あの夕方を、もう一度

秋澤えで

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狼煙

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「革命軍が……?」
「ああ、ドラコニアの側にある村に革命軍が現れたらしい。人数は30人前後。一週間くらい前から逗留し続けている。目的ははっきりしねぇが村から討伐要請が来た。」


訓練が終わり総統から呼び出されたカルムクールが家に帰ってきたのは八時を回ったくらいの時間だった。仕事が終わればだらしない顔をしているのに珍しく帰ってきても真面目な表情をしていたので聞いてみれば数年前の大火炎の戦いで殲滅されたはずの革命軍が再び現れたという。


「ふうん、それで何で本部の方に?本部より支部の方が近いのに。」
「人数から考えて支部でも十分だ。だがもし現れたのが本物の革命軍なら、ドラコニアにいたような連中なら支部だけじゃとても足りねぇからな。支部も討伐に参加するが、本部からも応援を出すことになったらしい。」


もうそんな時期だったか、と聞いていたが詳しく話を聞いているうちに眉間に皺が寄る。
ドラコニアでの新政府樹立は浅慮だった。それは革命軍らしからぬ、と言えるほど。だが今回はその比ではない。


「……偽もんだろ、それ。」
「おれもそう思う。上もまさか本物だとは思っちゃいねぇ。だが万が一本物だったとき、それか革命軍の末端で本隊が出てくれば甘く見てはいられない。」


ふつふつと静かに怒りが湧く。
革命軍の名を騙り、その名の通りの活動をするわけでもなくただ私利私欲のために略奪をする。
これ以上の侮辱はない。

怒りに気づいたのか何なのか、カルムクールがおれの頭をわしゃわしゃと撫でる。もう中身も見た目も完全に子供ではないというのに彼は未だにおれを子供のように扱う。


「それで、カルムさんが呼ばれたってことは3番部隊が出るのか?」
「んん……まあ、3番部隊なんだが……、」


歯切れの悪い言葉にガシガシと頭を乱暴に掻くのを見て、真面目な顔をしていたのは革命軍云々の問題ではなくこっちの所為だったのだと気づく。


「何?」
「3番部隊が出る。でも今回の隊長はお前がやれ、アルマ。」

「…………は、あんたは?」
「おれは王政府の法改正会議の護衛でコンケットオペラシオン城に行くことになってんだ。あとラパンは別件で討伐の方には参加できねぇ。」


ぐぐ、と力が入り顔を顰めていると遊ぶようにカルムクールが指先で眉間の皺を伸ばす。一応話には聞いていた。王都テールプロミーズから見て南東にある城、コンケット・オペラシオン。国中にある王城の一つだ。会議は毎回王城のどこかで行われることになっているが今回はその城にしたらしい。規模は小さく田舎にぽつんとある城で城下に街はない。古く辺鄙な土地にある城だが技巧が凝らされいくつもの高い尖塔によって構成されている。


「……なら他の隊が出ればいい。なにも3番部隊じゃなくたって、」
「いや、総統がお前を御指名だ。……三か月前に12番部隊部隊長の中将、ソンジュが辞めただろ。それからまだ席が埋まってなくてな、実質的に12番部隊は機能してない。それでその後釜にお前を入れたいって話だ。」


思わず目を見開く。

ソンジュ・ミゼリコルドはドラコニアの件の後から中将になった。しかし就任直後からすでに政府に、軍に不信感を抱いておりやめる意思を見せていた。それから数年は中将を務めていたもの、三か月ほど前に退役した。退役直前に話をしたが、革命軍に行くか否か、明言はしなかった。ただ辞めると、自分の信じる正義を行えるところへ行くと、笑った。十中八九、メンテの元へ行ったのだろう。


「今回の討伐で結果を出せれば中将に推薦されることが決まってる。隊を移動することになるが、3番部隊と同じ騎兵部隊だから大方問題ないだろ。」


中将。

それは当初の目的の一つだった。

最低将官。できるのであれば大将を目指していた。
大将が最も処刑の時、メンテ・エスペランサに近い。その次が処刑台側に置かれた中将だった。

中将に就任すれば、あの瞬間のメンテに、手が届く。

瞼の裏に夕日に照らされた広場が、振り下ろされる剣が、転がり落ちる銀髪を見た。


「……わかった。あんたの3番部隊、借りるよ。」
「ああ、頼むぞ。にしても、あの子供がもう中将か……。威勢が良いと思ってたが、まさか追いつかれたうえに同僚になるとは思わなかったぞ。」


わざわざ隣に来て片腕でホールドしながら頭を撫でまわすカルムクールが鬱陶しくて振り払おうとするが、目が合って、それを止めた。

あいつに似た琥珀の目はまだほかに何か言おうとしていた。
何を言われたわけでもないのに、胸の奥がざわざわする。


「有事が重なったとはいえ、お前の歳で中将にまでなんのは異例中の異例だ。困ったことがなんでも言えよ。まだまだ甘えも許される。12番部隊の中で言っても良いし、おれや3番部隊の連中に言っても良い。みんなお前に期待してるし、同時に背負わせ過ぎないようにって思ってんだからな。それとその爪も、うっかり使うんじゃねぇぞ。周りから見てもそういう色物は不安になるからよ。」


不自然なまでに饒舌な口をじっと見る。
大方言わなくてはいけないが、言いたくない、そんなところだろう。


「カルムさん。」
「ん?どうしたアルマ。」
「何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
「うっ……、」


あーとかうーとか、言葉にならないうめき声を上げて目を泳がせる。言い辛そうにもごもごと口を動かす様子に、初めて王国軍本部に来た時のことを思い出した。

カルムクールの腰あたりまでしかなかった身長は、もう彼の肩を超えていた。
いつかの間にか近くなった顔を片手でガッと掴む。もがくのを無視して掴み続ける。

もう子供ではない。
近いうちに部下ですらなくなる。

なのになぜこの男は、


「言うことあるなら、早く。」
「うぅ……いや、あの、」


しどろもどろだが、一度かち合わせた視線は固定させる。琥珀はひどく揺れていた。
じぃと穴が開くほどに見つめれば、観念したようにカルムクールは大きくため息を吐いた。


「言う気になったか?」
「言う、言うから……、今度。」
「今度?」
「ああ、お前の討伐任務とおれの護衛任務が終わったら、だ。そんときに、全部話す。」


少し赤くなった頬をさすりながら力なく笑った。


「あ……、」


見覚えがある、そう感じた。
諦めたような、苛まれるような、断罪を待つような、そんな顔で笑った。
その笑顔を、アルマは何度も見てきた。


「どうした?」
「いや……、なんでも、」


メンテだった。

カルムクールは、メンテと同じように笑った。

メンテと居たときは、その笑顔の内包する物に気づかなかった。全く違う人物の浮かべる同じ表情の意味を知ることで、初めてメンテの笑顔を知った。

メンテは、何を諦め、どんな罪悪感を抱いていたのか。
おれは知らない。

ただ最後に見たメンテの笑顔は、間違えようもないその笑顔だった。
細められた琥珀。それだけが異様なまでに似通っていて、鳩尾が冷たくなった。

たかが会議の護衛だ。何か起こるなんてことはまずない。むしろ偽物とはいえ討伐任務の方が危険だ。
死んだりしないよな、その言葉が喉にせりあがるのを抑えつけた。


「必ず、話すから。」
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