩をちゃんと見ててくれる先輩だ。
本人に伝えても、さっきみたいに絶対謙遜すると思うけど。
(あぁ…本当に素敵な人たちだな、私たちの先輩は……)
私も、あんな先輩たちに近づきたい。
その人を思うだけで、憧れと感謝と誇らしさで胸がいっぱいになりそうになる、あんな先輩たちに。
だからこそ、やっぱりここは先輩に頼ってばかりじゃいられない。
美月さんからは「一人で気負わないように」って言われたばっかりだけど。
それでも、私にしか出来ないことがもしあるなら……
決意を固めた私は、早速バックからスマホを取り出す。こういうことは早いほうが良い。
トークアプリを起動すると、かっきーへのメッセージを打ち始めた。
~続く~
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