胡蝶の夢

秋澤えで

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小学生

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嘉人様が離れから出てくるのを見計らい、入れ替わるように蓮様の部屋の襖を開けた。


「こんにちは、蓮様。」
「ああ、そういえば前髪切ったのか?似合ってるぞ。」


縁側に腰掛け所在無さげに両足をゆらしながら僕の方を振り向き言う。草履はその足に蹴られたらしく少し離れたところに転がっていた。

ありがとうございます、とだけ言い、僕もその隣に腰掛ける。

なんとなしに蓮様の頭の上のエナガに手を伸ばすと、人差し指にちょんと乗り移り口元が緩む。左手の小指でふわふわの白い身体を撫でた


「ふと思ったんですけど、この蓮様になついてるエナガってすごい長生きですよね。」


エナガや雀に餌をやり始めたのが僕らが五歳くらいの時だった。今僕たちは10歳だから、軽く五年は生きてることになる。


「いや、そいつは最初のころに来てたエナガじゃないぞ?」
「え?そうなんですか。」
「エナガの平均寿命はだいたい三年前後、最長でも四年だ。今来てるのは二代目三代目だろうな。……いや、そもそも顔見てわかるだろ。初めの時にいた奴らと顔違うし。」


指先にとまるエナガをじっと見つめると不思議そうに首をかしげられた。可愛い。


「……わかりますかね?」
「わかるだろ、普通。」


蓮様は手の上にパンくずをたくさん乗せ、手を庭の方へ差し出した。するとパンにつられてパタパタと小鳥たちが寄ってくる。だが手にとまって啄ばむのはエナガだけだった。ほかの小鳥に比べ蓮様がエナガにご執心だからだろう。

手の上に三羽のエナガを乗せ僕の方へ見せる。


「ほら、こいつとこいつだと目の周りの黒い部分の幅と色が少し違うし、手前の奴のしっぽは黒いところより白いところの方が多いだろ?」
「そうですねぇ……。」


熱心に説明する蓮様に生返事を返してしまう。いやだってもう、手の上がかわいすぎる。ふわっふわ、もっこもこ。それを手の上に乗せた蓮様も含めて可愛すぎる。そして細かく語っていらっしゃるが正直僕にはそこまで違いが分からない。申し訳ない。とりあえず可愛いのはわかりました、はい。

エナガの謎が一つ解決したところで、エナガと戯れる。癒し。



「まあ本題に入りましょうか。」
「……来週のことか。」


手や頭の上に乗っていたエナガや雀を飛ばす。


「ええ。先ほど僕も嘉人様と話をしてきました。蓮様はどうなさいますか?」
「どうするって……。」


困ったように眉をハの字にする蓮様と向き合う。


「蓮様が行きたくないというなら僕が行かなくても良いようにします。」
「できるのか?」
「はい。貴方がそう願うならその方向で尽力させていただきます。」


僕がそういうと、先ほどの嘉人様とよく似た驚いたような表情を浮かべた。


「……珍しいな。お前なら引きずってでも連れて行くのかと思った。」
「嘉人様といい、蓮様といい。いったい僕をなんだと思ってらっしゃるのですか?」

「いや……お前はあまりわがままを許すタイプじゃないだろう。決して甘くはないし。」
「……正直なところ、僕はあまり蓮様が会に出席することに賛同しません。」


再び蓮様は目を丸くする。


「お前は父様の言うことなら諸手をあげて賛成するかと……。」
「まさか、僕が仕えているのは蓮様であり、嘉人様ではございません。僕は貴方の意思に従います。」


真正面からその赤く大きな目を見据えるとスッと斜め下に視線を逸らされる。

きっと蓮様は僕が何のためにこの話をしているのかに気付いているのだろう。だが僕は続ける。


「率直に言わせていただきます。僕は一度も神楽様にお会いしたことがありませんし、蓮様が神楽様のことをどう思っているのかも知りません。僕では判断することができないのです。蓮様があっても問題ない、大丈夫だと思うのなら僕は同行しできうる限りのサポートをさせていただきます。」


どうなさいますか?


逸らした視線が僕の方へ戻ってくる気配はない。ただ板敷の上に彷徨せている。
でもそれを特に咎めることもなく、僕は蓮様の応えを待った。
伝わるのは明らかな戸惑い。

いつもの僕なら目を逸らせば注意をするし、断ってもいいなどと逃げ道を用意することもなく、前を見ること、前進することを蓮様に言っていた。

たぶん僕が促すことなく蓮様が何かを決定するのは初めてのことだろう。今までは僕がそれとなく正しい方へと誘っていた。しかし今回僕は、二つの選択肢を彼に突き付けた。責任の伴うものではないが蓮様には大切なことだ。


真正面から、逃げてもいいと言われた。
いずれ会わなければならないことは分かっている。でも会いたくは、ない。
誰かに決めてもらえば腹が括れる。しかしいつも答えをくれる相手は問うたきり何も言わない。


お互いに黙るその時間は長くも短くも感じた。

キュッと膝の上で握られた白い手のせいで藍色の着物にしわが寄っている。落ち着きなく走るその視線にこちらまで居たたまれなくなってくる。そうさせているのは自分なのに。

一度目が閉じられ、さらに膝の上の拳に力が入るのが見て取れた。

数分間落とされたままであった視線がグッと僕の方へ向けられる。下唇を噛んでいたせいか少しだけ唇が赤くなっていた。

一瞬だけ目が泳ぐがまた視線が合わせられる。


「涼、俺は……。」


言葉を紡いだ彼にはもう既に戸惑いの色はない。

僕は小さな主の決定に口元を緩ませた。
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