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終局開幕最終章
やり直し革命譚 3
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「革命軍総長メンテ・エスペランサが捕縛された。」
「公開処刑されるらしい。」
「公開処刑は2週間後に行われる。」
その話はドラコニアにもすぐに届いた。
「トルペさん、どうかご協力を!メンテさんの奪還には多くの人手が必要です。私たちだけでは足りない、貴方が、先代のころから所属していた貴方が協力してくれれば、もっと軍に人が集まるはずです!」
「だから行かねえっつってんだろ!俺はもう革命軍を辞めた!所詮は先代だ。今更俺がでしゃばるところじゃねえだろ!」
「そんな……!」
自分の親くらいの年齢の大男が鬱陶しそうに手を払う。メンテに言われ向かったドラコニアにその男はいた。復興が少しずつ進むドラコニアは、思っていたよりもずっとましだった。もちろん、とても普通の街とは言えない。いまだ瓦礫はあちらこちらに積み上げられ、灰や煤に塗れた壁はかつてここで行われた戦いの凄惨さを物語っていた。だが聖地ドラコニアは少しずつ人が住めるような場所になりつつあった。
どこから来たのか、はたまた最初からいたのか、腰ほどの背丈しかない子供たちは笑顔で走り回っている。親はきっといないのだろう。けれど転がっては笑う彼らから憂いは感じられない。
それはこの街に来た大人たちが面倒を見ているからだろう。
「メンテさんは貴方を頼るようにおっしゃったんです。彼はこうなることを予想していた、そのうえで私たちにここへ来るように指示を出したんです。どうか……、革命軍に協力してくれとは言いません、ですがどうか私たちの友人を助ける手伝いをしていただけませんか……!」
「だからダメだっっつってんだろうが!大体なんなんだメンテの野郎は!自分から捕まりに行っておいて助けに来いとか舐めてんのかあいつは!?」
もはやぐうの音も出ない。
あの日、ドラコニアに行くよう指示を出した革命軍総長メンテ・エスペランサはヒルマとともに姿を消した。それからの、これだ。まったくもって寝耳に水。こんなことになるとはだれも予想していなかったし、彼が一体何を思って行動しているのか、ヒルマとともにいったいどこに行っていたのか、私たちは何も知らされていなかった。
けれどそれは見殺しにしていい理由にはならない。
たとえどんな形になろうとも、私たちは戦わなければならない。この国のために。この国に住むすべての人のために。
万が一にもメンテ・エスペランサが失われればそれこそ革命軍は潰えてしまう。今度こそ、王政府に歯向かうその力を失ってしまう。
彼は光なのだ。この広い国の中に散らばった革命の民を集め、導くことができる。光であり、心の柱なのだ。かつてそれはアンタス・フュゼが担ったものであり、メンテ・エスペランサが継いだものだった。けれどもうあの時のように、大火炎の時のようにはいかない。今革命軍には彼の後を継げる者ない。烏合の衆ではないけれど、国を背負い、未来を背負い、仲間たちの命を背負える者はいない。順当であれば参謀である私なのだろうが、それは不可能だ。それくらいわかっている。一番上に立てるような人間ではない。私は弱い。力強さがなく、カリスマ性もない。誰もついてくる者はいないだろう。私にできるのはあくまでも誰かの補佐。できて上に立つ人間を支えることくらいだ。
なぜ彼が私に一時とはいえ革命軍を任せたのか、それすら私は腑に落ちない。メンテだってわかっているだろう。私にこういった役割は向いていない。他に誰もいないから仕方なく、というのも妙な話だ。こうなることくらい想像はついていただろう。それなのになぜ誰もそれに代わる役を作っていなかった。上に立ち、人を導ける人材を。私のような間に合わせでなくとも、可能性のある者の育成位できたはずだ。少なくとも、元王国軍中将であり、裏切り者である私はいまだ完全なる信頼を勝ち取れているとはいえない。にも拘らず、この重要局面に先頭に立たされている。
これでは成功するものもいかないかもしれない。
「トルペさん、どうかお願いします。情けない話、私には彼らをまとめることができません。私には上に立つ器も才能もありません……。けれど助けに行かなければ、彼はこの国の光です、彼を失うわけにはいかないんです……!」
「甘ぇ!それと青臭ぇ!」
うんざりとした声は心底鬱陶しそうでありながらどこか諭すような色を帯びていた。
「いいか、ソンジュ・ミゼリコルド!その勢いと仲間を思う思い、国を思うそれも全くもって結構なもんだ。いかにも真面目で正義感に溢れる。……だがあまりにもものが見えていねえ。あいつだけ、あいつだけができるって言いやがるが、本気でそう思ってんのか?」
「そ、それはもちろん!彼を除いて他にはいません!あれほどのカリスマ性を持ちながら、弱きを救う心を忘れない者はほかには、」
「お前はいったい今まで何を見てきてんだ、ああ?」
瓦礫に腰を掛けねめつけるように私を見る髭面の男は実年齢よりもはるかに老成しているように見えた。
「本当に革命が必要なら、自ずと火は起こる。必要ねえならただ淡々と日常が続く。……火を起こせるのはあの餓鬼だけじゃねえ。誰だって、火を起こそうと思えば火を起こせる。王を倒さなきゃなんねぇなら、自然と武器を手に取るだろうよ。いくら殺そうと、いくら壊そうと、完膚なきまでに火を消すことは誰であろうと不可能だ。……あの餓鬼が死んだとて、それで終わりじゃねえ。この国に革命が必要なら、潰えることは絶対にねえ。絶対にだ。」
まっすぐ私を見る目は、誤魔化すようでも逃れるでもない、力強い目だった。諦めてなどいない、戦う者の目だった。
「それじゃあまるで、まるでメンテさんが死んでしかるべきみたいじゃないですか……!」
「だからそう言ってる。あいつは逆らった。んで敵に捕まった。それだけの話だ。お前だって罠なことくれえわかってんだろ。お前ら全員殺すために、あの餓鬼は餌にされてる。今まで散々革命軍に虚仮にされてきた王国軍は、革命軍の総長を大々的に殺して力を見せつける魂胆だ。それでお前らが来たところを少しでも殺せれば重畳。……誰にもどうにもできねえさ。お前らが行ったところで、戦力を削られるだけ。犬死する命を増やしてどうする。メンテの餓鬼がそんなこと望むと思ってんのか。」
知ってる。そんなことくらい気付いている。
これは罠だ。大火炎の戦いで折り損ねた革命軍の柱を折りに来ている。総長を処刑することで、革命軍との戦いに勝利したというところを見せつける。誰も助けに向かわなければ、革命軍は総長の命を見捨てた薄情者の烙印を押され、助けに向かえば虎穴に飛び込むようなもの、どれほどの被害を受けるか、それはきっと途方もないものだ。それこそ、もう二度と立ち上がれないほどに。
「わかってます。わかってますよ……!でも、それでも私は彼に死んでほしくないっ、」
「……でもだってってぇ、人に頼ることしかしねえで駄々こねるたぁ随分なご身分じゃねえか。」
「私は私の限界を知っているから、私のしてきたことは決して褒められたことではないから、だれも私の後をついてきてくれないことはわかってるんです……、」
自分でもいったい何を言っているんだろう、と思わざるを得ないほど、情けなかった。
私はただ、正しい道を選んできたつもりだった。
誰かの役に立ちたくて、軍人を志した。幸い、ある程度の才能と頭があった。軍部快適に過ごすには、事足りた。
誰かの役に立ちたくて、今の世界を否定した。誰かに幸せに生きてほしくて、抑圧されることなく、搾取されることなく、弱い者たちが救われるような世界にしたかった。
だから裏切った。
強い者が弱いものを踏みにじる世界が許せなくて、ただ踏まれるだけの人々が、悲しくて。
けれど思い知った。いつから自身が”強い者”の側に立っていると思い込んでいたのだろう。軍部から出奔してしまえば、私は弱い者でしかなかった。そこそこ強い。そこそこに頭がいい。それだけだった。すべてを守れるほど、強くはなくて。世界を変えられるほどの知恵も持っていない。
弱い私は強い誰かといることでしか、強くいられないのだ。
だから殺した。
強い人の側にあり、信用を得るために。
誰よりも正しくて、清廉なる人を、私は殺した。
権力を持つ者を守るために、正義の人は死んでしまった。直接手を下したのが私でないだけで、原因を作ったのは、私だ。私が裏切らなければ、あの人はコンケットオペラシオンで死んでしまうことはなかっただろう。
正しさのために、殺した私はきっともう正しくない。
私はあの、強くて弱い人を踏みにじってしまった。恐れ多くも、正しい世界のためだなんて大義名分を負って。
そして今私は、一人を助けるために、たくさんの誰かを殺そうとしている。
「はぁ……お前、戦うの向いてねえな。やめておけ。いい機会だ、革命軍なんてやめちまえ。このままそこにいてもお前は壊れるだけだぞ。お前の言う通り、お前にゃ器がねえ。技術だ知識だ着飾ったって、それを扱いきるだけの器がなきゃ話にならねえ。世界をひっくり返すなんざ大それたこと考えんな。メンテに関わったことも忘れちまえ。なにかも間違いだったんだよ。お前が革命軍に入ったのも、総長の代理を頼まれちまったのも、何かの間違いだったんだ。」
間違い、その言葉がひどく腑に落ちた。
自分の正しいと思うがままに歩いてきた。けれどそれは私の器には合わないものだった。強くなったと錯覚した、だれかを助けられると自惚れた。その結果がこの身の程に合わない大役だった。
トルペは、逃げていいという。逃げてしまえという。
気張って、胸を張って、自分は正しいと念じてきた私に、この大男は逃げてもいいと指さした。
退路はないと考えてきたからこそ、動けてきた。だがここにきて、本当にあっさりと退路を示されてしまった。見えていなかった道を、身の程知らずな夢から覚めた私を促すように指し示した。
きっと逃げてもいいのだろう。
彼は嘘をついていない。
もし私が逃げれば、革命軍は完全に烏合の衆になり果てる。誰も彼からの指示を受けていない。突然姿を消したかと思えば、王国軍に捕まって処刑されるというのだ。皆混乱している。疑心暗鬼になっている。かろうじて声をかけてきた。彼を助けるのだと、総長を救い出すのだと。そうして今何とか動けている。動かせている。
では私は、彼らに死んで来いといえるのだろうか?
もしメンテを助けられたとしても、きっとたくさん死ぬだろう。10人死ぬだろうか。100人死ぬだろうか。それとももっとたくさん死ぬだろうか。
たった一人救うために、たくさんの仲間を死なせて、私は、私たちは笑えるだろうか。
大丈夫、彼さえいれば立て直すことができる。彼さえいれば革命軍はあり続ける。
自分の指示のせいで死んだ骸を足元に散らばらせて、私は胸を張って言えるだろうか。
「お前は、甘すぎる、優しすぎる。田舎の小さな町にでも行って、静かに暮らせ。お前にゃそれくらいの生活が似合いだ。革命の立役者なんざ、役者不足だ。誰も死なねえで平和な世界を作るなんざ夢物語、できやしねえ。」
だけど、もしも、
「もしも、私がそうすると言ったら、貴方は、どうしますか?革命軍はどうなりますか……?」
トルペは口元だけで笑った。
「……少なくとも犬死させないことだけは約束してやる。指示は出す。だが誰一人メンテのとこにゃ行かせねえ。あいつがいなくなって、それでも戦いたいってぇ、王政府は倒さなきゃなんねえってんなら手伝ってやる。だが今は違ぇ。勝算ゼロで死にに行くなんざ正気の沙汰じゃねえ。それも手前らのリーダーが引き起こしたことで。仲間を危険にさらすようなリーダーなんざ見限っちまった方がましだ。」
きっと、彼ならできる。私ではなく彼なら。勝機を見極め、来るべきときに彼が革命軍を率いれば、きっと王政府を倒すことだって夢ではない。
彼は、強い。ドラコニアに来て数日、彼の力には目を瞠らされた。ただでさえ大きな自身の体の数倍はありそうな瓦礫を粉々にし、荷の詰まったコンテナをいくつも重ねて飄々と運ぶ。
それは異様だった。決して人にはできるはずもないことを、この男はして見せる。
ここで復興に励む一人の男に聞いた。あの力が彼が”手袋”と呼ばれる所以だと。ゼンフという男は言う。
聖地ドラコニアに伝わる神宝の筆頭がが、あの男の身に着ける褐返の手袋なのだという。
馬鹿馬鹿しいおとぎ話だと一笑にふせないのはトルペのその腕力が全く人外染みているからだ。いっそその”神宝”の力だとでも言ってしまった方が腑に落ちてしまうくらいには。
彼が何者なのか、神龍の神宝やらの真偽のほどはわからないが、彼が強いことは紛れもない事実だ。そして彼には人望がある。ドラコニアに今住む者たちは彼を頼りにしている。復興にいそしむ者たちも皆トルペの指示に従っている。元来、上に立つ人間なのだろう。
きっと彼ならうまくやる、こんな不甲斐ない自分なんかよりも。
私じゃない彼ならば、きっと人を導ける。
メンテは死に、私は去る。
そしてトルペの手によって、この乱れた治世は正しいものになるのだ。
正しい世界になるのなら、ハッピーエンドになるのなら。
私はもう逃げてもいいんじゃないだろうか。
「公開処刑されるらしい。」
「公開処刑は2週間後に行われる。」
その話はドラコニアにもすぐに届いた。
「トルペさん、どうかご協力を!メンテさんの奪還には多くの人手が必要です。私たちだけでは足りない、貴方が、先代のころから所属していた貴方が協力してくれれば、もっと軍に人が集まるはずです!」
「だから行かねえっつってんだろ!俺はもう革命軍を辞めた!所詮は先代だ。今更俺がでしゃばるところじゃねえだろ!」
「そんな……!」
自分の親くらいの年齢の大男が鬱陶しそうに手を払う。メンテに言われ向かったドラコニアにその男はいた。復興が少しずつ進むドラコニアは、思っていたよりもずっとましだった。もちろん、とても普通の街とは言えない。いまだ瓦礫はあちらこちらに積み上げられ、灰や煤に塗れた壁はかつてここで行われた戦いの凄惨さを物語っていた。だが聖地ドラコニアは少しずつ人が住めるような場所になりつつあった。
どこから来たのか、はたまた最初からいたのか、腰ほどの背丈しかない子供たちは笑顔で走り回っている。親はきっといないのだろう。けれど転がっては笑う彼らから憂いは感じられない。
それはこの街に来た大人たちが面倒を見ているからだろう。
「メンテさんは貴方を頼るようにおっしゃったんです。彼はこうなることを予想していた、そのうえで私たちにここへ来るように指示を出したんです。どうか……、革命軍に協力してくれとは言いません、ですがどうか私たちの友人を助ける手伝いをしていただけませんか……!」
「だからダメだっっつってんだろうが!大体なんなんだメンテの野郎は!自分から捕まりに行っておいて助けに来いとか舐めてんのかあいつは!?」
もはやぐうの音も出ない。
あの日、ドラコニアに行くよう指示を出した革命軍総長メンテ・エスペランサはヒルマとともに姿を消した。それからの、これだ。まったくもって寝耳に水。こんなことになるとはだれも予想していなかったし、彼が一体何を思って行動しているのか、ヒルマとともにいったいどこに行っていたのか、私たちは何も知らされていなかった。
けれどそれは見殺しにしていい理由にはならない。
たとえどんな形になろうとも、私たちは戦わなければならない。この国のために。この国に住むすべての人のために。
万が一にもメンテ・エスペランサが失われればそれこそ革命軍は潰えてしまう。今度こそ、王政府に歯向かうその力を失ってしまう。
彼は光なのだ。この広い国の中に散らばった革命の民を集め、導くことができる。光であり、心の柱なのだ。かつてそれはアンタス・フュゼが担ったものであり、メンテ・エスペランサが継いだものだった。けれどもうあの時のように、大火炎の時のようにはいかない。今革命軍には彼の後を継げる者ない。烏合の衆ではないけれど、国を背負い、未来を背負い、仲間たちの命を背負える者はいない。順当であれば参謀である私なのだろうが、それは不可能だ。それくらいわかっている。一番上に立てるような人間ではない。私は弱い。力強さがなく、カリスマ性もない。誰もついてくる者はいないだろう。私にできるのはあくまでも誰かの補佐。できて上に立つ人間を支えることくらいだ。
なぜ彼が私に一時とはいえ革命軍を任せたのか、それすら私は腑に落ちない。メンテだってわかっているだろう。私にこういった役割は向いていない。他に誰もいないから仕方なく、というのも妙な話だ。こうなることくらい想像はついていただろう。それなのになぜ誰もそれに代わる役を作っていなかった。上に立ち、人を導ける人材を。私のような間に合わせでなくとも、可能性のある者の育成位できたはずだ。少なくとも、元王国軍中将であり、裏切り者である私はいまだ完全なる信頼を勝ち取れているとはいえない。にも拘らず、この重要局面に先頭に立たされている。
これでは成功するものもいかないかもしれない。
「トルペさん、どうかお願いします。情けない話、私には彼らをまとめることができません。私には上に立つ器も才能もありません……。けれど助けに行かなければ、彼はこの国の光です、彼を失うわけにはいかないんです……!」
「甘ぇ!それと青臭ぇ!」
うんざりとした声は心底鬱陶しそうでありながらどこか諭すような色を帯びていた。
「いいか、ソンジュ・ミゼリコルド!その勢いと仲間を思う思い、国を思うそれも全くもって結構なもんだ。いかにも真面目で正義感に溢れる。……だがあまりにもものが見えていねえ。あいつだけ、あいつだけができるって言いやがるが、本気でそう思ってんのか?」
「そ、それはもちろん!彼を除いて他にはいません!あれほどのカリスマ性を持ちながら、弱きを救う心を忘れない者はほかには、」
「お前はいったい今まで何を見てきてんだ、ああ?」
瓦礫に腰を掛けねめつけるように私を見る髭面の男は実年齢よりもはるかに老成しているように見えた。
「本当に革命が必要なら、自ずと火は起こる。必要ねえならただ淡々と日常が続く。……火を起こせるのはあの餓鬼だけじゃねえ。誰だって、火を起こそうと思えば火を起こせる。王を倒さなきゃなんねぇなら、自然と武器を手に取るだろうよ。いくら殺そうと、いくら壊そうと、完膚なきまでに火を消すことは誰であろうと不可能だ。……あの餓鬼が死んだとて、それで終わりじゃねえ。この国に革命が必要なら、潰えることは絶対にねえ。絶対にだ。」
まっすぐ私を見る目は、誤魔化すようでも逃れるでもない、力強い目だった。諦めてなどいない、戦う者の目だった。
「それじゃあまるで、まるでメンテさんが死んでしかるべきみたいじゃないですか……!」
「だからそう言ってる。あいつは逆らった。んで敵に捕まった。それだけの話だ。お前だって罠なことくれえわかってんだろ。お前ら全員殺すために、あの餓鬼は餌にされてる。今まで散々革命軍に虚仮にされてきた王国軍は、革命軍の総長を大々的に殺して力を見せつける魂胆だ。それでお前らが来たところを少しでも殺せれば重畳。……誰にもどうにもできねえさ。お前らが行ったところで、戦力を削られるだけ。犬死する命を増やしてどうする。メンテの餓鬼がそんなこと望むと思ってんのか。」
知ってる。そんなことくらい気付いている。
これは罠だ。大火炎の戦いで折り損ねた革命軍の柱を折りに来ている。総長を処刑することで、革命軍との戦いに勝利したというところを見せつける。誰も助けに向かわなければ、革命軍は総長の命を見捨てた薄情者の烙印を押され、助けに向かえば虎穴に飛び込むようなもの、どれほどの被害を受けるか、それはきっと途方もないものだ。それこそ、もう二度と立ち上がれないほどに。
「わかってます。わかってますよ……!でも、それでも私は彼に死んでほしくないっ、」
「……でもだってってぇ、人に頼ることしかしねえで駄々こねるたぁ随分なご身分じゃねえか。」
「私は私の限界を知っているから、私のしてきたことは決して褒められたことではないから、だれも私の後をついてきてくれないことはわかってるんです……、」
自分でもいったい何を言っているんだろう、と思わざるを得ないほど、情けなかった。
私はただ、正しい道を選んできたつもりだった。
誰かの役に立ちたくて、軍人を志した。幸い、ある程度の才能と頭があった。軍部快適に過ごすには、事足りた。
誰かの役に立ちたくて、今の世界を否定した。誰かに幸せに生きてほしくて、抑圧されることなく、搾取されることなく、弱い者たちが救われるような世界にしたかった。
だから裏切った。
強い者が弱いものを踏みにじる世界が許せなくて、ただ踏まれるだけの人々が、悲しくて。
けれど思い知った。いつから自身が”強い者”の側に立っていると思い込んでいたのだろう。軍部から出奔してしまえば、私は弱い者でしかなかった。そこそこ強い。そこそこに頭がいい。それだけだった。すべてを守れるほど、強くはなくて。世界を変えられるほどの知恵も持っていない。
弱い私は強い誰かといることでしか、強くいられないのだ。
だから殺した。
強い人の側にあり、信用を得るために。
誰よりも正しくて、清廉なる人を、私は殺した。
権力を持つ者を守るために、正義の人は死んでしまった。直接手を下したのが私でないだけで、原因を作ったのは、私だ。私が裏切らなければ、あの人はコンケットオペラシオンで死んでしまうことはなかっただろう。
正しさのために、殺した私はきっともう正しくない。
私はあの、強くて弱い人を踏みにじってしまった。恐れ多くも、正しい世界のためだなんて大義名分を負って。
そして今私は、一人を助けるために、たくさんの誰かを殺そうとしている。
「はぁ……お前、戦うの向いてねえな。やめておけ。いい機会だ、革命軍なんてやめちまえ。このままそこにいてもお前は壊れるだけだぞ。お前の言う通り、お前にゃ器がねえ。技術だ知識だ着飾ったって、それを扱いきるだけの器がなきゃ話にならねえ。世界をひっくり返すなんざ大それたこと考えんな。メンテに関わったことも忘れちまえ。なにかも間違いだったんだよ。お前が革命軍に入ったのも、総長の代理を頼まれちまったのも、何かの間違いだったんだ。」
間違い、その言葉がひどく腑に落ちた。
自分の正しいと思うがままに歩いてきた。けれどそれは私の器には合わないものだった。強くなったと錯覚した、だれかを助けられると自惚れた。その結果がこの身の程に合わない大役だった。
トルペは、逃げていいという。逃げてしまえという。
気張って、胸を張って、自分は正しいと念じてきた私に、この大男は逃げてもいいと指さした。
退路はないと考えてきたからこそ、動けてきた。だがここにきて、本当にあっさりと退路を示されてしまった。見えていなかった道を、身の程知らずな夢から覚めた私を促すように指し示した。
きっと逃げてもいいのだろう。
彼は嘘をついていない。
もし私が逃げれば、革命軍は完全に烏合の衆になり果てる。誰も彼からの指示を受けていない。突然姿を消したかと思えば、王国軍に捕まって処刑されるというのだ。皆混乱している。疑心暗鬼になっている。かろうじて声をかけてきた。彼を助けるのだと、総長を救い出すのだと。そうして今何とか動けている。動かせている。
では私は、彼らに死んで来いといえるのだろうか?
もしメンテを助けられたとしても、きっとたくさん死ぬだろう。10人死ぬだろうか。100人死ぬだろうか。それとももっとたくさん死ぬだろうか。
たった一人救うために、たくさんの仲間を死なせて、私は、私たちは笑えるだろうか。
大丈夫、彼さえいれば立て直すことができる。彼さえいれば革命軍はあり続ける。
自分の指示のせいで死んだ骸を足元に散らばらせて、私は胸を張って言えるだろうか。
「お前は、甘すぎる、優しすぎる。田舎の小さな町にでも行って、静かに暮らせ。お前にゃそれくらいの生活が似合いだ。革命の立役者なんざ、役者不足だ。誰も死なねえで平和な世界を作るなんざ夢物語、できやしねえ。」
だけど、もしも、
「もしも、私がそうすると言ったら、貴方は、どうしますか?革命軍はどうなりますか……?」
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「……少なくとも犬死させないことだけは約束してやる。指示は出す。だが誰一人メンテのとこにゃ行かせねえ。あいつがいなくなって、それでも戦いたいってぇ、王政府は倒さなきゃなんねえってんなら手伝ってやる。だが今は違ぇ。勝算ゼロで死にに行くなんざ正気の沙汰じゃねえ。それも手前らのリーダーが引き起こしたことで。仲間を危険にさらすようなリーダーなんざ見限っちまった方がましだ。」
きっと、彼ならできる。私ではなく彼なら。勝機を見極め、来るべきときに彼が革命軍を率いれば、きっと王政府を倒すことだって夢ではない。
彼は、強い。ドラコニアに来て数日、彼の力には目を瞠らされた。ただでさえ大きな自身の体の数倍はありそうな瓦礫を粉々にし、荷の詰まったコンテナをいくつも重ねて飄々と運ぶ。
それは異様だった。決して人にはできるはずもないことを、この男はして見せる。
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きっと彼ならうまくやる、こんな不甲斐ない自分なんかよりも。
私じゃない彼ならば、きっと人を導ける。
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