胡蝶の夢

秋澤えで

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中等部編

はじめの一歩

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目の前を流れていく景色をなんの感慨もなしに見つめる。そう変わる訳でもないのだが、目的地に近づくにつれて心なしかビルや高層マンションが増えてきている気がする。それを見て、いつかの立食会の道のりを思い出した。もっとも、今はあの時と違い僕らは車ではなく電車に乗っているのだけど。初めて乗る電車に分かりやすくソワソワとする蓮様とそれを目を細めて見守る黒海に少し口許が緩んだ。

小学校を卒業し、いよいよ不安にまみれた中学校に入学する。『天原学園中等部』と書かれた入学案内のプリントに人知れずため息を吐いた。件のゲームの舞台、天原学園。在学生徒数約750名、一学年250人6クラス。中高一貫のエスカレータ式の学校で高等部と中等部が隣接している。高等部からには外部生もいるが、ほとんどが中等部からの内部生である。全寮制という訳ではないが、学園内の7割が寮で生活している。校風は生徒主体で校則も厳しくない。制服は濃紺のブレザーに赤いネクタイ、リボン。女子は空色でチェックの入ったスカート、男子はグレーのズボン。シンプルで、まあよくあるといった風な無難なデザインだ。

因みに僕は男子の制服だ。学校の方へ電話し交渉したところ着用許可が降りた。父様は事後報告されて膝をついたとかは、知らない。無事に男装を継続することに成功した。ただ今まで僕が男装してきた理由を知っている蓮様はものすごく微妙な顔をしていた。


「涼ーあとどれくらい?」

「あ、えっとあと二駅なので大体二十分くらいだと思いますよ。」

「楽しそうだな、志賀……」

「おう!」


ソワソワしながら窓の外を見る蓮様を微笑ましく眺める。完全に保護者気分だ。


中学入学について不安なことの一つが、これからの三年間攻略キャラに関わってしまうか否かだ。正直に言えば、別に僕としては別に蓮様がヒロインとくっついてもなんら問題はないのだ。余程そのヒロインがおかしくない限り。ただ僕が危惧しているのは、逆ハーエンドととオールバッドエンドだ。

逆ハーエンドはその通り、攻略キャラクター全員を落とす終わり方。ヒロインからしたらハッピーエンドかもしれないがキャラクターや端から見たらどう見てもバッドエンドだ。誰も幸せにならない。一番恐い、というか酷いのがオールバッドエンド。途中までは逆ハー路線でゲームを進めていき最後の最後で全員まとめてフるというキャラクター的鬼エンド。そんなこと誰がするんだと思うが、僕の友人は至極楽しげにオールバッドエンドを行っていた。本人曰く、寄ってきた男を全員フるのがかなり爽快らしい。……彼女の性格は歪んでいたのだろうか。万が一にもそんなエンドを迎えないためにはそもそも攻略キャラクター及びヒロインに関わらないのが一番だと思うのだ。既に六色中赤、白、黄色、緑と関わってしまっているとかは諦める方向で。これから関わらないように頑張るさ。


で、更に不安な要素。この前パソコンで乙女ゲームなるものを調べてみたのだ。すると恐ろしいことに気づいてしまった。乙女ゲームにはスピンオフのファンディスクというものがあるらしいのだ。ネット曰く、ゲーム本編では登場しなかった裏キャラであったり、本編では攻略できなかった非攻略キャラクターを攻略できるようにしたものらしい。

僕らのいるここがゲームにおける本編であったなら、攻略キャラクターが誰であったか大方分かるため避けることができるのだがもしファンディスクであったならもうどうにもならない。どうしてくれよう。『Ricordi di sei colori』などと言うものの、色なんて無数にあるのだから増やそうと思えばいくらでもキャラクターを増やせることに戦慄した。イケメンか否かといってもそんなのは個人の感覚にもよるのでアテにできない。

そして最近思い始めてきたのが、『あれ?黒海って攻略キャラクターなんじゃ……』説。僕らの髪と違い、黒髪の人はたくさんいるので特定はしなかった。昔から整った顔だな、とは思っていたが最近では背も伸び精悍な顔立ちと言えるほどのイケメンくんとなっている。僕の記憶のなかには少なくとも攻略キャラクターの中に黒髪がいた。おそらくそれはファンディスクや隠しキャラクターだったのだろう。となると黒海と五色以外にも攻略できるキャラクターがいてもおかしくない。


「……?諸葛、どうかしたか……?」

「へっ?あ、いえ別になんでもありませんよ。」


無意識のうちに黒海の顔をじっと見てしまっていたらしい。慌てて目を逸らすと不思議そうな顔をされた。まあ黒海が攻略キャラクターか否かはヒロインが現れてからしかわからないため、しょうがない。それに黒海はもう損得勘定じゃ付き合えないほど、僕の中で大切な友人になっている。もし攻略キャラクターであったとしても蓮様と同じように逆ハーエンドとオールバッドエンドから逃れられるように奔走しようじゃないか。

そんな風に悶々としているうちに、降りる駅の名前が耳に入る。


「涼っ!」

「はいはい騒がないでください。降りますから荷物忘れないようにお願いします。」


ボストンバッグを手に半ば押し出されるようにホームに立った。終点ではないが、多くの人がここで降りるらしい。僕らと同じ制服を着た生徒も意外と多く、その流れに沿ってバス乗り場へ向かった。取りあえず目下の問題はきょろきょろする蓮様から目を離さないようにすることだ。まあ黒海もいるためまさか迷子になるだなんてことはないと思うが、念には念を、だ。





――――天原学園前、天原学園前

これまた初めてのバスで若干おろおろしている蓮様を僕と黒海で前後を固めてさっさとバスから下車させる。バス停は校門の目の前で降りた直後大きな校舎が飛び込んできた。


「で、でかい……。」

「だな……広い。」

「な、なんとなく入り辛いですね。」


真っ白い校舎が何棟も立ち並び、左手前にはステンドグラスのはめられた教会少し奥には広い中庭が見える。見るからに広くお金がかけられているのが分かるが、運動場やプール、体育館が未だ見えないところからまだまだ広いのだろう。……三年間のうちに場所を覚えられるだろうか?


「……とりあえず、事務室に、行こう……。寮の登録は、そこらしいから……。」

「事務室ってどこだ?」


事前に送られてきていた校舎のパンフレットを取り出し場所を確認する。玄関のすぐ横に事務室があるのを確かめて向かう。


「にしてもこの学校広すぎるだろ……。」

「どこの学校もこんな感じなんですかね?」


駅と同じように、まだサイズの合わない少し大きい制服を着た新入生たちが戸惑いながらも一様に同じ方向へ進んでいく。ちゃんとたどり着けるか一抹の不安もあったが、これなら迷うことはないだろう。なんとなしにぐるりとあたりを見渡してみると視界の端に緑色の髪が目に入り若干肩を跳ねさせた。まだ距離があるためあちらからはたぶん僕に気付いていない。緑色の髪の人間なんてそうそういない。あれはおそらく緑橋。彼と会ったのは随分前だが、会わないに越したことはない。少し身体を縮こまらせながら事務室前に並ぶ新入生の列の最後尾についた。


「涼、どうかしたか?猫背になってるぞ。」

「え、ああっと……ちょっと気疲れ、というか……。」

「諸葛も、気負うことが、あるんだな……。」


適当に誤魔化しながら受付を済ます。余談だが、事務員の人に女子寮の登録を頼んだところ二度見された上に怪訝な顔をされてしまい隣で受付をしていた蓮様に苦笑いされた上に、黒海は顔を背けながら無言で爆笑されてしまった。


受付を済ませ、寮の部屋のカギと詳細の書かれた書類を渡された。簡単に目を通しながら寮へと向かう。


「お!俺と四ツ谷は同じ部屋だな!B棟の201……ってことは二階だな。」

「ん……よろしく、志賀……。涼は?」

「ええと、僕はB棟の127、一階ですね。相部屋になる子は誰でしょうか?」


男子寮、女子寮ともにA棟からE棟まであるらしい。なお、それぞれの棟はクラスを表しているらしいので、A棟はA組、B棟はB組といった風だ。それぞれ二人部屋なので僕も同じクラスの子と相部屋になるらしい。


「なんというか……知り合いでも初対面でも、お前と相部屋になるのはちょっと相手が気の毒だな……。」

「確かに……さっきの事務員さん、みたいな反応……されるだろうね……。」

「四ツ谷、肩震えてます。笑い堪え切れていませんよ。」


話しているうちに少し気が紛れてきた。今年も蓮様と黒海と同じクラスのようなのでちょっとほっとする。これで僕だけ違うクラスとかだったら心が折れてしまいそうだ。


「……ええっ!?」


唐突に後ろから感嘆の声が聞こえた気がしてふと振り返ってみる。振り向いたものの、今更音源が誰なのかもわからず、何に対する驚愕の声なのかも分からないのでとりあえず気にしないことにしておく。


「ん?知り合いでもいたのか?」

「え、いえ、声が聞こえたのでなんとなく振り向いただけです。」

「それじゃ……志賀の面倒は、俺が見るから、安心しとけよ……?」

「別に四ツ谷に面倒見てもらうことなんかない!」

「わかりました……蓮様を頼みますよ、四ツ谷……!」

「涼も乗るなっ!」


女子寮と男子寮は若干離れているので途中で二人と別れることになる。一通り蓮様をからかってから女子寮へと足を向けた。
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