胡蝶の夢

秋澤えで

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中等部編

同室の

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寮の受付を済ませ、127と掘られたプレート付きの鍵を受け取る。不可解を顔にかいたような寮母さんへの説明が想像以上に手間取ってしまいため息を吐かざるを得ない。この分だと最初の一月二月くらいはあらゆるところで説明が必要になるかもしれないのだ。全くもって面倒。だからと言って女子の制服を着るかというと、それを着るくらいなら多少面倒でも懇切丁寧に説明して回った方がマシだ。

寮での規則や説明の書かれた紙を見ながらボストンバッグ片手に部屋へ向かう。大きめの荷物はあらかじめこちらへの郵送を済ませており、既に部屋に置いてあるらしい。

書かれた部屋割りを頼りに127号室の鍵穴に鍵を差すと、かちりと小さな音を立てて回った。


「へぇ……!」


扉を開け中を見渡す。思っていた以上に広い。そして立派。

勉強机が二つ、ローテーブル、二段ベッド。そしてもっとも気になるのが、


「何故キッチンまで……?」


簡素の物ながらキッチンがあった。小さなシンクに簡単なコンロ。普通安全面からコンロなどは部屋に置かないと思うのだが。しかも寮内には共同のキッチン及び食堂がある。わざわざ部屋一つ一つ設置される意図がわからない。まああって困るものではないのだけれど。

届いていた段ボールを開けて荷物を片付け始める。クローゼットと勉強机は既に誰のものか決まっているようなのでそちらへ詰め込んでいく。ベッドについては同室の子と話し合いが必要だろう。


ふと、背後で扉を開ける音が聞こえた。そちらへ目を向けると栗色の髪で背の低い女の子が立っていた。目が合う。


「まっ間違えました……!?」

「あ、いえ間違ってませんよ、多分。」

「うわあごめんね!男子寮と女子寮間違えるとか無いよね!?ごめんね!?」


間違えたのかと思ったらしいその子は開けた途端そのままドアを閉めようとするので、僕も慌ててドアを掴み閉まらないようにする。説明しようにも未だドアを閉めようとしたまま何やら弁明のようなものを口走っているのでこちらが口を挟む余地がない。


どうにも埒があかないので腰に手を回して抱き上げそのまま部屋の中へ下ろした。片腕で持ち上げられるほど軽い。身長は140前半くらいだろう。

そうすると一時的に静かになったがドアがしまった途端顔が青ざめ命乞いをし始める。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいぃ!?下ろしてくださいっ食べても美味しくありません!ごめんなさいお姉ちゃーん!!」


勘違いの上に勘違いを乗せて収拾がつかなくなってきた。助けを求めるのはお母さんじゃなくてお姉さんなのか。若干僕も調子に乗った自覚があるのでここまで怯えられると申し訳なくなる。

とりあずどうしてくれよう。

半泣きで悲鳴をあげる女子生徒を一先ず床に下ろす。すぐに逃げ出すかと思ったがパニックに陥り抜け出せず、ひたすらいっそ呪詛か何かの如くごめんなさいを唱え続けていた。

泣き出した子供のあやし方を記憶から探しだし、棒立ちになった女の子の前に片膝を付き彼女の視線の少し下から見上げつつ軽く頭を撫でる。


「怖がらせてしまったようで申し訳ありません。食べる気はありませんし、多分貴方が部屋を間違っていることもないと思いますよ。」

「ふえ……?」


側に置いてあった書類に目をやり、同室の子の名前を確認する。


「えっと、『進藤』さん、で間違ってませんか?」


びっくり、という顔をしながらコクンと彼女は首を縦にふった。




兎にも角にも、誤解を解かなくてはどうにもならないので半ば強制的にテーブルの前に座らせ向かい合う。もちろん、今度は怖がらせないようにある程度の距離を取っている。件の進藤さんもソワソワしているが先ほどの混乱は収まったらしい。


「じゃあ取り敢えず確認です。ここは天原学園中等部、女子寮のB棟で部屋番号は127。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫、うん。ってことは別に私は部屋間違えてないんだね!」


そうそう、と最も大事なことを理解してもらう。大丈夫、間違えてません。


「……ってことは君が部屋を、いや寮を間違えてるってこと!?豪快だね!?」

「いえ、そういうわけでは。僕もこの部屋を使う生徒です。」

「うえええ!?あれですか?男女二人一つ屋根の下ってやつですか?どこのラブコメッ!?寮母さんに直談判を……、」

「ちょ、話聞いて……、」


再び勝手にパニックに陥りかけて既に話を聞いていない。さっきの寮母さん以上に手強い。ふとお昼ご飯にと思い買ったパンの余りが鞄の中にあることを思いだし、一人騒ぎ続ける進藤さん横目にバリッとパンの包装を破った。


「いやいやいやダメでしょダメでしょ。いくら顔が良いからってやっていいことと悪いことがモガッ!?」

「話を、聞け。」


開けたパン半分に千切り迷うことなく彼女の口に突っ込み無理矢理黙らせる。最初からこうしておけば良かった。目を白黒させながらも少しずつパンを食べ進める彼女の神経は間違いなく太い。


「で、まあ僕も貴方も部屋は間違ってません。同室の赤霧涼と言います。手違いや間違いはありませんよ。男女が一つ屋根の下でもありません。」


もさもさとパンを食べゴクン、と嚥下したのち若干呆然といった様子で呟く。


「赤霧、涼……?」

「はい。赤霧涼です。……どうかしました?」


なんとも形容しがたい表情を浮かべる彼女に首を傾げるとハッとしたようにしゃべり出す。


「ご、ごめんね。友達とすごく名前も顔も似てたから、つい。どうも進藤日和しんどうひよりです。……ん?んん?何も解決してないかな。じゃああれかな?男女じゃないってことは私が男子ってこと?そういう?」

「少なくとも僕には貴方が女性のように見えますが?」

「じゃあ逆?赤霧くんが女子?いや、私の前には男の子しかいないよ?ってことは赤霧くんが制服を間違えてるってこと?いや、赤霧くんが性別を間違えてるってこと?ってことは私が赤霧くんの性別を間違えて……?」

「落ち着け。」


残り半分のパンを口に突っ込み訳のわからない思考回路の垂れ流しを阻止する。あれ以上聞いてたら僕まで何がなんだか分からずゲシュタルト崩壊を起こしそう。


「簡単に言うと生物学上僕の性別は女性です。足に大きめの傷があるので隠すために男子用の制服の着用許可を学校から頂きました。」


かいつまむと恐ろしく短くなるな、と感心しながらモソモソパンを食べ終わるのを一先ず待つ。もう少し細かく千切れば良かったかもしれない。僕はもう彼女を黙らせるためのパンを持ち合わせていないのだ。


「ええっと、じゃああれかな?赤霧くんは心は女の子ってやつかな?」

「話聞いてました?強いて言うなら逆ですよ逆。」

「……!」 


しばらくあった後、納得!といった顔をしてくれて安堵のため息をつく。


「OK分かった!赤霧くんじゃなくて赤霧さんなんだね!だから女子寮で私と同じ部屋!OK!理解しました!つまりあれだね!」

「あれ?」


すると少しの間うんうんと唸りながら言葉を探す。彼女の思う僕と同じあれとやらが思い出せないらしい。テーブルに肘を付き顎を支えながら言葉を待つ。


「ええーとっ……、!分かった!赤霧さんは男装の変人なんだね!」


漫画の如く肘が滑り額をローテーブルに強打したのは間違いなくこの子のせいだ。

自分で言うのもあれだが、せめて男装の麗人って言ってほしかった。
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