あの夕方を、もう一度

秋澤えで

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狼煙 2

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何もない草原を、部隊を引き連れて走るのはなかなか慣れない。思えばずっと誰かの下にいた。上に立つのが苦手で誰かの手足となって動くのが好きだったが、やはりこんな風にたくさんの人間を自分の指揮下に置くのは精神的にきついものがある。おれはばれないようにため息を吐いた。嫌だろうが苦手だろうが、できなければ中将への昇格は不可能と言っても良い。


「にしても、今回のは本当に拍子抜けだったなぁアルマ。せっかくのお前の晴れ舞台だってのに。」
「何かあるよりかはずっと良い。まあ革命軍を名乗るにはあまりにも力も頭も足りない連中だった、というのは言える。」
「それ、支部の連中にも言えるがな……。」


臨時の副隊長の言葉には相違せざるを得ない。

嘘とはいえ、革命軍と名乗るのは完全に侮辱だと感じさせるような奴らであった。むしろ革命軍というのは奴らにとっておまけでしかなかったのだ。大方、大した考えもなく革命軍の名を騙ったのだろう、少なくとも村人の誰も奴らを革命軍だとは微塵も思っていなかった。

村から支部への連絡は「革命軍を騙る盗賊に村を占拠された。救援求む。」というものだった。にもかかわらず連絡を受けた王国軍支部はそれを「盗賊行為を行う革命軍に村を占拠された。救援求む」と本部に連絡したようで話が重大になってしまっていたらしい。そしてふたを開ければなんてことはない、三下以下のチンピラのような集団だった。これを支部の失敗とすべきか、否か。心なしか臨時編成部隊に組み込まれた支部兵たちは顔色が悪い。

本当に呆気ない。これで昇格となるのも少し釈然としないほどに。


「どうせならもっと派手に戦いたかったなぁ。大立ち回り演じりゃあお前の門出も華々しいだろうに。」
「別に。つまらないといえばつまらないが、村への被害は小さい方がいいだろ。負傷者数人、人命被害ゼロで済むなら御の字だ。」


村に隊を入れて自称革命軍を制圧し、全員生け捕りにして情報を吐かせるその間、半刻足らず。当人たちは大した考えもなく革命軍を名乗っていたようだが、こういう連中が増えると困る。関係ないところで勝手に名を汚されては革命軍はやりづらいだろう。


「それより気になるのは今日開かれた法制会議の方。どうせまたろくでもないものなんだろうが。」
「……お前中将になるなら本当にそういうの気を付けろよ。みんな今の政府は腐ってるとは思っちゃいるがうまい汁啜るためにリークする奴もいるだろうよ。」

「善処はする、期待はするな。こんな政府ならもう長くないだろ。」
「そうなったら新しい就職先見つけねぇとなぁ。今度三人目生まれるんだよ。」

「おめでと。」
「ちったぁ祝福するような面しやがれ能面隊長が。」


盗賊たちは支部に捕縛し本部第3部隊はほとんどとんぼ返りのように本部に帰隊していた。

しかし王都に近づくにつれて、様子がおかしいことに気が付く。


「……おい、なんで東門の橋降りてんだ?」
「知るわけないだろ。法改正会議が終わるには早すぎるが……何かあったみたいだな。」


本来なら許可を得てから下ろされ、それ以外は常時上げられ閉ざされたままのはずの門。だが通行者がいないというのに橋は下げられたままになっている。橋の先も大扉も開け放たれたまま。嫌な汗が背を伝った。横腹を蹴り馬のスピードを上げさせる。


「門番!第三中将アム中将下ベルネット少将部隊、帰還した!何事だ!」
「べ、ベルネット少将!」


二人以上で門の管理をしているはずなのに答える声は一つだけ。つい顔を顰める。なにか非常事態かと思ったが門には特に損傷の跡は見られず、王都が襲撃されたというわけではないらしい。
門の内側からバタバタと門上まで駆け上がる音がして、もう一人が顔を覗かせた。


「ベルネット少将!先ほどコンケット・オペラシオン城で行われた法改正会議が革命軍により襲撃されました!」
「なにっ……!?」
「城は占拠され奪われましたが、避難は完了して皆ひとまず王都に居ます。すぐに本部に向かってください!バヴァール少将がお待ちです!」


嫌な予感ほど、よく当たる。

部隊管理をひとまず副隊長に任せ、一人馬を全力で走らせる。横目で見る市井は騒然としていた。慌ただしく荷をまとめる者、喜んでいる者、泣き出す者。


状況がわからない。
コンケット・オペラシオン城の法改正会議が襲撃された。


革命軍が復活した。


おそらく村の件と違いこれは事実だ。革命軍が再び生まれた。メンテ・エスペランサを首領に据える、新生革命軍。王政府の要人が一挙に集まる法改正会議の襲撃及び王城の占拠は復活の狼煙。民意は死んでいないという証。


だがおれにはわからない。いや、知らない。

法改正会議、コンケット・オペラシオン城の襲撃はアルマ・ベルネットの知らない事象だった。

新生革命軍の旗揚げを、副長のおれが知らないはずがない。その時のことは覚えている。
だがそれは決して王城の襲撃などではなかった。

あるはずのない未来。人生二週目にして、初めての大きな変化だった。

もはや決められた未来も、敷かれたレールも、予定調和も存在しない。

この国は全く違う歴史を刻もうとしている。


「アルマッ!」
「ラパン、何が起きてるっ、」
「良いからとにかく来い!馬は他の奴に任せてろ!」


王国軍本部に近づけば近づくほど喧騒は増す。大わらわな本部に入ってすぐ、ラパンを見つけた。

話を聞く間もなく、鬼のような形相をしたラパンに手を引かれ手綱を他の者に奪われる。手綱を持つ者と一瞬目があった。見たことのある表情、すぐに初めて王国軍のカルムクールに拾われた後の兵士たちの表情だと気が付いた。

おれがキレさせる時以外は誰に対しても適当な敬語を使い余裕をかましているラパンが今はそれを感じさせない。言葉は荒く、軽薄な笑みの代わりに焦燥と絶望で顔は塗れていた。


本部の奥、救護棟の側、一際人が集まっているのが見えた。皆何かを取り囲み、ある者は俯き、ある者は咽び泣き、またある者は悲痛の表情を浮かべていた。

今まで何度も見てきた光景だった。
特に大火炎のあとは凄まじかった。大きな円に嘆き、悲しみ、怒る仲間たち。


円の中央にいるのは、死体、殉職者だ。


一気に汗が噴き出す。心臓の音がやけにうるさく鳩尾は氷でも押し付けられているかのように冷たい。周りの人の声は遠く聞こえ、足は踵を返しそうになる。何か、大事な用を思い出したくなる。

取り囲んでいた兵士たちはおれとラパンを見ると口を噤み、目を逸らし、道を開けるように一歩引いた。


慕われている人だった。人の心を掴むのがうまい人だった。

たくさんの人が取り囲んでいたのに、皆が道を作ったせいでその姿はしっかりと見えた。見えてしまった。

簡易な台の上、血や煤、泥で汚れたサイプレス・グリーンの制服。千切り取られた、あったはずの胸章、小綬。

ほんの今朝まで一緒に過ごしていた、よく笑い、誠実で心配性な上司が、そこにいた。


「カルムさんが、死んだ……。」


聞きたくもないラパンの声が無情にも鼓膜を揺らした。
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